第44話 「万能型」

 

 財布を取り返すと決めた僕たちは、スリを追うために臭いの追跡をすることにした。

 まずは宿部屋の外に出て大まかな方角を調べてみる。

 アメリアがすんすんと鼻を利かせて、周囲の臭いを嗅ぎとると、やがて彼女はこくりと頷いた。


「あちらの方からペトリ―ファの臭いを感じる。方角としては北西にあたるだろうか。ノンが依頼の手伝いをしに行ったという北部の森を抜けなければならないようだな」


「となると、馬車が出ていない方角ってことか」


 僕は人知れず肩を落とす。

 可能なら馬車を使ってスリを追いかけたいところだったのだが……

 北部にある森の方へは、残念ながら馬車は出ていない。

 あのキノコの魔物などが出没するため、馬車は他の方面にしか行かないようになっているのだ。

 こいつは困ったなと思いながら、僕はとりあえずの妥協案を提示した。


「じゃあ歩きで行くしかないかな?」


「徒歩で行けるような距離ではないと思うぞ。それくらい遠くの方に臭いを感じる。おそらくだが、スリの方は自前の馬車で移動しているのではないか?」


 それを聞き、ますます僕の肩は沈んでいく。

 歩きではかなり遠いらしいな。

 まあ、この街でスリを行なっている犯人が、近くに身を潜めているとは思っていなかったが。

 ともあれ、こうなってくるとどのようにしてスリを追えばいいのかわからないな。

 もたもたしてたら財布の中身を全部使われてしまうかもしれないし、何よりさらに遠くに逃げられる可能性だってあり得る。

 居場所が特定できる今のうちに手早く捕まえた方が確実だ。

 だから何としても急いで追跡に向かいたいところなんだが……


「あっ、ノンさんノンさん、馬車の”レンタル”っていうのもやってるそうッスよ。これなら行けるんじゃないッスか?」


「レ、レンタル?」


 プランからの声を受けて、僕は思わず眉を寄せる。

 次いでそちらに視線を移してみると、確かにそこには馬車のレンタルなるサービスが提示されていた。

 どうやら無人の馬車をしばらく借りることができるようだ。

 操縦は借りた人たちで行なわなければならず、時間によってレンタル料も加算していくらしい。

 でもこれならば好きな所に馬車を走らせることができるので、スリの追跡も可能になるではないか。

 と思ってちらりと値段を見てみると……


「げっ、高いな。一時間で1万ガルズって……」


「今の持ち金ではまったく足りんな」


 三度僕は気持ちを落ち込ませる。

 一時間で1万ガルズって、今の手持ちでは全然足りないじゃないか。

 ていうか金欠状態ということを考慮しなくても、この金額設定は高すぎる気がする。

 どうやら馬車を借りるためには、初めの一時間分の金額を支払わなければならないらしいので、今の状態ではどう足掻いてもレンタルすることはできない。

 これじゃあ馬車を借りてスリを追うこともできないかな、なんて思いながらぼんやりとレンタル場を一瞥していると……

 端っこの方に、『一時間 100ガルズ』という値札を見つけた。


「あっ、この馬なら……」


 そう思って馬の方に視線を移してみると……

 そこには赤や青といった他の馬の色とは違う、輝くような金色の馬がいた。

 なんでこの馬だけ格安に設定されているのだろう?

 ともあれ、これなら借りられそうだと思って歩み寄ろうとすると、不意に馬車乗り場のおじさんに声を掛けられた。


「お客さん、そいつは無理だよ」


「えっ?」


「『金馬』ってのを知らないのかい? そいつは馬の中でも飛び抜けて足が速い代わりに、操縦がかなり難しくてプロの御者でもまったく扱うことができないのさ。だからレンタルする奴もほとんどいないし、格安の値段を設定されてるんだよ。見たところお兄さんたちはプロってわけでもなさそうだし、やめておいたほうがいい」


「は、はぁ……」


 おじさんからの説明を聞き、僕はにわかに思い出す。

 そういえば旅行に出発する前に、プランからそんな話を聞いたような気がするな。

 馬は色によって速さや大人しさが違っていて、一番扱いやすい赤馬が快速馬車として流通していると。

 そして中でも最速と言われている超絶暴れん坊さんが『金馬』だと言っていた。

 それがこの馬なのか。

 レンタル料で言えば充分払える金額なのだが、操作ができないのであれば借りても意味がないかな。

 と、結論を出して渋々とその場から立ち去ろうとすると、いつの間にか僕の横に立っていたプランが、不意におじさんに言った。


「おじさん、この金馬の馬車を貸してくださいッス」


「「えっ!?」」


 あまりに突然のことだったので、僕だけではなくおじさんも目を見張った。

 今まさに忠告したばかりだというのに何を言ってるんだこの娘は? そう言わんばかりの表情である。

 同じく僕もプランの発言に驚愕し、思わず制止の声を掛けた。


「ちょ、おいプラン、お前マジで言ってんのか? この金馬は、プロの御者でもまったく扱うことができないって言ってんだぞ。ていうかお前自身も前に同じこと言ってたじゃねえか」


「いいから早く乗るッスよノンさん。のんびりしている暇はないんスから」


 僕の忠告になど耳を貸さず、プランは早々と金馬の御者台に乗ってしまった。

 引きずり下ろすこともできるだろうが、妙にはきはきしているプランを見て、僕は訝しみながらもレンタル料を払うことにする。

 一時間分の100ガルズを呆然とするおじさんに渡し、そのままアメリアと共に馬車に乗り込んだ。

 本当に大丈夫なのだろうか?

