第45話 「よくできた罠」
金馬を走らせることしばらく。
驚異的な速さで森を出た後、同じく広大な草原もあっという間に駆け抜けた。
続いてでこぼことした岩場に着き、こちらは少々時間が掛かってしまった。
そしてそこを出た後、再び似たような森に差し掛かり、不意に運転手のプランが言った。
「ここから先は馬車での移動は無理ッスね」
思いのほか木が密集しているため、荷台は通れなくなっている。
だから僕たちは金馬だけを連れて森に入ることにした。
荷台も一応レンタルしているものなので、手頃なスペースに隠しておく。
正直金馬もここに置いておきたいところなのだが、確実に暴走してどこかに行ってしまうと思ったので手綱を握っておくことにした。
プランが持ち前の器用さを生かして、金馬を静かに引いてくれる。
これなら安心だと思って森の中を進もうとすると、不意に後方から声が掛かった。
「ちょっと待つッスよノンさん」
「えっ?」
振り返ると、プランが険しい顔をして道の先を窺っていた。
次いで彼女は僕とアメリアよりも前に出て、周囲の木々を調べ始める。
何か気になることでもあるのだろうか?
そう不思議に思っていると、突然プランが足元の草を除けて地面を晒した。
そこにはなんと、細長いワイヤーが仕掛けられていた。
「な、なんだそれ?」
「”罠”ッスね。この森に立ち入ろうとした人を追い払うためのものだと思うッス」
ということを聞き、僕は密かに冷や汗を滲ませる。
危なかった。というか全然気が付かなかった。
プランの声掛けがあと一秒でも遅れてたら、罠に掛かっていたかもしれない。
恐ろしい事実に少し足をすくませながら、僕はふと思ったことを口にした。
「立ち入ろうとした人を追い払うための罠ってことは、もしかしてこれを仕掛けたのは……」
「まあ十中八九、財布を盗んだスリだろうな。この先から臭いもするし」
アメリアが言葉を引き継いでくれた。
万が一追っ手などが来た時のために、スリが撃退用の罠を張っているのだと思われる。
というかそうとしか考えられない。
アメリアもこの先から臭いがすると言っているし、またもスリにしてやられるところだった。
だが、それはうちのプランが持ち前の感知能力を生かして未然に防いでくれた。
「ふっ、素人の目は誤魔化せても、アタシの目までは誤魔化せないッスよ。よくできた罠ッスけど、アタシの感知スキルの前では無力も同然ッス」
「すごいすごい。で、この先どうするつもりだ? 回り道でもするか?」
おそらく罠はこれ一つではないだろう。
感知スキルがない僕でも、周囲から何か嫌な予感がする。
そう思ったのでプランに問いかけてみると、彼女はかぶりを振って答えた。
「これはスリの隠れ家が近い証拠でもあるッス。回り道なんかしてる暇はないッスよ。ですので少しだけお待ちくださいッス」
「……? 何するつもりだ?」
首を傾げていると、プランはいきなり馬の手綱を僕に任せてきた。
恐る恐るそれを受け取ると、次いで彼女は罠が仕掛けられている地面に座り込む。
その後何やらカチャカチャと音を立てながら罠の場所をまさぐり、僕とアメリアと金馬はしばしその場で静かに待っていた。
やがてプランはこちらを振り向いて、綺麗に取り除かれたワイヤーを掲げる。
「ほら、この通り簡単に解除できるッスよ」
「……」
「さあ二人とも行きましょうッス。忌まわしきスリはもうすぐそこッスよ」
そう言うと、プランは一番に前に出て道先の罠を解除しながら森を進んでいった。
僕たちはその後を何とも言えない気持ちになりながらついて行く。
なんだかここまであっさり行くと、頑張って罠を仕掛けただろうスリに悪い気がするな。
おそらく向こうは罠がバレるとも思ってないだろうし、よもや解除までされて直進してくるとは考えていないだろう。
プランの器用さがまた一つ生かされる場面となった。
