第41話 「リーダーとしての資格」

 

「お、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「う、ううん。別に気にしないでいいよ」


 キノコ型の魔物を討伐してから十分ほど。

 泣きじゃくっていたナンザがようやく涙を止め、目を腫らしながら謝ってきた。

 対して僕は苦笑しながらかぶりを振った。

 別にお見苦しいわけではなかったんだけど。

 ていうか普通にびっくりしてしまった。

 しっかり者の印象が強かったナンザが、まさかあのように号泣するとは。

 そのギャップにいまだに困惑を覚えていると、ナンザが袖口を目に当てながら不意に言った。


「いつもはパーティーのリーダーとして、なるべくしっかりしている姿を通しているのですが、さっきはつい恐怖心のあまり……」


「あぁ……」


 思わず僕は納得の声を漏らす。

 内心はとても臆病な子なんだな。

 それでいつもはパーティーのリーダーとして毅然とした態度をとっていたけど、命を危険を感じてつい涙を漏らしてしまったと。

 という事実に密かに頷いていると、ジェムが補足をするように言った。


「ナンザは本当に気弱だよなぁ。確かにさっきのはちょっとやばかったけど、ああいう時のために回復役のノンさんに来てもらったんだし、慌てることなんて何もないよ」


「そ、そうそう」


 ジェムの言葉に対し僕は相槌を打つ。

 ああいうちょっとしたミスを想定して回復役を投入していたのだから、言ってしまえばあれは作戦通りだったのだ。

 もちろんもう一匹いることに気付いて対処できていればもっとよかったけど、結果的には誰も戦闘不能になっていないのだから、ナンザが気にする必要はない。

 しかしナンザは気落ちした様子でぼそりと返してきた。


「こ、怖くて泣いてしまったのもそうなんですけど、何より私の不注意でジェムまで危険な目に遭わせてしまったのがとても申し訳なくて、リーダーとして失格だなって……」


「……」


 これには僕もどう返していいかわからない。

 ジェムは「私は全然気にしてないからいいよ」と言っているが、やはり自分の失敗を許せないのかナンザは歯を食いしばり続けている。

 さっきの失敗は本当に仕方のないものだ。

 暗い森のせいで僕だってもう一匹いたことに気付かなかったし、タイミングよく相手が胞子を撒いてきたのも運が悪い。

 だからこれは誰が悪いということはなく、まあ運が悪いと言う他ないのである。

 ということをわからせてあげるために、僕は少し考えてから口を開いた。


「パーティーのリーダーに合格も失格もありはしないよ」


「えっ?」


「冒険者でもない僕が偉そうなこと言えるわけじゃないけど、パーティーのリーダーになるのに特別な能力や資格はいらないと思う。僕も一時期こういうパーティーに入ってたことがあるんだけど、その時のリーダーなんか作戦とか考えないしバカみたいに突っ込むしわがまま放題だったし。それでもちゃんとパーティーとして成り立ってて、仲間だって順調に集まったんだ」


 僕は勇者パーティー時代のことを思い出しながらさらに続ける。


「そんなあいつに比べたら、ナンザはよくやってると思うよ。やっぱり一番大切なのって『リーダー』っていう存在そのものだし、誰かがやらなきゃいけないことをやってるってだけで充分すごいんだから。だからそんなに落ち込む必要ないぞ」


「で、でも、仲間を危険な目に遭わせたのは事実ですし、そもそもリーダーの私が情報収集を怠っていなければこの依頼だって……」


 実力に見合わないのに受けることもなかった。

 と、ナンザは言いたいのだろう。

 その意見はわからなくもないけれど、僕はナンザを励ますように言葉を続けた。


「うぅ~ん、まあ、自分で自分を許せないのは仕方のないことだけど、パーティーのリーダーっていうのは周りが認めるかどうかだからな。ナンザ自身がリーダー失格だって思ってても、まだ仲間が認めてたらリーダーを続けるしかなくないか?」


