第36話 「旅行者狩り」
無一文状態をどうにかするために、冒険者ギルドにやってきた僕たち。
さっそく金作りのために行動を開始しようと思ったが、まず最初にスリの件について受付さんに尋ねることにした。
「あの、すみません」
「……はい?」
「ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……」
そのあと僕は財布が盗られてしまった経緯を受付さんに話した。
そしてそのスリについて心当たりがないか聞いてみると、彼女は納得したような声を上げた。
「あぁ、おそらくお客様、『旅行者狩り』にやられてしまったのでしょうね」
「りょ、旅行者狩り?」
「文字通りの意味ですね。この街に旅行に来た人たちを狙うスリがいるんですよ。ちょうど懐が潤っていて、旅行中ということで警戒心も薄くなっていますし、スリにとっては格好の的なんでしょうね。最近は特に精力的に犯行を繰り返していまして、日に十数件の被害届がうちに出されていますよ」
「……」
……なんじゃそりゃ。
そんなに大々的に公表されているスリがいるのか。
ていうか懐が潤って警戒心が薄くなってるって、それってまさに僕たちのことじゃないか。
狙われるのはもはや必然だったと言える。
あまりの事実に思わず放心していると、不意に後方から微かな笑い声が聞こえてきた。
ちらりと一瞥すると、アメリアが後ろで笑いを堪えているのがわかる。
僕が格好の的と評されたのがそうとう面白かったようだ。
まあ、こいつは後でお仕置きしておくとして、僕はそのスリについてさらに尋ねることにした。
「そ、そのスリって、捕まえることはできないんですか?」
「うぅ~ん、冒険者の方々に捜査の協力はしてもらっているのですが、何しろそのスリは窃盗を行なった次の日には街から姿を消していて、不定期にスリを行いに来るんですよ。最近は頻度が増しているので捕まえるチャンスなのですが、今のところ足跡すら見つかっておりません」
「……マジっすか」
完全にお手上げじゃないか。
冒険者の人たちも手こずっているとなると、いよいよ犯人を捕まえるのは現実的ではなくなってきたな。
財布を取り戻せるかもしれないという微かな希望がここに来て完全に消滅した。
というかギルドはこのスリの件について、何かしらの対策とかはしていないのだろうか?
かなりの数の被害者が出ているというのに。
という疑問が顔に表れていたのか、不意に受付さんは補足をしてくれた。
「一応、旅行者の方々向けに、注意喚起の看板を街の入口に設置しているのですが、お気付きになりませんでしたか?」
「えっ?」
注意喚起の看板?
まったくもって思い当たらなかった。
そんなの設置されていただろうか?
怪訝に思って眉を寄せていると、これまた後方から微かな笑い声が聞こえてきた。
またもアメリアが笑いを堪えているのがわかり、僕は顔を近づけて問いかける。
「……おいお前、もしかして看板のこと知ってたんじゃねえだろうな?」
「もちろん知っていたに決まっているだろう? あんなにでかでかと設置されていたのだからな。むしろ気付かない方がどうかしていると思うぞ」
バカにしている表情でこちらを見てくる。
このロリサキュバスが……
そういえばこいつ、街に到着して早々入口前で立ち止まっていたな。
あの時看板を見つめていたのか。
旅行に浮かれるあまり僕とプランは気付かなかったようだが、どうやらアメリアは気付いていたらしい。
「なんでその時に看板のことを言わなかったんだよ。言ってくれてたらスリを未然に防ぐことができたかもしれないのに」
「……」
咎めるように言うと、奴は一層呆れた目で僕のことを見つめ始めた。
……なんだよその眼は。
注意喚起の看板のことを言ってくれていたら、さすがの僕だって警戒くらいはしていたのに。
という意味でアメリアを咎めると、彼女はごほんと咳払いをして、唐突に何かの台詞を言い始めた。
「『おいノン、どうやらこの街では現在スリが多発しているらしいぞ。主に旅行者を狙った犯行のようだから注意した方がいいかもしれん』」
もしかしてこれは、『もしあの時看板のことを話していたら』という仮定の話だろうか?