「にしても、ここまで手の込んだ罠を多く張ってるってことは、犯人は複数犯とかなのかな?」
単独で張ったにしては数が多すぎる気がするし。
プランの後を追いながらぼそりと呟くと、カチャカチャと罠の解除を進める彼女がついでのように答えてくれた。
「うぅ~ん、それはないと思いますッスよ」
「えっ、なんで?」
「先ほども言ったように、これらの罠は本当によくできてるものッス。バレにくくて外しづらい。ここまでの罠を張れる人はそんなに多くないと思いますッスよ。アタシが思うに、おそらく罠の知識が豊富な人間、もしくは罠張りが得意な珍しい”天職”を有しているのかもしれないッス」
というプランの意見を聞き、僕は内心で納得する。
プランがいとも簡単そうに罠を解除するもんだから、てっきりお粗末な罠かと思ってたんだけど。
実は相当上等な罠だったようだ。
そしてそんな罠を作れてバレないように張れる人間は限られていると言う。
となるとスリは単独犯ってことになるな。
いや、スリと罠張りは別人と考えることもできるけど。
そこまでわかった僕は、再びふと思ったことをプランに聞いた。
「ま、犯人が単独なら捕まえるのが楽でいいけど、もし隠れ家に行って強面の巨漢とか、歴戦の用心棒みたいなのが出てきたらどうするつもりだ?」
”覚悟するッスよ”とか”絶対に説教してやるッス”とかプランは言ってたけど、ゴリゴリのマッチョ男とか出てきたらどうするつもりなのだろう?
素朴な疑問を抱いて問いかけてみると、プランはにこりと笑いながら平然と答えた。
「大丈夫ッスよノンさん。ノンさんは世界一強いッスから」
「ナチュラルに僕を戦わせようとするな」
とんでもないことを考えていやがった。
何が『世界一強いッスから』だよ。
完全に他力本願じゃねえか。
しかしまあ、馬車の運転やら罠の解除やらは全部任せてしまっているし、アメリアには臭いの追跡をしてもらっている。
今回僕だけ何もしていないので、それくらいは尽力しなくてはならないだろうな。
”どうか強面の巨漢さんは出てこないでください”と祈りながら森を進んでいくと、やがて僕たちは拓けた場所へと辿り着いた。
そこには細道と同様、罠が多く仕掛けられているようで、嫌な予感をびしばし感じる。
そしてそれ以外にも、特に目を引かれるものがあった。
「てっきり大きな洞穴とかがあって、そこに隠れ家っぽいものが建てられてるのを想像してたんだけど……」
「どう見てもただの”一軒家”ッスね」
森の中の広場に建てられている、木造の簡素な一軒家。
見るからにここに罠を仕掛けた人物、もといスリがいるのだろうけど、本当にこんな場所に隠れているのだろうか?
と不思議に思っていると、その心中を察したようにアメリアが言った。
「間違いなく臭いはここからするぞ。スリの犯人はともかく財布があるのは確実だな」
「へぇ、じゃあ行ってみるか」
というわけで僕たちはその一軒家を訪ねてみることにした。
入口付近にも数々の罠が仕掛けられていたが、プランがすぐに解除してくれたので問題はなし。
容易く入口の前まで来ると、プランが先行してドアノブに手を掛けた。
そして、ノックもなしにバンッと開く。
「そこを動くなッス! あなたは完全に包囲されてるッスよ!」
いよいよ犯人を追い詰めたと言わんばかりに叫びを上げるプラン。
金馬を近くに待機させつつ、僕もその後に続いてみると……
一軒家の屋内には二人の人物がいた。
一人は背の低い女の子だろうか?
突然の僕たちの訪問に驚いて固まっている様子だ。
そしてもう一人は……
「ピ、ピギィ……」
なんと信じられないことに、人に害を与える存在の”魔物”が一緒にいるではないか。
大きなカサと柄のシルエットが特徴的の、まるでキノコにも似た魔物。
あれっ? どっかで見たことあるような……
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