第46話 「罠師」
驚いて固まる少女は、十歳前後といったところだろうか。
僅かに肌を焼き、薄い黒髪が無造作にボサついている。
活発、と言うよりかはいい加減な女の子という印象だ。
本当にこんな子供が街でスリをしている犯人なのだろうか?
まあ、ここにいるということはそうなんだろうけど。
注意しながら少女のことを窺っていると、やがて彼女は長らくの硬直を解いて僕たちに聞いてきた。
「な、なんだあんたらは? アタイたちに何の用だ? ていうか、どうやってここまで来て……」
どうやら知らない人間が訪問してきたことが信じられないらしい。
確かにあれほどの罠を仕掛けていたのだから、当然のように僕たちがここにいるのはおかしく思うよな。
するとプランはその問いを待っていたと言わんばかりに前に乗り出し、わざとらしく鼻で笑った。
「ふっ、あなたが仕掛けた罠なんてチョ~簡単に解除できたッスよ。一度も引っ掛からずにここまで来ることができたッス。あの程度の罠でこのプランを止めようだなんて滑稽極まりないッスね」
「か、解除しただって……」
再び少女は驚愕の表情を露わにする。
次いでカッと頬を赤くしながら怒声を上げた。
「アタイの天職は『罠師』だ! 罠張りでは右に出る奴がいないって言われてるほどの才能がある! そのアタイが仕掛けた罠に一度も掛からずにここまで来たなんて絶対にあり得ない! 出まかせを言うな!」
「出まかせなんかじゃないッスよ。本当にアタシたちは一度も罠に掛からずにここまで来たッス。信じられないなら仕掛けた場所を見に行ってみたらどうッスか? ああいうのは危ないと思ったので全部解除してあるッスから」
「くっ……!」
余裕綽々の様子のプランに、少女はきつく歯を食いしばった。
年相応に悔しがっているようだ。
まあプランの器用さがおかしいだけで、罠はかなり見つかりづらくて出来がいいと思ったけど。
プランに言われなきゃ僕が引っかかってたし。
と、なぜか心中でスリの少女を慰めていると、プランが変わらぬ様子で少女に言った。
「まあ、認めたくないのはわかるッスけど、これが現実ッス。確かにあの罠はよくできていて、見破りづらいものになってたと思うッスよ。けどアタシの方が一歩勝っていたみたいッスね。大人しくお縄につくッスよ泥棒さん」
にやりと元盗賊のプランが笑みを浮かべる。
お前が言うなと言いたいところではあるが、今はとりあえず黙っておくことにしよう。
すると少女はプランの言葉を聞き、ますます強く歯噛みをしていた。
次いで突然懐に手を入れ、閃くような速さで何かを放る。
「このっ!」
「えっ?」
少女の懐から出てきたのは、先端の尖った小さなナイフだった。
それはボケッと立つプランの元まで一直線に放たれる。
少女が投げたにしてはかなりの速度で、とてもプランに避ける余裕はなかった。
だから僕は仕方なく手を伸ばし、寸前でナイフをキャッチする。
呆然とするプランは放っておき、僕はため息を吐きながら少女に言った。
「子供がこんな危ない物持つんじゃありません」
「ど、どんな反射神経してやがんだ……」
驚愕というよりかはまるで恐怖するように顔をしかめた。
僕は固まっているプランに代わり、続けて少女に言う。
「無駄な抵抗もここまでだ。さっさと僕たちから奪った金を返して、大人しくギルドまで自主しろ」
スリの件を問われて少女はまた一層不愉快そうに眉を寄せる。
てっきりとぼけられるかとも思っていたが、少女は意外に素直にスリの犯人であることを自ら主張した。
「そういうわけにはいかねえ。アタイにはやらなきゃいけないことがあるんだ。こんなところで捕まってたまるか」
「やらなきゃいけないことがあるのは大変結構だけど、やっちゃいけないことをやったのはマズかったな。スリは充分な逮捕案件だ。お前が何と言おうとギルドまでついて来てもらう。それと……」
ちらりと少女が背に庇っている魔物に目を向けて続けた。
「その後ろに隠してる魔物についても話してもらうぞ。人に危害を加える魔物を飼育するのはルール違反だからな」
原則として、というか一般常識として人間が魔物を飼育することは悪だとされている。
よく魔物の見た目を気に入って家で飼う人がいるらしいが、その魔物が見ず知らずの他人を襲って怪我をさせる事案が増えているからだ。
そのため無断での魔物飼育は厳しく取り締まられている。
もちろん中には人に危害を加えない無害な魔物もいるし、家畜として飼育できる魔物もいる。
それらは冒険者ギルドで手続きをして証明書などを発行してもらえば大丈夫なのだが。
この子がそんなことをしているようには見えない。
何よりこの子は町でスリをしている罪人で、ギルドになんてとてもじゃないが足を運べないだろう。
ていうか後ろに隠しているあの魔物、ポカポカの街の近くの森で戦ったキノコの魔物だよな。
あれを無害な魔物として認定するのは絶対に無理だろ。
だから僕は警戒しながら魔物のことを窺っていると、なぜか少女は先刻よりも顔を真っ赤にして激昂した。
「母ちゃんのことを魔物なんて言うんじゃねえ!」
「か、母ちゃん!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
少女は確かに今、後ろの魔物のことを母ちゃんと言った。
キノコの見た目をしているあの魔物を。
「……ど、どう見てもただの魔物なんだけど」
「違う! 母ちゃんは母ちゃんだ! こんな姿になっても優しい母ちゃんのままなんだ!」
「……?」
言っている意味がまるでわからなかった。
キノコが母ちゃんで母ちゃんがキノコ。
人間ではなく魔物が母親なんてことがあるんだろうか?
不思議に思って首を傾げていると、不意にプランがぼそりと言ってきた。
「何か事情があるっぽいッスね」
「だな。しかもめっちゃ複雑そうだ」
こんな姿になっても、と少女は言っている。
ということはあのキノコの魔物は母親が変貌した姿ということだ。
元の姿と今の姿はまったくの別物。
となればそうなった事情を聞く他あるまい。
「その魔物が母ちゃんっていうのはどういうことなんだ? 事情があるなら話してくれないか?」
僕は少女に対して、警戒心をやわらげるように問いかけた。
すると彼女は緊張を解くことはせず、訝しんだ様子で返してくる。
「じ、事情を話せって、お前ら母ちゃんをどうするつもりだ?」
「どうするか困ってるから事情を聞きたいって言ってんだ。内容によってはその魔物……じゃなくて、お母さんのことについてはお咎めはなしになるかもしれないからな」
逆にもっとひどい罰を受けることになるかもしれないけど。
この子はすでにポカポカの街でかなりの数の犯行をしてしまっているわけだし。
しかしもっと言うと、そのスリをしているのにも何かしらの事情があるのなら、もしかしたらすべてのお咎めがなしになる可能性もある。
そうなる確率はかなり低いだろうが、『やらなきゃいけないことがある』と言っていた彼女の表情からは何か特別な感情を感じた。
だから僕は一応事情を聞くことにし、対して少女は僅かに警戒しながらも事実を打ち明けてくれた。
「母ちゃんは悪い魔族に魔物にされちゃったんだよ!」
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