第49話 「好転」
ポカポカの街でナンザたちの手伝いをした時に、僕はキノコの魔物を何体も討伐した。
目の前に今いる、魔物に変えられてしまったというリックのお母さんの姿と同じキノコを。
ということは、あのキノコたちも正体不明の魔族によって姿を変えられた”元人間”という可能性があるのではないか?
それを討伐してしまったということは、僕は人殺しをしてしまった事になるのではないか?
プランがリックの案内に従い、小屋の外で金馬を留める作業をしている中、僕はアメリアに以上の可能性を話した。
「確かにそれは不安だな。見た目がまったく同じキノコ型の魔物なら、そいつらも姿を変えられた人間という可能性は充分にある」
「そうなんだよなぁ。それにナンザたちが言ってたんだけど、キノコ型の魔物たちは最近出没し始めた新種の魔物らしくて、今まで発見されたことがなかったらしい」
となると余計、その可能性が高くなってくる。
謎の魔族が最近、人間を魔物に変える犯行を繰り返していて、たくさんの人間たちがキノコにされているのだとしたら、一連の辻褄が合ってしまう。
本当に僕は人を殺してしまったのではないか?
改めてそう思って、人知れず身震いしていると、そんな僕の気も知らずにアメリアが気楽そうに肩を叩いてきた。
「ま、殺してしまったものはしょうがない。すでにうちの治療院には何人かの犯罪者がいるのだし、今さらもう一人増えたくらいどうということはないだろう。気にせずに行こう、暗殺者ゼノン」
「喧嘩売ってんのかお前」
ていうかそんな簡単な話じゃねえだろ。
人命を救う仕事をしているのにも関わらず、その命を絶つ行いをしてしまったとなれば治癒師の名折れだ。
今後どのような顔をして治癒活動をすればいいのだろう?
それに何より……
「とはいえ、僕が本当に人を殺しちゃったかどうかは、アメリアの言う通り二の次の事ではあるよな」
「んっ? なぜだ?」
「いやだって、キノコの魔物全員が元人間の可能性があるなら、僕だけじゃなく、ほとんどの冒険者たちが人殺しになっちゃってるかもしれないだろ。もうかなりの数を討伐しちゃっただろうし。それに今も」
「……」
また一つの可能性を話すと、アメリアは”そっか”と言いたげに口をぽかんと開いた。
あのキノコたちが元人間だとしたら、僕だけじゃなく他の冒険者たちだって人殺しをしていることになる。
それはさすがに『気にせずに行こう』で片付けられる案件ではないだろう。
「これは僕だけの問題じゃなく、他の冒険者たちにも関わる事件ってことじゃないか? 僕たちが本当に人を殺しちゃったのかどうか、確かめる必要がある」
「なるほどな。それでもし本当にキノコの魔物たちの正体が元人間なら、今すぐに止める必要があるからな。だからお前はスリ娘の依頼を受けることにしたのか」
アメリアの問いかけに、僕は肩をすくめて頷きを示した。
ま、あのキノコの魔物たちを調べるのも治療法を探すのも手間は同じだしな。
それにやるべきことはもう見えている。
手っ取り早く真相を確かめられる最善の方法。
「ノンさ~ん。金馬ちゃんを小屋の裏に留めてきましたッスよ~。さっそくリックのお母さんを助ける方法を話し合いましょうッス」
プランがリックと共に屋内に戻ってきたタイミングで、僕は話し合いをすることもなく解決策を提案した。
「リックのお母さんをキノコに変えたっていう魔族を探し出そう。それが一番手っ取り早いだろ」
「えっ?」
突然そんなことを聞かされて、プランはきょとんと首を傾げる。
同様にリックもぽかんと口を開けていた。
対してアメリアは納得したように頷きを見せる。
「確かにそれが良さそうだな。そいつを見つけ出せればこのようなことをした事情も知れるし、治療法だって自ずとわかるだろう。だがしかしどうする? そいつの居場所など誰も知ってはいないのではないか?」
当然の問いが返ってきたので、僕は用意しておいた回答を返した。
「その魔族は人をキノコに変える力を持ってるんだろ? で、今もその力を使って悪さをしてる可能性がある。ならキノコが大量に出没してる場所を探せば犯人が見つかるんじゃないか?」
気楽な感じでそう言うと、ようやく状況を察したらしいプランが納得したような声を漏らした。
結構単純なことを言ってしまったが、感心してもらえたようでよかった。
なんて思っていると、一方のアメリアは唖然とした様子で固まっていた。
やがて彼女は呆れたようにぼやく。
「あ、相変わらず計画性の欠片もない作戦だな。犯人の魔族がどのくらい犯行の手を広げているのかまるでわかっていないというのに……」
「だってそれ以外に方法がないだろ。犯人の特徴がキノコ人間ってこと以外、何も情報がないんだからな。ひたすらに歩いて探すしか道はない」
「うへぇ……」
アメリアは露骨に嫌そうな顔をした。
僕だって嫌なんだからそんな顔するなよな。
本当だったら犯人捜しなんて二度とやりたくないって思ってんだから。
しかし人を殺してしまったかもしれない可能性がある限り、無視できる案件ではない。
それに今も冒険者たちが元人間たちを討伐しているのだとしたら、さすがにそれはすぐに止めなければならないからな。
そう思って泣く泣く面倒な提案を持ち出すと、不意にプランが首を傾げながら口を開いた。
「後輩君が鼻を使って探すことはできないんスか? いつもみたいに”くんくん”って」
「だから人のことを犬みたいに言うのではない。第一それは不可能だ」
「えっ? なんでッスか?」
驚いた様子のプランに、アメリアは呆れながら正論を返した。
「その魔族の臭いがどのようなものかまったくわからない。それで探せと言うのはさすがに無理があるぞ。手掛かりになる物があれば話は別だがな」
メドゥーサのペトリ―ファを探した時と同じように、手掛かりがあるならば犯人の追跡は可能だ。
前もその手を使って事件を解決したんだからな。
しかし今はその手掛かりが一つもない。
情報そのものだってほとんどないのだから、僕が言った手段で探す他ないのである。
という結論に行きつこうという寸前、以上の会話を聞いていたリックが大きな声を上げた。
「あっ、それならあるぞ!」
「えっ?」
「母ちゃんが魔物に変えられた時に、その魔族が落としていった物があるんだ! それじゃ手掛かりにならねえか!?」
リックの声に、僕たち三人は思わず言葉を失ってしまう。
マジで手掛かりあるの?
歩き回って探す必要がなくなるのか?
「アタイだってただ黙って突っ立ってただけじゃねえ。母ちゃんを元に戻すためにできそうなことは一通りやった。魔族がいた場所を調べたりな。そこで拾った物を取っといてあるんだよ」
自信ありげにそう言うリックに、プランはパッと笑顔を咲かせながら問いかけた。
「それを見せてくれますッスか、リック?」
「うん! わかったよプラン姉!」
「……」
すごく元気な声を上げて、リックは部屋の奥へと走っていった。
プラン姉って……
いつの間にかめちゃくちゃ仲良くなってるな。
プランがリックのことを説教して、大切なことを気付かせてあげたからだろうか。
天職的にも似通ってるし、心が通じる点が多くあるのかもしれない。
まあそれはいいとして、犯人の手掛かりがあるのはすごく助かるな。
これなら都合よく事が運びそうだ。
旅行に来てからずっと不幸続きだったので、悪い方向に物を考える癖が付いてるな。
ともあれ、ようやく僕たちに運が回ってきたみたいだ。
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