第51話 「既視感」
金馬での移動を続けること数時間。
すっかり馬車の速度にも慣れ、退屈を覚え始めた頃。
同じく暇そうにしているアメリアに、僕は欠伸混じりに問いかけた。
「アメリア、まだ犯人の場所には着きそうにないのか?」
「段々と臭いが近づいてきている。もうしばらくの辛抱だぞ」
そう返され、僕は肩で軽く息をつく。
もうちょっとで着きそうなのか。
なら文句を言わずにしばらく黙って待っていよう。
それにしても、さすがは金馬だ。
通常の馬の速度だったら、おそらく数日くらい掛かっていた距離のはず。
金馬で大幅な時間短縮ができてよかった。
密かに金馬に感嘆していると、不意にアメリアが前方を指差し、手綱を握るプランに指示を送った。
「あそこの森に入れ。そこから犯人の魔族の臭いが漂ってくる」
「はいッス」
そうして僕たちは薄暗い森の中に足を進めた。
木々を縫うように突っ切りながら金馬が走っていく。
そんな中で僕は、傍らで静かにしている少女にふと声を掛けた。
「なあリック」
「んっ? なんだ?」
「本当にお母さんを家に置いてきてよかったのか? もし誰かがあの森に入って、魔物姿のお母さんを目にしたら……」
最悪討伐されてしまうのではないか?
とずっと胸に抱えていた不安を改めて口にすると、リックは何でもないように肩をすくめながら返してきた。
「行く前にも言ったけど、アタイの罠を潜り抜けられる奴はそうそういるはずがねえ。プラン姉みたいなすごい人だと話は別だけど」
「でも万が一ってこともあるだろ? 大切なお母さんなんだからなおさら気になることなんじゃないのか?」
畳み掛けるように問うと、それでもリックは不安がる様子もなく続けた。
「母ちゃんを家に置いておくのなんていつものことだしな。アタイはともかくあんたが気にすることじゃねえよ」
「ふぅ~ん……。相当自分の罠に自信を持ってるんだな」
だからこそ、なのだろうか。
自分の罠を楽々と解除したプランに、異常なまでの尊敬の念を抱いているのは。
密かに一つの疑問を解消していると、不意に前方のプランが慌てた声を上げた。
「な、なんスかあれっ!?」
「……?」
急いで馬車の前を確認してみる。
するとその先には、キノコ型の魔物たちがうじゃうじゃといた。
おまけに奴らは、僕たちの進行方向に例の胞子をバラ撒いている。
あれに触れれば全身が麻痺し、生命力を徐々に削られてしまう。
だから素早く回避しなければならないのだが、かなりの速度で走っている金馬はすぐに止まることができず、曲がるのも困難だったため胞子の霧の中に正面から突っ込んでいった。
「全員どこかに掴まれ!」
僕が言うより早く、皆は手近な場所に力強くしがみついていた。
僕も荷台の角に両手を突き、衝撃に備える。
すると金馬を含めた僕たち全員が胞子の毒を受け、全身に痺れと痛みが駆け巡ってきた。
「ぐっ……うぅ……!」
金馬が倒れ、その拍子に馬車もあらぬ方向へ投げ出されてしまう。
そして大木の一本に激突して止まり、僕たちは顔をしかめながら馬車の床に倒れた。
「キュアー」
僕は無詠唱の解毒魔法で素早く毒を取り除く。
続いて倒れているみんなのもとに駆け寄り、口早に三回の解毒魔法を唱えた。
「キュアー、キュアー、キュアー」
一瞬にして三人の毒を消し去る。
「大丈夫か三人とも?」
「は、はい。なんとか……」
「とんでもない目には遭ったがな」
「……」
プランとアメリアは頭を振りながら応え、残るリックは何か驚いたように目を見張っていた。
じっと僕の顔を見据えている。
何か言いたいことでもあるのだろうか?