 もしこれで操縦がおぼつかなかったり、馬車を破損させてしまったりしたら、弁償とかさせられるんじゃないのか?

 そう不安に思いながら席に座り、ちらりとプランに視線を送ると、彼女はこくりと頷いて言った。


「それじゃあ二人とも、振り落とされないようにしっかりどこかに掴まってるッスよ」


 そう言われ、僕とアメリアは横に設けられた手すりに軽く触れておく。

 それを確認したプランは、大きな掛け声を上げて手綱を振り上げた。


「それ行けッス!」


 瞬間、金馬が何かから解き放たれたように覚醒し、四つ足で地面を蹴った。

 同時に僕たちの体は後ろへと引っ張られ、強烈な突風が全身を駆け巡る。

 気が付けば馬車乗り場からはかなり離れており、呆然とこちらを見据えるおじさんはすでに遠くにいた。

 ますます加速する馬車の中で、僕は慌ててプランに言う。 


「ちょちょちょ! プランさんストップストップ! マジで怖いから! 心臓ふわっとなってるから一旦止めて!」


「何を悠長なことを言ってるんスか! これくらい急がないとスリに逃げられてしまいますッスよ! ちょっとだけ我慢するッス!」


 そう言うと同時に金馬の速度も急上昇した。

 いや、これマジで怖いんだけど。

 馬車の窓から見える景色が高速で流れていく。

 ていうかプランのやつ、よくこんな暴れ馬を自在に操ることができるな。

 速くて怖いのは確かだけど、馬車が倒れる様子もないし、思った通りの方角に馬を走らせることができているみたいだ。

 いったいいつの間に金馬の操作の練習をしたのだろう?

 プラン手ずからこの金馬の調教をしたわけでもないだろうに。

 そう不思議に思っていると、その心中を見透かしたようにプランが言った。


「アタシの天職を忘れたんスかノンさん」


「……?」


「アタシは全天職の中でおそらく随一の『器用さ』を持つと言われている大盗賊ッスよ。ちょっと暴れん坊なお馬さんくらい、練習なしでも余裕で操縦することができるッス。だから安心して乗っててくださいッスね」


 なんだかいつになく頼りがいのある台詞を吐きやがった。

 全天職の中で随一の器用さを持っている。

 それだけで馬車の操縦が上手くなるものなのだろうか?

 馬車の操作っていうのは、馬との親密な関係が重要になるとどこかで聞いたことがある。

 それは果たして『器用さ』という能力だけで補うことができるものなのか?

 いささか疑問である。

 

 でもまあ、実際こうして難なく操作できてるわけだし、器用さにはそのような効果もあるのだろう。

 でなければこの状況の説明がつかないからな。

 となると器用さがズバ抜けて高い『大盗賊』は、改めて思うとかなり万能な天職だな。

 器用さで金馬の馬車の操作もできてしまうのだから。

 思えばこいつ、料理をする時も野菜を綺麗な花型とか動物型に切って皿に盛りつけられているし。

 ユウちゃんにせがまれて魔物の絵とか描いてたけど、あまりにリアルすぎて泣かせてたし。

 しかもこの間なんか、小鳥の鳴き真似をして何羽か呼び寄せてたような……

 それが全部『器用さ』のおかげだって言うなら、なんか反則的な力だな。

 改めてそう思った僕は、僅かに呆れながらプランに言った。


「お前、ここに来てようやくキャラ立ちかよ」


「ちょ、そんなこと言わないでくださいッス。今までも結構この器用さが役に立った場面があったじゃないッスか。掃除とか洗濯とか……」


 プランは冷や汗を滲ませて苦笑した。


「って、そんなことよりも、正確な方角を知りたいので臭いがどこに続いているのか教えてくださいッス後輩君」


 次いで彼女は先ほどから一切指示を出さないアメリアに向かって声を掛ける。

 しかしすぐに返事が来ることはなく、僕も不思議に思ってアメリアの方を見てみた。

 すると……


「って、なに呑気に寝てるんスか後輩君! スリの正確な位置を教えてくださいッス!」


「いやこいつ、馬車があまりにも速すぎてビビッて気絶してやがる」


 彼女は馬車の手すりに掴まりながら、ぐでっと上体を仰向けに倒していた。

 目を閉じてゆらゆらと小舟を漕いでいる。

 いくら声を掛けても起きる気配がなく、アメリアは完全に意識を失っていた。

 先行きが不安な旅だな。

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