第50話 「損な役回り」

 

「やだやだやだ! 絶対にやだ! そんなものを近づけるな!」


「わがまま言うんじゃありません! 犯人を捜し出すためにはこうするしかないんだから、大人しく従いなさい!」


 リックから犯人の手掛かりを受け取った後。

 僕たちはそれを頼りに犯人である魔族を探そうと思ったのだが、肝心のアメリアがそれを拒んでいる状況になっている。

 幼女の姿をしていることもあり、まるでわがままを言っている幼い子供みたいだ。

 アメリアがそんなこと言ってたらいつまで経っても話が先に進まないだろ。


「お前が頼みの綱なんだから、ガキみたいなわがまま言ってないでさっさと嗅げよ! 時間がもったいないだろ!」


「それだけは本当に嫌だ! 勘弁してください!」


 アメリアは依然としてぶんぶんとかぶりを振りまくる。

 意地でも犯人の魔族を探したくないみたいだ。

 ……と言うより、リックが持ってきた犯人の手掛かりを嗅ぎたくないみたいだな。


「アメリア、これは”ハンカチ”だ! 紳士がエチケットとして持ち歩いてる一般的な日用品だ! だから臭いを嗅いでも何の問題もない! 安心して犯人の臭いを確かめてもいいぞ」


「いや違う! そんな形のハンカチを持ってる紳士などいるはずがない! そんな嘘で騙されるわけがないだろ!」


 チッ、ダメだったか。

 バレバレの嘘を簡単に看破され、僕は内心で毒づく。

 対してアメリアは憤慨しながら僕を睨みつけた。

 そして彼女は、僕が押し付けようとしている物を指差しながら、一層の怒声を響かせた。


「どう見てもそれは、男性物のだ!」


 すでにアメリアは半泣きの状態になっていた。




 リックが持ってきたのは、見紛うことなく男性物の下着だった。

 端的に言うと”パンツ”だ。

 どうやらそれが犯人が落としていった物らしい。

 なぜ犯人はそんな物を落としていったのか? というそもそもの疑問はまず置いておくとして、これの臭いを辿れば犯人の元に着くことができるはず。

 だから一刻も早く犯人捜しを始めたいところなんだけど……

 肝心のアメリアがそれを拒み続けているのだ。


「何がハンカチだ! ふざけるな! こんな物を嗅いで犯人を捜せだなんてまっぴらごめんだ! ていうかなんで犯人はこんな物を落としていったんだ!? そいつ絶対に変態だろ!」


