第40話 「回復役の大切さ」
遠目でキノコを見つけた僕たちは、すぐさま近くの茂みに身を潜める。
夜の暗さも相まって、かなり目を凝らさなければ見えない距離だというのに、リーダーのナンザが慎重に隠れるように指示を出してきたのだ。
そして彼女は最大限まで声を落とし、僕に言う。
「あの魔物がこの森で毒を撒いて、薬草採取を妨害してくるんです。戦闘力そのものはほとんどなくて、接近できれば一撃で倒すことが可能なんですが……」
そう言いかけたので、僕は続く言葉を予想した。
「接近するまでが難しいってことか?」
「はい。人や他の魔物の気配を感知すると、奴らは毒性のある胞子をバラ撒くんです。そこまで強い毒性ではないんですが、触れただけで三種類の異常を同時に起こしてくる厄介なもので、回復役の方の力が必要になります」
「ふぅ~ん……」
今の説明を聞いて、この距離で身を隠した理由を悟る。
気付かれたらかなり面倒だからな。
毒の胞子を撒き散らすだけではなく、よもやその毒が三種類の異常を引き起こしてくるとは。
魔大陸に生息している危険指定の魔物と遜色ない厄介性かもしれない。
だから僕は極力安全にあの魔物を倒す手段がないか、ナンザに問いかけることにした。
「遠距離からの狙撃とかはできないのか? 戦闘力そのものがほとんどないなら、弓矢や魔法で倒すこともできるんじゃ……」
「確かに戦闘力そのものはありませんが、あのキノコのようなカサの部分が鋼鉄のように硬くて、奴らはそれを盾として使ってきます。軽い弓矢や魔法などは簡単に弾かれてしまうので、接近して確実に柄の部分を攻撃しなければなりません」
「へぇ、なるほどな」
毒を撒いて盾に隠れる。
なかなかにいやらしい戦法だ。
こちらは最低限、魔法や弓矢で攻撃できる範囲まで接近しなければならないので、気付かれずに攻撃するのも難しいだろうしな。
まさに薬草採取を妨害するためだけに生まれたかのような魔物だ。
「で、どうするつもりなんだ? 気付かれないようにしてやり過ごすか?」
「そうできれば一番いいんですけど、奴らは感知能力が高いのでそれは難しいと思います。それに森の奥に行くほど魔物の数も多くなるので、一匹ずつ倒していくのが確実です」
無視をして後々に響くのは避けたいということだろう。
それについては同意だったので、僕はこくりと頷き返すことにした。
するとナンザは次いで、具体的な作戦について話し始めてくれた。
「作戦としては、一度奴に胞子を撒かせてから、『魔法使い』のツボミが風魔法でそれを吹き飛ばします。その後、次に胞子を放ってくるまで数秒の猶予がありますので、その間に『戦士』の私と『騎士』のジェムが敵に接近しようと考えています。ノンさんはその後に続いて来てください。万が一誰かが毒に侵された時に、すぐに解毒ができるように」
「うん、わかった」
もし臨時の回復役を獲得できたらこうしようと考えていたのだろう。
よく考えられた作戦だ。
最低限、臨時の回復役である僕には負担を掛けず、それでいて安全な攻略法。
僕の出番はないとさえ思える入念さである。
依頼を受ける前に下調べを怠って、その反省をした結果なのかもしれない。
密かに感心をしていると、これ以上余計な話も挟まずにナンザが言った。
「それでは……行きます!」
その掛け声と共にナンザとジェムが茂みから飛び出し、その後に僕が続いていく。
すでに魔法詠唱に入っているツボミだけを残し、三人でキノコの魔物の元へ走った。
「ピギィィィ!」
当然それに気が付いたキノコは、すかさずカサの部分をぶんぶんと振り回し、ぶわっと細かい胞子をそこら中に散らす。
あれが毒の胞子。
触れただけで三種類の異常を起こしてくる厄介な毒だ。
しかし事前に情報を有している僕たちは足を止めることなく魔物に近づいていく。
すると作戦通り、後方でツボミが魔法を発動させた。
「エアロショット」
瞬間、前を行く僕たちを避けるようにして突風が吹く。
周囲に撒かれた胞子はそれに乗り、遠方へと吹き飛ばされてしまった。
これで接近が可能になる。
ナンザとジェムはここぞとばかりに足を早め、キノコの柄の部分を目掛けて剣を振った。
「「はあっ!」」
二人の刃と短い叫びが重なり、敵の弱点にバツ字の傷を刻み込んだ。
それを受けたキノコは叫び声を上げることもなく地面に倒れ、僕たちの勝利が確定する。
あまりに手早いその連携を後ろから眺めて、僕は内心で感嘆の声を漏らした。
傍から見ていてとても気持ちのいい連携だ。
こんな連携を一度でもいいから、誰かと一緒にしてみたいと思うほどである。
僕が勇者パーティーにいた頃は、連携なんてほとんどとっていなかったからな。
いつもマリンとルベラが競争と称して特攻し、極稀に討ち漏らした敵をシーラが上級魔法で吹っ飛ばすという力技で戦っていた。
個々の力が強すぎるあまり、上手く噛み合わせることができなかったのだろう。
だから少しだけ、こんな連携には憧れてしまう。
なんて物思いにふけりながら三人に労りの声を掛けようとすると、目の前のナンザとジェムの様子がおかしいことに気が付く。
二人とも、なぜか剣を振り終えた体勢のまま、その場でじっと立ち尽くしていた。
何かあったのだろうか?
