第42話 「依頼達成」

 

 薬草採取を再開してから一時間弱。

 森には変わらずキノコの魔物たちがいるが、こちらの連携が整ってきたおかげで難なく倒すことができている。

 初めの方に漂っていた緊張感はすでになく、三人とも落ち着いた様子で戦闘をこなしていた。

 その甲斐あってか、やがて僕たちは薬草が生えている奥地の方へと辿り着いた。

 そこにも同じようにキノコの魔物たちがいたが、これまた容易く撃破する。

 ツボミが風魔法で胞子を飛ばし、ナンザとジェムが接近して攻撃するという形が安定してきたおかげだ。

 数体のキノコをまとめて倒した僕たちは、その場所でようやく目当ての薬草を見つけることができた。


「これで依頼達成ですね」


 ナンザが薬草を綺麗に包んで袋に収め、パーティーメンバーたちに言う。

 それを聞いたジェムがにこりと笑って返した。


「よし。じゃあ早いとこギルドに戻って依頼の報告をしよう。もうあんまり時間もないし」


 その声に、メンバー全員がこくりと頷いた。

 ここに来るまでにだいぶ時間を使ってしまったからな。

 依頼の期限は本日中ということなので、急いで戻らなければ間に合わない。

 日を跨ぐ前にギルドに戻るべく、僕たちは駆け足で街に帰ることにした。

 帰りももちろん敵と遭遇したが、大したトラブルもなく、三人が手早く撃破してくれた。

 僕の手助けなんか必要ないくらいである。

 やがて街に到着すると、僕たちは足を止めることなくギルドを目指した。

 そして慌ただしく駆け込み、受付まで報告する。


「はい、確かに受け取りました。これで依頼は完了です。お疲れ様でした」


 受付の人にそう言われ、僕たちは大きく安堵した。

 間に合ってよかった。

 何よりナンザたちの嬉しそうな顔を見ることができたので本当によかった。

 依頼報告を終えた後は、酒場の席で報酬金の分配を行うことになった。

 ナンザたちは当初と同じように全額を僕に渡したいと言ってきたが、もちろんそれは断らせてもらう。

 今回の依頼は四人だったからこそ達成できたものなので、やはりここは均等に分けるのが正解だろう。

 てか、後半に関してはほとんど三人だけで戦っていたようなものなので、均等に分けることすらおこがましく感じてしまう。

 など色々と話し合った結果、報酬は山分けすることになった。


「今回の薬草採取の報酬は1万ガルズですので、ノンさんには5000ガルズお渡ししますね」


「えっ? それだと計算おかしくないか?」


 眉を寄せて問いかけると、不意にナンザたちは三人で身を寄せて、仲睦まじい様子で返してきた。


「私たちは三人で一つなので、5000ガルズずつで合ってますよ」


「そうだそうだ!」


「……うん」


「あ、あはは……なら仕方ないな」


 そんな言い方されたら断れるものも断れない。

 というわけで僕は5000ガルズを受け取ることになった。

 これだけあれば帰りの運賃は余裕で払えるな。

 治療院に帰れば貯金がまだ残っているし、これにて金欠問題は無事に解消された。

 そして報酬の分配も済んだところで、いよいよ僕たちは解散することになった。

 ギルドの前で立ち止まり、三人が僕に向き直る。

 するとリーダーのナンザが深く頭を下げた。


「この度は本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


「い、いやいや、たった一回依頼を手伝っただけだし、そんな大袈裟に言わなくても……」


 改めてそう言われると気恥ずかしい。

 僕なんてほとんど役に立っていなかったし、そんなかしこまられるほどのことはしていない。

 そう思って否定的な言葉を返すと、ナンザは違うと言うようにかぶりを振った。

 

「依頼を手伝っていただけたのもそうなんですけど、何よりノンさんはリーダーとして自信がなかった私に勇気をくれました。そのおかげで仲間たちとも心をより深く通わせることができたので、本当に感謝しているんです」