 わがままを言い続けているサキュバスの女王アメリア。

 確かになんでこんなものを落としていったのかは疑問に思うところだが、詮索はひとまず置いておくのが利口だろう。

 こっちは一刻一秒も無駄にはできないのだから。

 という風に僕たちがごたごたと言い争いをしていると、その火種を持ってきたリックが心配そうに眉を寄せた。


「な、なあ? これじゃ犯人の魔族の臭いは追えねえのか? アタイ、間違ってることしたか?」


「いいえ、大丈夫ッスよリック。これなら問題なく犯人を捜すことができますッス。後輩君に任せておくッスよ」


「おい盗賊娘!」


 アメリアのことなど露知らず、プランはリックを優しく慰めてあげる。

 それに対してアメリアは再び怒りを露わにした。

 もうまどろっこしいなぁ。


「つべこべ言わずにさっさと嗅げよ! 犯人が探せないだろ!」


「やだやだやだ! それだけは絶対にやだ! なっ、他の方法を探そう! これはあんまり美しくない! お、おい盗賊娘、こいつを一旦止めてくれ!」


 パンツを押し付けようとする僕から全力で逃げるアメリア。

 いよいよ彼女は憎み合っているアルバイト仲間のプランに助けを求めた。

 そこまでしてこれを嗅ぎたくないようだ。

 そしてプランは……


「さあリック、こっちに来てるッスよ。子供が見ていいものじゃないッスから」


「う、うん、わかったよプラン姉」


「ちょっと待てお前ら! こいつを今すぐに止めろ! 女児に男物のパンツを嗅がせようとしているのだぞ! 状況がおかしいとは思わんのか!」


 そんな声を右から左に流しつつ、プランたちは部屋の奥へと引っ込んでしまった。

 見捨てられたアメリアは今度こそ涙を流してしまう。

 かといって僕は容赦することなく、犯人の手掛かりであるパンツをアメリアに押し付けた。


「さあ嗅げ! さっさと嗅げ! これ以上無駄な時間使ってらんねえんだから!」


「ごめんなさいごめんなさい! それだけは本当に無理です!!!」


 しばらく話が進まなかった。




 何十分か経った頃。

 色々な話し合いの末、ついにアメリアは犯人の手掛かりを嗅いでくれることになった。

 直嗅ぎではなくパンツを保存していた袋の臭いを、手で仰いで仄かに香るというかなり遠回りな方法だったが、それで充分に臭いを追うことはできるらしい。

 そんなこんなで妥協してくれたアメリアに感謝しながら、僕は改めて皆に声を掛けた。


「よし、じゃあ行くぞみんな。リックのお母さんを魔物に変えた犯人に色々話を聞きに行く」


「おぉーッス!」


 プランの元気な声が響き渡った。

 リックもリックで僕たちについて来るらしく、袖をまくり上げて意気込んでいる。

 お母さんと一緒に待っていなくてもいいのかと聞いたのだが、どうやらどうしても自分の手で犯人を捕まえたいらしい。

 それに彼女いわく、『アタイの罠を潜り抜けてここまで来られるのは、プラン姉以外にいるはずがねえ』ということで、お母さんを一人で残しておくのは心配ないらしい。

 というわけで四人で犯人捜しをすることに決定したのだが、まだ一人だけ不満を抱えている人物がいた。


「許さない……絶対に許さない……。女児にパンツ嗅がせた変態って冒険者に通報してやる」

 

「別に嗅がせてはいないだろ。パンツを直接顔に押し付けたわけでもないし。人聞き悪いこと言うなよな」


 アメリアが低い声で不満を垂れているので、僕は呆れながら言葉を返した。

 女児にパンツ嗅がせた変態になった覚えはない。

 つーか魔王軍の元四天王が冒険者に通報とかできるわけないだろ。

 それはさておき、僕たちはリックのお母さんを部屋に残しつつ、出発の準備を整えることにした。


「んじゃさっそく犯人捜しを始めるけど、金馬の準備は大丈夫そうか?」


「はいッス! いつでも出発できますッスよ!」


 今さっき留めたばかりの金馬を連れてきて、プランは元気な返事をする。

 それを見た僕はこくりと頷きを返したが、傍らのリックは不思議そうに首を傾げた。


「さっきも馬を留める時に思ったんだけど、もしかしてプラン姉、金馬の操縦ができんのか?」


 若干震えた声でそう問われたプランは、何でもないように返答した。


「そうッスよ。この子はアタシが操ってきたんス。そんなに驚くことッスか?」


「す、すげえよプラン姉! やっぱりプラン姉はとんでもない姉ちゃんだったんだ!」


「……」


 いつの間にかすっごい仲良くなっている。

 特にプランに対するリックの尊敬心が凄まじいな。

 最初に会った時とはまるで別人のようだ。


「さあ行くッスよみんな! しっかりとどこかに掴まっておくッス!」


「うん! わかったよプラン姉!」


 そんな仲睦まじい姿を複雑な心境で眺めながら、僕も馬車の荷台へと飛び乗った。

 再び金馬での移動がスタートする。

 相変わらずとんでもない速度で走るため、髪や服が強風で煽られるが、そんなのお構いなしに金馬は全力疾走を続けた。

 アメリアの指示に従いつつ、僕たちは超速で犯人の元まで急ぐ。

 臭いがかなり遠い場所にあるんじゃないかと懸念もしていたが、アメリアによると金馬のこの速度ならば数時間で辿り着くことができるらしい。

 犯人はいまだにこの辺りで犯行を繰り返しているということなのだろうか?

 というわけで僕たちはしばし金馬の馬車に揺られながら、目的地までの到着を待つことにした。

 

 ……思ったけど、プランは金馬を操って、アメリアは魔族の臭いを辿ってくれているっていうのに、僕だけ何の役にも立ってない気がするな。

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