それはともかくとして、僕は急いで馬車から飛び降り、地面に倒れる金馬に手を伸ばした。
「キュアー、ヒール」
白と緑の光が右手に灯ると、金馬は目に見えて元気を取り戻した。
これで全員の治療は完了。
思わぬアクシデントを無詠唱の回復魔法で突破し、僕はキノコ集団に目を移した。
これで心置きなくやられた分をやり返せる! と懐のナイフを取り出そうとしたのだが、僕は寸前でピタリと手を止めた。
「……って、殺しちゃダメだったんだ」
あのキノコたちは、今のリックのお母さんの姿と瓜二つである。
ポカポカの街の近くの森で見たキノコたちとまったくの同種だ。
ということはこいつらも、姿を変えられた元人間という可能性が充分にある。
てか、犯人の魔族の臭いが漂ってくる森にこんなにたくさんいるのだから、そうとしか考えられないな。
討伐するわけにはいかない。
そうとわかった僕は人知れず歯噛みし、馬車から降りてきたプランに声を掛けた。
「おいプラン、あのキノコたちの情報を見てくれないか?」
「えっ?」
プランはきょとんと小首を傾げる。
次いで彼女は僕のお願いの意味を理解し、納得したような様子でこくこくと頷いた。
「あぁ、『観察』のスキルを使ってキノコの正体を見破るってことッスか? それなら確かにあのキノコたちが元人間なのかどうか確かめることができるッスね。あぁでも……」
「……でも?」
不意にプランは目元を擦りながら言った。
「『観察』のスキルは相手を二十秒視界に収めることで情報を見抜くことができるッス。で、アタシ最近ドライアイ気味なので、上手くできるかわからないッスよ」
「そこはちょっと頑張れよ」
この危機的状況で甘えたことぬかしてんじゃねえ。
ていうかなんでこのタイミングでドライアイになってることをカミングアウトしてんだよ。もうちょっと早めに言ってくれよ。
僕は呆れた視線をプランに向けながら、仕方ないとばかりにキノコの群れの中に走っていった。
「なら僕が行ってくるから、プランは金馬を走らせる準備だけしておいてくれ」
「りょ、了解ッス!」
そう言い合って二手に分かれ、僕は一匹のキノコに鋭い視線を向けた。
その威圧感に感応したのか、奴は前方に胞子を撒き散らす。
それを浴びないようにして回り込み、後ろからキノコの背中に軽く触れた。
「ほっ!」
プランの代わりに相手の情報を抜き出すべく、『診察』のスキルを使用する。
『診察』のスキルは情報を素早く抜き出せる分、相手に触れなければならないリスクがある。
だから相手を見るだけで情報を盗むことができるプランにお願いしたのだが、まさかあいつがドライアイ気味だとは予想だにしていなかった。
と遅まきながらの愚痴を脳内で零しながらも、『診察』のスキルを上手く発動させることができ、キノコの情報が頭の中に流れ込んできた。
「分類は『植物種』。種族は『コタンゴ』。心身状態に異常なし」
僕は抜き出した情報を小声で囁きながら、素早く後退していく。
今の情報を元に軽く分析すると、こいつらは間違いなく純粋な『魔物』だ。
姿を変えられた人間という面影は一切ない。
ならば倒してしまっても問題はないはずなのだが、本当にこいつが純粋な魔物かどうか、僕はいまだに断定できずにいる。
だって、人を魔物に変えるほどの強力な魔法だぞ。ステータスすら書き換えられてしまっていても不思議はない。
ぶっちゃけこの『診察』にほとんど意味はないのだ。
ならばここはひとまず討伐はせず、穏便にやり過ごすのが最適な気がするな。
こんなことなら一応、リックのお母さんも診察しておくんだったな。と遅まきながらの後悔を抱きながら、僕はふと今の状況に既視感を抱いた。
「この不思議な感覚の魔法、どっかで見たような……」
人を魔物に変える魔法。状態の欄に何の異常も出ない現象。
まさかまた変な魔族が変な理由でこんな事件を引き起こしたんじゃ……とあり得なくもない予想をしていると、不意に傍らからプランの声が上がった。
「ノンさん、金馬の準備ができましたッス! 今すぐ出発しますッスか!?」
「お、おう! 全速力で頼む! あとできれば……じゃなくて、絶対にキノコを蹴散らさないように走ってくれ!」
僕は急いで整った馬車に乗り込み、プランに出発の指示を出した。
再び金馬が超速で馬車を引いてくれる。
ちらりと後方に目を移すと、先ほどのキノコ集団がぼぉーっと遠ざかる僕たちを見つめながら、ゆらゆらと体を揺らしていた。
ああしているだけなら無害な魔物なんだけど、人が近づくと毒を撒くのが中々にネックだよな。
これは早いところ犯人の魔族を見つけて、事情を聞きだした方がいい。
改めてそう思いながら、僕たちは森の深くへと足を進めていった。
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