第43話 「仕返し」
「さ、財布を取り返すって、それマジで言ってんのか?」
プランから思わぬ提案を受けた僕は、眉を寄せながら尋ねる。
すると彼女は目をくわっと見開きながら大きく頷いた。
「大マジッスよ! このまま黙ってやられっぱなしじゃ気が済まないッス! どんな手を使ってでも犯人を捕まえて、財布を取り戻すんスよ! そして耳を引っ張りながら全力で説教してやるッス! 人の物を盗むのは絶対にダメだってことを!」
「……」
これには思わず呆れてしまう。
どの口が『人の物を盗むのはダメ』とか言ってんだよ。
元盗賊だろお前。
ていうかそもそもそんな無謀なことできるわけがねえだろ。
どこにいるとも知れないスリから財布を盗り返すだなんて。
だから僕はプランからの提案に対し、一も二もなくかぶりを返した。
「僕はもうこれ以上面倒な目に遭うのは御免だぞ。さっさとうちに帰って安心感を得たいんだ。深追いしてさらにひどい状況になったらどうするつもりだよ。もうみんなで帰るぞ」
最悪の事態を想定してそう言い返すと、プランは前のめりになりながら言ってきた。
「ノンさんは悔しくないんスか!?」
「はいっ?」
「性根の腐ったスリに財布を盗られて悔しくないんスかって聞いてるんス!? 今頃そのスリは、アタシらから奪ったお金を使って豪遊してるに決まってるッス。本来ならアタシらが旅行で使うはずだったお金を、何の苦労もせずに高笑いしながらジャブジャブ使ってるんスよ」
「……」
その光景を想像してピクリと眉が動く。
僕たちが汗水垂らして稼いだ金を、どこの誰とも知れない奴が何の苦労もせずに使いまくっている。
それは確かに許されないことだ。
プランの言う通りめちゃくちゃ悔しいし、財布を取り返したい気持ちももちろんある。
けれど……
「た、確かにそう言われたらめっちゃムカつくけど、でも取り返すことなんてできやしないだろ」
「どうしてッスか?」
「まず、犯人がどこにいるのかわからない。それに財布の中身が残ってる可能性はゼロに近いんだ。必死に犯人を捜したところで利益はまったく見込めないんだぞ」
それなのにわざわざ犯人捜しなんかしてたまるか。
無駄骨を折る未来しか見えない。
それにこうして帰宅用の資金も調達できたわけだし、これ以上何かを望むと返って悪い結果が出そうだ。
だからこのまま帰ろうと再三プランに言い聞かせようとしたが、彼女は逆に僕のことを説得するように返してきた。
「この際財布の中身はどうでもいいッスよ。アタシはただ楽しい旅行を台無しにした犯人にお灸を据えたいだけッス。それに犯人がどこにいるのか、まったくわからないわけじゃないッスよ」
「……? どういうことだ?」
思わず首を傾げると、不意にプランは傍らにいるアメリアの方を向いて問いかけた。
「後輩君、あの”メドゥーサ”のことをまだ覚えてますッスか?」
「はっ? メ、メドゥーサ? と言うと、あの『ペトリ―ファ』という魔族のことか?」
「はいッス」
プランが頷いたのを見て、アメリアのみならず僕も眉を寄せる。
どうしてこのタイミングでペトリ―ファ?