 その恩は僕では感じることができないものだった。

 ナンザを励ました覚えはあるけれど、勇気を与えた覚えはないから。

 きっとこれはナンザたちにしかわからないことなのだろう。

 だから僕はこれ以上謙遜することなく、彼女たちからのお礼の言葉を素直に受け取ることにした。


「ですのでこの度は、本当にありがとうございました」


「……ました」


「ありがとなノンさん!」


「うん。三人ともこれから頑張れよ」


 そう言い合って、僕たちは解散した。

 そのあと僕は、プランとアメリアが待つ宿に向けて足を進めることにした。

 帰路を歩いているその間、僕はナンザたちについて思いを巡らせる。

 これからあの子たちはもっと成長するだろう。

 いつかは僕よりも頼れる回復役を見つけて、完成された冒険者パーティーを組んでほしいと思う。

 なんて親心にも似た気持ちを抱きながら宿部屋に到着すると、僕は間延びした声を上げながら中に入った。


「ただいま~」


 すると突然――

 ドンッ! と何かが腰に抱きついてきた。


「ノンさぁぁぁん!!!」


「えっ、ちょ、なになにっ!?」


 よく見てみるとそれは、部屋で待っていたプランだった。

 彼女は僕の腹に頭を埋めながら、えぐえぐと泣きじゃくっている。


「うわぁぁぁん!!! ノンさぁぁぁん!!! よかったッスーーー!!! ちゃんと帰ってきてくれたッスーーー!!!」


「な、なに言ってんだよお前。帰ってくるに決まってるだろ。ていうか意味わかんなくて怖いんだけど」


 いきなり抱きついてきたり泣き喚いたり。

 マジでどうしたんだこいつ。

 訝しい目でプランを見ていると、傍らでお茶を飲みながら休んでいるアメリアが、プランの代わりに説明してくれた。


「どうやら盗賊娘は、ノンがあの冒険者パーティーに盗られてしまうのではないかと危惧していたようだ」


「はっ? どゆこと?」


 ナンザたちに盗られる?

 ますます意味わからんと言うように首を傾げていると、ようやく涙が収まってきたプランが、嗚咽を漏らしながら言葉を引き継いだ。


「依頼を手伝う中で、本格的にあの子たちとの冒険が楽しくなっちゃって、ノンさんがそのままパーティーに加入しちゃうんじゃないかって思ってたんス。アタシたちのことなんてすっかり忘れて……」


「あぁ、そゆことね。だからあのときお前、僕が依頼の手伝いに行こうとした時に止めようとしてきたのか」


 今さらながら納得する。

 僕が冒険者稼業にハマってそのまま冒険者になるんじゃないかと思ってたのか。

 まああり得なくはない可能性だし、プランがそう心配するのも理解できる。

 けどな、今さら僕が冒険者なんてできるはずがないだろ。

 少しの金が入ってきただけでだらけるし、スリにも気付かないくらい油断するし。

 それにな……


「確かにナンザたちとの冒険は楽しかったけど、僕があのパーティーに入るわけにはいかないよ。あの三人の絆に水を差すようで悪いからな」


「……随分とあの子たちについて詳しくなってますッスね」


 なぜかプランはジトッとした目で僕のことを見てきた。

 なんだよその目は。

 まあそれはいいとして、僕は肩をすくめて続けた。


「ま、とにかくそういうわけだから、僕があの三人のパーティーに入ることは絶対にないよ。そもそも冒険者すら務まるか怪しいし。んなことよりも、報酬金を山分けしてもらえたから早いとこ治療院に帰ろうぜ。今からでも乗れる深夜馬車とかあるみたいだし。もう旅行は懲り懲りだ」


 僕はそう言って帰りの支度をすることにした。

 早いとこ治療院に戻りたい。

 金の余裕は心の余裕なので、この手持ちのままでいるのが不安でしょうがないのだ。

 だから二人に荷物をまとめるように指示を出そうとすると、それよりも早くプランが声を上げた。


「いいえノンさん、まだ帰れないッスよ」


「えっ?」


「財布を取り返しましょうッス!」


 財布を……取り返す?

 プランからのその言葉を受けて、僕はぽかんと口を開けてしまった。

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