と不思議に思って前方を窺ってみると……
「なっ!?」
キノコ型の魔物が、もう一匹そこにいた。
先ほどの奴よりも一回りほど小さい個体。
おそらく、さっきのキノコの陰にこっそり隠れていたのだろう。
それに気付かずに大きく前に出た二人は、驚愕により身を強張らせている。
当然すぐにその場から離れる余裕はなく、眼前で小さいキノコが頭を振る姿を眺めることしかできなかった。
「ピギィィィ!」
先刻と同様、胞子がぶわっと周囲に飛散する。
僅かに距離が空いていた僕は、すかさず後方に飛び退ることでそれを回避できたが、ナンザとジェムは正面から胞子を受けてしまった。
声もなく地面に倒れてしまう。
それを遥か後ろで見ていたツボミは、焦った様子で叫びを上げた。
「ナンザ! ジェム!」
普段のぼんやりした様子とは打って変わり、仲間の身が危険に晒されて感情を露わにしている。
胞子を間一髪で回避した僕は、ただ一人冷静に、この状況を打開する術を考えた。
このままではナンザとジェムが毒に蝕まれて命の危険がある。
素早く助け出さなくてはならない。
幸いにもあの毒を治せる回復魔法を僕は持っているし、こういう時のためにこの場に呼ばれたのだから。
僕は自分の役目を全うしてみせる。
「ツボミ、風魔法を頼む」
「えっ?」
「さっきみたいに胞子を飛ばしてくれ。そうすればすぐに二人を治療できるから」
近くまで来たツボミに対し、僕は落ち着いた声音で聞かせる。
すると彼女は少し驚いた様子で、こくりと頷き返してくれた。
すぐに詠唱に入る。
その間にもナンザとジェムは地面に倒れながら苦しそうにしており、ツボミの詠唱も自然と早口になった。
それでも綺麗に唱え終えると、ツボミは手に持った杖を掲げて叫んだ。
「エアロショット!」
先ほどよりも力が入ったように言い、どこからともなく突風が吹いてくる。
それに押されるようにして胞子が退き、ナンザたちの周囲は綺麗に晴れた。
僕はすかさず倒れる二人のもとへ駆け寄る。
「キュアー、キュアー」
ナンザとジェムの肩に触れながら唱えると、すぐに彼女たちの体から三種類の毒が消え去った。
瞬く間の出来事に二人は呆気にとられた様子で固まる。
これでとりあえず二人の命は安全だ。
しかしすぐに立ち上がることができそうになかったので、代わりに僕が目の前の敵を屠ることにする。
早くしなければまたあの毒の胞子が撒かれるからな。
懐に仕舞っているナイフを取り出し、閃くような速さでそれを振った。
「ピギ……?」
キノコはしばし斬られたことに気付かないように呆然としていた。
やがて柄の部分に真一文字の刀傷ができると、奴は声もなしにバタリと地面に倒れた。
それを見届けながら、僕はナイフを懐に仕舞う。
次いで後ろを振り返り、ナンザとジェムの様子を窺うことにした。
すると……
「「……」」
二人はなぜか僕を見つめて、ぽかんと固まっていた。
いったいどうしたのだろうか?
その視線に疑問を抱いたので、僕は若干の不安を覚えながら二人に問いかけてみた。
「だ、大丈夫か二人とも?」
もしかしたら毒を浴びたせいで意識が朦朧としているのかもしれない。
なんて思って声を掛けると、まず先にジェムがはっとなっていつものお気楽な声を上げた。
「あっ、うん、大丈夫大丈夫。助けてくれてありがとうノンさん。ノンさんの剣筋がほとんど見えなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」
「な、なんだ、そういうことだったのか」
てっきり毒の影響を受けて具合が悪いのかと思ってしまった。
回復役として来た僕が戦えたことに驚いただけのようだな。
とりあえずジェムが無事だったことに安堵しつつ、次いでナンザの方にも目を向けてみる。
彼女も同じ理由で固まっているのだろうか?
と思ってナンザのことを窺うと、彼女はジェムとは違った意味で固まっているように見えた。
なんだか僕を見つめているというより、何もない空中をぼぉーっと見ているような。
それにその瞳が、次第にうるうると震えてきて……
不意にナンザが声を漏らした。
「…………うっ」
「うっ?」
「うわぁぁぁぁぁん!!! 怖かったぁぁぁぁぁ!!!」
「……」
パーティーのリーダーとして毅然と振る舞っていた様子は影もなく、ナンザは年相応に泣き始めてしまった。
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