「えっ?」


 僕に言えるのはたぶんここまでだな。

 そう思ったので、続く言葉をジェムとツボミに任せることにした。

 二人は僕と代わるようにして前に出ると、落ち込んでいるナンザに対して笑みを向ける。


「ナンザが一生懸命やってくれてるのは知ってるし、泣き虫なことももうわかってるから、あんまり気にしないで先に進もうよ。ねっ、リーダー」


「……リーダー」


「ジェム、ツボミ……」


 仲間から優しい声を掛けてもらい、ナンザは再び目に涙を溜める。

 しかし今度はそれを零すことなく、心に留めるように収めて大きく頷いた。


「うん、わかった。また迷惑かけちゃうかもしれないけど、できるだけそうならないように頑張るから。一緒について来てもらっていいかな?」


「うん。迷惑上等だよ! それにもしまた失敗しちゃったとしても、そんなのお互い様だからさ!」


「……頑張れナンザ」


 どうやら丸く収まったみたいだ。

 今一度パーティーの絆を確かめ合った三人は、晴れ晴れとした顔で笑っている

 その景色を微笑ましい気持ちで見守っていると、不意にナンザがこちらを向き、ぺこりと頭を下げた。


「ノンさんもありがとうございました。遅くなりましたけど、治療してくださってとても助かりました」


「いえいえ、どういたしまして」


 そのために僕はここまで来たので、そんな丁寧なお礼なんてもったいない。

 ともあれこうしてナンザはリーダーとしての自覚を深めることができたのだった。

 少し自信がついたようで何よりだ。

 確かに彼女はまだ新人冒険者ゆえに経験不足が否めないかもしれないが。

 仲間にこれだけ信頼されているのだからもっと自信を持ってもいいと思う。

 それにうちのマリンと比べたら断然リーダーらしいしな。

 なんて思いながら密かに苦笑を浮かべた僕は、ふと視界の端にキノコの魔物の残骸が映り、気付けばナンザたちに問いかけていた。


「にしてもあのキノコの魔物、あんなに厄介なのに街ではあまり警戒されてないのか? 森の入口に立ち入り禁止の立札とかもなかったけど」


 そう尋ねると、ナンザがすぐに答えてくれた。


「どうやら最近出没し始めた新種の魔物らしくて、私たちもそのことを知らずに森での依頼を引き受けてしまったんです」


「へぇ、なるほどな」


 ……新種ねぇ。

 それなら確かに確認不足でこんな依頼を受けてしまうのも納得できる。

 森での最新の情報を入手しなければ、この依頼は避けようがないもんな。

 それに近づかない限りは害もないし、この森に用事がある人以外には関係ないことだしな。


「まあ、僕が回復魔法を使える限りは対処ができそうだし、気楽に薬草採取を続けることにしよう」


「は、はい」


 そう言って薬草採取を再開しようとした時――

 傍らからジェムに声を掛けられた。


「って、ちょっと待ったノンさん!」


「んっ?」


「薬草採取を再開する前に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、さっき無詠唱で解毒魔法を使ってなかったか?」


「あっ……」


 ……そういえばそうだった。

 ナンザとジェムの毒を治す時、無詠唱で解毒魔法を使ったんだった。

 そのことが気になって尋ねてきたジェムは、すごく前のめりになっている。

 それに対してどう答えたものか迷っていると、追い打ちを掛けてくるようにジェムが続けた。


「あれってどういうことなんだ? もしかしてこっそり詠唱を終わらせてたのか?」


「え、えぇ~と……」


 実はそうだったんだよ。と誤魔化すこともできるだろう。

 しかし僕はすぐにそうすることはせず、答えについて迷い続けた。

 パーティーの絆を目の前で見せてもらっておいて、ここで嘘を吐くのはなんだか忍びない。

 臨時とはいえこの素敵なパーティーに回復役として入れてもらっているので、ここは正直に話すのが正しいだろう。

 そう結論付けた僕は、やがて意を決して吐露した。


「話し忘れてたんだけど、実は僕、無詠唱で回復魔法を使える治癒師なんだよ」


「「「えっ!?」」」


「いや、その、パーティー組む前に伝えておかなくてごめんなさい」


 今度は逆に僕の方がぺこりと頭を下げた。

 本来ならばパーティーを組む前に伝えておくべき情報だったのに。

 それを今さら教えるのはあまりにも遅すぎるだろう。

 しかもその理由が、勇者パーティーで回復役をやっていたことがバレるのが嫌だという私的なものだし。

 これは責められても仕方がない。そう思って覚悟を決めていると、予想に反した反応が返ってきた。


「す、すげえ! 無詠唱で回復魔法を使えんのか!? めちゃくちゃ便利じゃんか!」


「えっ?」


「……パーティーの回復役として、すごく頼もしい」


「あっ、いや、そこまで絶賛されるようなものでもないし、何より詠唱がいらない代わりに初級の回復魔法までしか使えなくて……」


 と言ってみるものの、ジェムとツボミは称賛の声を送り続けてくれる。

 同様にナンザも驚いた様子で目を丸くしていた。

 てっきり責められるかと思ったんだけど。

 というかむしろ責めてほしかったというのが正直なところだ。

 それくらいのことを僕はしてしまったのだし。

 なんて反省の念を抱いていると、目を丸くしていたナンザが不意に首を傾げた。


「あれっ? 無詠唱で回復魔法を使える治癒師って、どこかで聞いたことがあるような……」


「さ、さあ、早いとこ薬草採取を再開して、さっさと依頼終わらせちゃおうぜ。時間もあまりないことだしさ」


 唐突に嫌な予感がした僕は、すかさず薬草採取の再開を促した。

 すると三人はきょとんと首を傾げるが、やがてこくりと頷いてくれる。

 咄嗟の誤魔化しは上手くいったみたいだ。

 嘘を吐けないとか言った割に、正体については隠し続ける。

 改めて僕は自分を卑怯者だと思った。

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