という疑問を代弁するようにアメリアが言った。
「な、なぜ急にペトリ―ファの名が出てきたのかはさっぱりわからないが、まああいつのことはまだ記憶に残っているぞ。かなり特徴的な魔族だったからな。私も久々に元の姿に戻れたし。だがそれがどうしたというのだ? 財布を盗られた件に関係していることなのか?」
アメリアから問われたプランは、こくりと頷いた後に説明を始める。
「お姫様からの依頼を受けた時、あのメドゥーサをみんなで探し回ったじゃないッスか。あの時にメドゥーサが持っていた”櫛”を手掛かりにして、後を追跡したのを覚えてますッスか?」
「あ、あぁ、あの時のことか。アメリアに臭いの跡を追ってもらって、地下迷宮まで辿り着いたんだよな。で、それがどうかしたのか?」
アメリアに続いて僕もプランに尋ねると、彼女はとんでもない事実をさらっと言った。
「実は、ノンさんのコートを洗濯していた時に、ポケットの中からその櫛が出てきたんスよね。たぶんノンさんがメドゥーサに返し忘れてた物だと思うッス」
「えっ!?」
「で、今さっき思い出したんスけど、旅行に出発する時に間違ってその櫛を巾着袋の中に入れてしまって、財布も一緒に入ってたんス。だから臭いが染み付いてて、後輩君が追跡できるんじゃないかなって思って……」
「……」
洗濯していた時にポケットから出てきた?
その言葉を受けて僕はにわかに思い出す。
そういえばあの時、ペトリ―ファに櫛を見せつけてから、そのままポケットに仕舞ったんだっけ?
で、返すのを忘れたままうちに帰った気がする。
すっかり櫛の存在を忘れていた。
てかプランの奴、その櫛を財布と一緒に巾着袋の中に入れてたのか。
それを証明するように、彼女は袋の中から一本の櫛を取り出した。
確かにそれは以前に見たペトリ―ファの櫛と同じものだった。
自分の櫛と間違って持ってきてしまったのだろうが、逆にそれが幸いしそうだな。
と思っていると、不意にアメリアが鼻を摘まみながらプランに言った。
「どうりで旅行中、ずっとお前から変な臭いがするわけだな」
「えっ、アタシそんなに臭いますッスか? 結構やばいッスか?」
「って、そんなこと今はどうでもいいんだよ。どうなんだアメリア? 臭いの追跡はできそうなのか?」
「……」
改めて尋ねてみると、アメリアはしばし躊躇うように顔をしかめた。
やがて彼女は開け放たれている窓の方に歩み寄り、すんすんと外の空気を嗅ぐ。
しばらくすんすんと鼻を動かすと、僕たちの方に向き直って言った。
「うん、まあ……たぶんできると思う」
「ホ、ホントか!? ならその臭いの痕跡を辿っていけば……」
「アタシらの財布を盗んだ犯人を捕まえることができますッスよ。これはお灸を据えるまたとないチャンスッス!」
「お、おい、最近私のことを追跡係として使っているが、私は追跡用の犬ではないのだぞ」
アメリアが不満そうに声を上げるが、今はそれは置いておく。
犯人の居場所がわかるなら、わざわざ探し回らなくて済む。
しかもまだ財布を盗られてから半日ほどしか経っていないし、急いで捕まえに行けばお金を使い切られる前に取り返すことができるかもしれない。
それに今は少なからずの資金があるから、足として馬車に乗ることも可能。
スリに一矢報いるチャンスなのでは?
そう思った僕は、心中でほくそ笑みながら二人に言った。
「よし、犯人がどこにいるのかわかるなら、いっそ僕たちで犯人を捕まえてやろうぜ。僕も財布を盗られてムカついてたのは事実だし、財布の中身がまだ残ってる可能性もないわけじゃないしな。それに楽しみにしていた旅行を台無しにされたのも悔しいし、みんなで犯人に仕返ししてやろうぜ!」
「そうッスね! みんなで犯人をとっ捕まえようッス!」
「お、おい、犯人を捕まえるのはいいのだが、私を追跡犬のように扱うのはやめてくれ……」
アメリアが訂正を求める中、僕とプランはスリへの仕返しに意気込んだ。
仕返しできるとわかった今、僕の心中にあった怒りはますます熱を高めている。
そう、よく考えればこの温泉旅行が台無しになったのは全部スリのせいなのだ。
僕が油断していたとか怠けていたとかは全然関係ない。
アメリアにバカにされたのもスリのせいということになる。
だから僕はこの鬱憤を晴らすために絶対に犯人を捕まえてみせる。
こうして僕たちは、楽しみにしていた旅行をぶち壊された怒りを晴らすために、犯人を追跡することになった。
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