そうと理解した僕は、続く彼女の言葉に耳を傾けることにする。
するとアメリアは少し声を低くして、誰かの声真似をやり始めた。
「『だいじょ~ぶだってそれくらい。スリ程度に後れを取るほど怠けちゃいないって。それよりも旅行中にそんなことばっかり考えて純粋に楽しめない方が大問題だっての。いいから早く行こうぜ~』」
「……」
予想以上に似ている声真似に、内心で悔しさを感じてしまう。
確かにあの時の僕だったらそう言いそうだな。
注意喚起の看板のことなんて軽く聞き流していたに違いない。
それを自覚すると同時に、アメリアが追い打ちを掛けてくるように呆れた顔で聞いてきた。
「どうだ? もし看板のことを言っていたとしても、結局財布を盗られていたと思わんか?」
「思います」
むしろ言われてた方がフラグが立っていた感じがするぞ。
なんてことを言い合っていると、受付さんが慰めにも似た声を掛けてくれた。
「まあその、旅行に来る方々は羽を伸ばしに来ているわけですし、少し注意力が散漫になるのは仕方がないことですよ。そのせいで看板に気付かなかったって人も少なくないですし」
「は、はぁ、すみません」
今一度自分の慢心を反省する。
旅行に浮かれるあまり、色々なことが見えていなかったようだ。
大きく肩を落としていると、次いで受付さんはカウンターの裏から紙を取り出し、ペンを走らせ始めた。
「とりあえずお客様の被害についてもこちらで記録させていただきます。もし犯人が捕まって該当する財布が見つかりましたら、ご一報させていただきますので」
「ど、どうもありがとうございます」
そうお礼を言った後、僕たちは受付前から立ち退いた。
とりあえずこれでスリの件についてはひと段落したな。
悪い意味でのひと段落だが。
「で、これからどうするのだノン? あの様子からすると財布が戻ってくる可能性は皆無と言ってもいいぞ。それにもし戻ってきたところで中身が残っているはずもない」
「ま、だよな。それに戻ってくるとしてもだいぶ先のことだろうし、やっぱり自力で早急に金を作るしかないよな」
結局はその方向で行動をとるしかなさそうだ。
ノホホ村まで帰るための金がないのもそうだし、何より飯を食うための金はすぐに確保した方がいいだろう。
というわけで手っ取り早く金を作ることにした。
そのためにまずは受付さんに確認をとることにする。
再びカウンターの前まで行き、一声掛けた。
「あのすみません、ギルドのテーブルを一つ貸していただいてもいいですか?」
「えっ? は、はぁ、構いませんけど」
「ありがとうございます」
手早く承諾をいただくと、僕は手近な円卓を一つ拝借した。
ギルドの中には酒場も設けられており、木造りの机に掛けて酒を嗜む冒険者たちが窺える。
それに倣って僕も卓に腰掛けて、店員さんを呼び出した。
しかし注文したのは酒ではなく、木板と紙とペンだ。
果たして手頃な板があるかどうか不安だったが、幸いにも使い古された看板があるということでそれを貸してもらえた。
そこに紙を貼りつけ、ペンででかでかと文字を書く。
なんて書いたかというと……
『ノンプラン治療院 出張版 治療費500ガルズ』
準備完了と言わんばかりに即席の看板を立てて、僕はアメリアに言った。
「ここなら傷ついて帰ってきた冒険者たちがたくさん来てくれるだろ。手早く金を作るならこれが一番だと思ってさ」
「なるほどな。確かにこれは合理的だ。というか、私たちに取れる手段はこれ以外にあるまい」
アメリアも納得してくれたようだ。
以前にもやったことがある出張治療である。
果たしてどれくらいのお客さんが来てくれるかはわからないけれど、少なくとも今晩の飯代くらいは稼げるのではないだろうか。
その思惑で急遽出張版の治療院を建てた僕は、突っ立っているアメリアに号令をかけた。
「てなわけでアメリア、客引きよろしく」
「はぁ、仕方がないな。まあ、このままでは私も飢えて死んでしまうので、嫌々ながらも手伝ってやる」
渋々と頷き返してくれたアメリアは、客引きをするために喉の調子を整え始めた。
その最中、僕はちらりと傍らに目を向ける。
そこには終始黙り込んで俯いているプランがいて、彼女は財布をスられたとわかってからずっとこの調子なのだ。
こいつにも客引きを手伝ってもらいたいものだが、この様子ではしばらく無理だろうな。
ていうかなんでそんなに落ち込んでるんだよ。
と、一抹の不安を傍らに残しながらも、アメリアの一声によって出張版の治療院が開業された。
「一律500ガルズで治療を行なっております! 治療の手を必要としている方は、どうぞこちらにお並びください!」
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