第47話 「お説教」

 

「ま、魔物にされた?」


 少女の告白を聞いて、僕は深く眉を寄せる。

 悪い魔族に魔物にされたってことは、元は人間だったってことか?

 まるでピンと来ないんだけど。

 ていうか人間を魔物に変えるだなんて、そんなこと可能なのだろうか?

 人知れず思考の深みにはまっていると、少女が今さらながらに自己紹介めいた台詞を言った。


「アタイの名前はリック。それで母ちゃんの名前はレブーカだ。今はこんな見た目になっちゃってるけど、本当は魔物じゃなくてちゃんとした人間だ」


「へ、へぇ。言われなきゃ全然わかんなかったな」


 見た目は完全に魔物だし。

 この子に教えてもらえなかったら、下手して討伐していた可能性もあるぞ。

 そう考えるとぞくりとするな。


「で、お母さんはどうやって魔物にされちゃったんだ? まるで想像がつかないんだけど。ていうかお母さんと二人っきりで、お父さんはいないのか?」


 僕は薄暗い室内に視線を彷徨わせる。

 今さらのことだけど、お母さんがそこにいる魔物なら、お父さんはいったいどこにいるのだろうか?

 そんな素朴な疑問に対し、少女改めリックはかぶりを振った。


「父ちゃんなんていねえよ。アタイは元々捨て子で、母ちゃんが拾って育ててくれてんだ」


「えっ、そうなのか? ていうか、なんか急にいい話になったな」


 予想外の返答に思わず戸惑ってしまう。

 するとリックは事情を語る前に身の上話をする必要があると思ったのか、口早に説明を始めた。


「アタイは物心ついた時からたった一人で、捨てられた町でなんとか生き延びてきた。『スリスリの町』って聞いたことねえか?」


「そんな物騒な名前の町は知らない」


 絶対に立ち入りたくない場所だな。


「名前の通りしょっちゅうそこら辺でスリが行われてる町だ。そこでアタイは盗みの知識を得た。一人で生き抜く術を身に付けた。でもある日ドジを踏んで死にかけたことがあるんだ。そんな時にただ一人アタイを助けてくれたのが母ちゃんだったんだ」


 ふとリックは背中に隠した母親に視線を向けながら続けた。


「あんなに誰かに優しくされたことなんてなかったから、アタイはすごく嬉しかったんだ。捨て子だってことを話したら、自分のところにおいでって手を引っ張ってくれたんだ。それでこの家で二人で住むことになって、アタイは一人じゃなくなったんだ」


 手短な身の上話を聞いて、僕は内心でこくこくと頷いていた。

 そんな過去があったんだな。

 それならば確かにお父さんがいないのも説明がつくし、こんな森の深くでひっそりと二人暮らしをしているのも納得できる。

 リックという少女について改めて理解を深めていると、不意に横からずずっと鼻をすする音が聞こえてきた。

 何事かと思って目を向けると、そこではプランが僅かに目を赤くして喉を鳴らしていた。


「えっ? お前泣いてね?」


「な、泣いてないッスよ! ちょっと目にゴミが入っただけッス。あぁ、埃っぽいッスねこの部屋」


 奴は意味もなく顔の前で手を払い始めた。

 いや、完全にお前泣いてんじゃん。

 敵の話に感化されて涙してんじゃん。

 さっきまであんなに粋がってたくせに。

 だからこそだろう。プランは敵の話になんて感動していないと言いたげに強がった。


「で、二人きりでこの家で親子として住んでることはわかったけど、どうしてお母さんはキノコの魔物になっちゃってるんだよ? さっき『悪い魔族に魔物にされちゃった』とか言ってたよな」


 今一度話を元に戻す。

 するとリックは改めて事情の説明をし始めた。


「母ちゃんはこの森で採れた珍しい食材を町で売る仕事をしてるんだ。アタイもその手伝いでよく母ちゃんについて行ったりするんだけどよ、つい二週間前に森の中で変な魔族に出くわしたんだ」


「変な魔族?」


 リックは両手で帽子のような形を表現しながら続けた。


「今の母ちゃんの姿みたいに、キノコっぽい見た目の魔族だ。頭にでかいカサを付けて、体のあちこちに斑点ができてたな。それ以外は人の体に近かったぞ」


「なんか話聞いてるだけじゃ想像が難しいな」


 ようはキノコ人間ってことでいいのだろうか?

 そんな魔族がリックとお母さんの前に現われ、お母さんをキノコの魔物に変えてしまった。

 ”キノコ”が何か関係しているのだろうか?

 やけに出てくる”キノコ”という単語に僅かながらの疑問を覚えていると、不意にリックが悲し気な表情になって言葉を続けた。


「その魔族が母ちゃんをこんな姿にしたんだ。よくわかんない魔法を使って、母ちゃんがアタイのことを庇ってくれて、気付いたら母ちゃんは魔物になってて、悪い魔族もいなくなってたんだ。アタイはずっと母ちゃんの後ろにいて、何もできずに……」


「……」


 自分の無力さに苛立つようにリックは歯を食いしばっている。

 何もできなかった時のことを思い出して悔しがっているのだろう。

 その感情を露わにする彼女に、だからこそ僕は言いたいことがあった。


「それでなんでお前は、お母さんのことをほったらかしにして温泉街でスリなんてしてんだよ?」


 悪い魔族に出会って母親を魔物にされた。

 本来ならばすぐにお母さんを助けるために動くはずだ。

 悔しいと思っているならなおのことそうだろう。

 それなのにどうしてこいつはお母さんのことを放ってスリなんてしているのだ?

 少し説教臭い感じで疑問を投げかけると、リックは語気を強めて返してきた。


「母ちゃんを助けるためにやってることなんだよ! どうやって母ちゃんの姿を治せばいいのか、アタイにはまったくわかんねえ! だからスリスリの町で有名だった医者に、大金を持ってって交渉するんだ! 治療費はバカみたいに高いけど、腕は確かだって話だからな」


「そのために大金が必要で、スリをしてるってことか」


 話がすべて繋がったな。

 最近温泉街でスリが多発している。

 そのスリの正体はリックで、魔物にされたお母さんを助けるために金を集めている。

 要約するとこんな感じだ。

 全体的に話を総合すると、一番の元凶はいきなり現れてリックのお母さんを魔物にしたという魔族(キノコ人間)だけど、これはちょっとリックの側にも問題があるように思えるな。

 お説教が必要かもしれない。

 そう思った僕は拳を握って”はぁぁ”と息を吐きかけた。

 それによって温まった拳を振り上げて、リックの頭にゲンコツを振り下ろす。

 しかし、その寸前――


「ていっ!」


 僕の拳の代わりに、プランの手刀がリックの頭に直撃した。

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