第39話 「解毒係」

 

 ナンザのパーティーに臨時の回復役として加入することになった後。

 僕たちはさっそく薬草採取のために森に向かうことになった。

 依頼の期日が本日中ということなので、正直一刻の猶予もないのである。

 とは言うものの、街を出てから二十分ほどで森に到着した。

 予想以上に近いところにあった。

 その入口のところで立ち止まり、真っ暗な森を前にしてナンザが言う。


「そ、それではノンさん、ここから私たちが先行しますので、後ろからついて来てもらっていいですか? それでもしメンバーが毒を浴びてしまったら、解毒の方をお願いします」


「えっ? でいいんですか?」


 ナンザからの指示を受けて、僕は思わず聞き返してしまう。

 本当にそれだけでいいのだろうか?

 という認識が常人とはズレていることに遅れて気が付き、ナンザもきょとんとしながら返してきた。


「は、はい。ノンさんには回復役として来ていただいたので、メンバーの治療をしていただけたらそれで充分かと。というか、回復役は敵から一番狙われやすい役割で、代わりの利かない貴重な戦力ですので、前に出すわけには行かないと思うんですけど……」


「あっ……で、ですよね。すみません」


 僕は苦笑を浮かべながらぺこりと謝る。

 だよな。そういえばそうだよな。

 回復役は普通、パーティーの後方で支援に徹するのが常識だ。

 他の攻撃役のメンバーたちと一緒に前に出て、敵と刃を交えるのは間違っている。

 勇者パーティーにいた頃はずっとそうしてきたので、つい違和感を覚えてしまった。

 ちゃんとした回復役として扱われていることに若干の嬉しさを感じていると、ナンザが改めて号令を掛けた。


「それでは行きましょう。聞いた話によりますと、薬草は自然の恩恵が一番受けられる奥地にあるということですので、そちらに向かって進みたいと思います」


 敵を警戒するように小さな声でそう言うと、メンバーを引き連れて森の中に入っていった。

 その背中を見つめながら、僕もその後に続いていく。

 後方からだとパーティーの様子がすごくよくわかり、思わず内心で納得の声を上げてしまった。


(なるほど、普通の冒険者っていうのはこういう感じなのか)


 リーダーが先頭に立って周囲を警戒し、残りの仲間がすぐに対応できるように神経を尖らせている。

 無駄な動きや会話なども挟まずに慎重に行動し、一挙手一投足に命を懸けているようだ。

 あのおてんばそうなジェムも今は静かにしているし、ぼぉーっとしていたツボミも表情を引き締めている。

 まあ一度下手をして一瞬で全滅なんて冒険者にはよくある話だし、これくらいの警戒は当然なのかもしれない。

 それに彼女たちはまだ新人冒険者なので、用心深くなるのも当然だ。

 

 それに比べて勇者パーティーにいた頃は、何もかもが”異常”だったな。

 あいつらは警戒するということをまったくもって知らないのだ。

 そこが敵地の中心であるにもかかわらず、マリンはぺちゃくちゃとお喋りをしていたし。

 静かにこっそりと敵を討つのが常識なのに、ルベラは大袈裟な雄叫びを上げながら大暴れをしていた。

 シーラに至っては男嫌いな性格上、魔物ではなく僕の方を警戒していたし。

 というのを思い出し、思わず僕は苦笑を浮かべてしまう。

 あいつらあんな戦い方してたくせに、よく死なずに済んでたな。

 まあマリンたちはどんな相手でも苦戦とかはしてなかったし、警戒なんて無意味に等しいのかもしれない。

 普通の冒険者と比べるのがそもそも間違いな存在なのだ。

 

 改めてそれがわかり、僕は今一度現状に意識を戻す。

 ナンザたちは周囲を警戒しながら前に進み、月明かりだけを頼りに夜の森の奥地を目指していた。

 言葉を交わさずとも確かな繋がりを感じるこの空気に、僕は密かに心を落ち着かせる。

 それにより気持ちが軽くなったせいか、僕は場違いにもナンザたちに声を掛けてしまった。


「そういえば、三人はどうして冒険者になろうと思ったんだ?」


 突然声がしたため、三人は驚きながらこちらを振り向く。

 気楽に問いかけようとしたあまり、ついタメ口にもなってしまったな。

 しかしまあ、もう少し肩の力を抜いた方がいいと思ったので問いかけてみたところ、ナンザは少し固まってから聞き返してきた。


「ぼ、冒険者になろうと思った理由……ですか?」


「そうそう。三人ともまだ若いみたいだし、その歳で冒険者になろうと思ったわけがちょっと気になって。……あっ、言いたくなかったら別にいいんだけど」


 あまり踏み込みすぎると失礼に当たるのではないかと思い補足する。

 するとナンザはかぶりを振りながら答えてくれた。


「そんな大した理由じゃないんですけど、私の場合は冒険者だった父と母に憧れて、冒険者試験を受けてみました。天職も『戦士』だったので冒険者が合ってるかなって」


「へぇ、親御さんが冒険者だったんだ」


 しかも両親共に冒険者なのは結構珍しいかもしれない。

 と思っていると、今度はジェムが少し緊張感を解いて答えてくれた。


「私もナンザに似た感じかなぁ。冒険譚に出てくる英雄たちに憧れて、冒険者を目指すことにしたから」


「へぇ、そうなのか。じゃあツボミは?」


「私は…………あんまり覚えてない」


「そ、そっか」


 各々の回答をもらうことができる。

 この張り詰めた空気を少し和ませようと思ったのもそうだが、実際にちょっと気になっていたことなので知ることができてよかった。

 そう思っていると、続けてナンザが補足してくれた。


「まあそれぞれ色々な事情があって冒険者試験を受けて、私たちはそこで出会ったんです。その時の試験が参加者で協力して行うものだったので、仮のパーティーを結成して、なんとか合格して、そのままの流れで今もパーティーを組んでるって感じです」


「へぇ、そうだったんだ。三人とも全然性格が違うから、どうやってパーティーを組んだのか不思議に思ってたんだけど、試験での繋がりで今も協力してるってことだったのか」


 案外そういう冒険者たちが多いのかもしれない。

 冒険者についてあまり詳しくないから実際のところはわからないけれど。

 密かに心に残っていた疑問を解消していると、今度は不意にナンザの方から問いかけられた。


「ところで、ノンさんはどうしてギルドで治癒活動をしていたんですか?」


「えっ?」


「たぶん、今日から始めたことですよね? 治癒師の方はああいう風にギルドで治癒活動をするのが一般的なんですか?」


「……」


 冒険者になった理由を聞いた反動で、今度はこちらの事情を聞かれてしまう。

 どうしよう。別に隠すようなことではないんだけど、経緯があまりにもみっともないからなぁ。

 正直に話すのはかなり恥ずかしい。

 けれどナンザたちも快く質問に答えてくれたので、僕も包み隠さず話すことにした。


「そ、そのぉ……実は僕、ポカポカの街の人間じゃないんだよ。遠くの方にある田舎村から旅行で来てるだけで」


「えっ? そうだったんですか?」


「う、うん。で、まあその、最近あの街でスリが横行してることを知らずにはしゃぎまくっちゃって、まんまと財布をスられて、旅行先で無一文になっちゃったんだよ。それで仕方なくギルドで治癒活動を……」


「……」


 段々と声を先細りにしながらもごもごと答える。

 するとナンザはその答えを受けて、しばしきょとんと目を丸くしてしまった。

 呆れられてしまっただろうか。

 と不安に思っていると……


「ふっ……ふふっ……」


「……?」


 不意にナンザが口許に手を当てて、笑い声を漏らし始めた。


「ふふっ、ふふふっ……す、すみません。とても大人らしくてしっかりした方だと思っていたので、はしゃいでいたと聞いてつい面白いと思ってしまって」


「は、ははっ……」


 面白いっすか。

 しかしまあ僕は実際に笑われるくらいの失態をやらかしているので、特に弁明はしないでおく。

 そんなことよりも今は、大人らしくてしっかりした方と思われていたことを存分に誇るべきだと思う。

 人知れず鼻を高くしていると、こちらの事情を理解したナンザが笑みを浮かべて言った。


「ノンさんにもそんな事情があったんですね。それでしたら必ずこの依頼は成功させなくてはいけませんね」


「ま、まあ、そういうわけなんで、どうかよろしくお願いします」


 今一度ぺこりと頭を下げておく。

 ぶっちゃけこの子たちに話しかけてもらっていなかったら、僕たちは今頃どうなっていたかわからないからな。

 金の当てができたのは本当にありがたいことなのだ。

 そして改めて僕も今回の依頼に対して気を引き締めていると、不意に前を歩いていたジェムが手を上げて言った。


「おいナンザ、いるぞ」


「えっ?」


 ナンザは疑問符を浮かべながらジェムの方を見る。

 するとジェムは森の奥の方を指で差しており、僕たちはそこに視線を集中させた。

 木の葉の隙間から漏れている月明かりに照らされて、何かが立っているのを見つける。


「あれは……キノコ?」


 それを目にした僕は率直な感想を口から零す。

 巨大なキノコに短い手足を生やしたような魔物が、確かにそこにいた。

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