第33話 「観光」
ポカポカの街に到着し、入口から街並みを一望する。
しばしその景色に見入って立ち尽くした後、同じく街を見ていたプランに声を掛けた。
「話に聞いてた通り、本当に他の街とは趣が違うな」
「そうみたいッスね。なんだか別の世界にでも来てしまったみたいッス」
全体的に赤い感じの風景。
赤色の三角屋根の建物に、円柱型の赤ランプが所々に吊るされている。
街の真ん中には温泉と思しき川が引かれ、その上には真っ赤な橋がアーチ状に掛かっている。
心なしか温泉の湯気で少し霧掛かっているようにも見え、街から漂う匂いも独特だ。
そんなポカポカの街をしばらく眺めた後、僕はアルバイトの二人に問いかけた。
「で、これからどうする? まずはぶらぶらと街を観光でもするか?」
僕としてはその方が嬉しい。
入口から見ただけでも素敵な街だとわかったし、是非自分の足であちこち歩き回ってみたいと思った。
どうやらその気持ちはプランも抱いていたようだ。
「そうッスね。その途中で宿も見つけて、そこで部屋を取りましょうッス」
「だな」
二人でそう言い合って、さっそくポカポカの街の観光をすることにした。
「よーし、じゃあさっそく出発だ。ほら行くぞアメリア」
「……う、うむ」
歩きだした時、なぜかアメリアが入口前で突っ立っていたので呼びかける。
すると彼女は僕とプランに遅れて、どこか迷いのある足取りでついて来た。
何かあったのだろうか?
まあそれはいいとして、温泉街の観光スタートである。
「いらっしゃい、いらっしゃい! どうぞ見ていってくださいな!」
街の中に入ると、さっそく客引きの声があちこちから聞こえてきた。
袖の大きな不思議な服を着ている街人たちが、各々通りがかる人たちに声を掛けている。
やはり観光名所なだけあって、他所から来た人たちが多いみたいだな。
その人波に揉まれながらも前に進んでいくと、一つの雑貨屋さんの前まで辿り着いた。
「おっ、そこのかっこいいお兄さんたち、今なら安くしておきますぜ」
背の低いおじさん店主から気持ちのいい客引きを受ける。
それに釣られて店の中に入ってみると、色々なものが店頭で売られていた。
お菓子、おもちゃ、キーホルダー、木刀。
その中からキーホルダーを手に取ったプランが、嬉しそうに僕に見せながら言った。
「あっ、これお土産にいいんじゃないッスか? みんなで買っていきましょうッス」
「いや、さすがに買うの早すぎだろ。今買うと絶対に荷物になる。こういうのは最後に帰りがけに買うもんなんだよ」
「あぁ、それもそうッスね」
プランはそっとキーホルダーを商品棚に戻す。
対して僕は雑貨屋さんの外に目を向けながら、そちらを指して言った。
「それよりも、美味そうなもんが結構あるみたいだし、食べ歩きしながら観光でもしようぜ」
「そうッスね。それに賛成ッス」
そして僕たちは雑貨屋さんを出て、一つの出店に立ち寄った。
見上げるとその出店の看板には、『ポカポカの街の名物”温泉卵”』と書かれていた。
「おじさん、温泉卵三つください」
「はいよ」
優しそうな顔のおじさんに注文を出すと、すぐに三つの温泉卵が出てきた。
小さな器に入っており、僕たちそれぞれ一つずつ受け取る。
これを一気に呷って一口で食べるのがおすすめらしい。
一つ20ガルズなので60ガルズを手渡した後、僕たちは各々おすすめされた食べ方で温泉卵を口にしてみた。
「ん~!」
ほんのりと温かい卵が口の中をいっぱいにする。
一口噛むと中からはさらに温かい黄身がとろりと流れてきて、口全体に風味が広がった。
ダシの味が染みているのもそうだが、何よりこの卵そのものがとてつもなく濃厚である。
口の中が卵でいっぱいになっているので、僕たちはしばらく喋ることができずにもぐもぐする。
やがてごくんと飲み込むと、僕は一杯の酒でも呷ったような感じで盛大な息を漏らした。
「ぷは~! うっま! なんだこれ!?」
「めちゃめちゃクリーミーで濃厚ッスね!」
同じく温泉卵の味に感動したプランが微笑みながら言う。
美味い。これほど美味な卵は今まで口にしたことがないぞ。
もしかしたらここが観光地として有名になっているのは、この温泉卵も関わっているのかもしれない。
そう思いながらふと足元のアメリアに目を移すと、彼女はいまだに小さな口をもぐもぐと動かしていた。
先刻からずっと気掛かりなことがあるようで、終始浮かない顔をしている彼女だが、僕は笑みを浮かべて尋ねてみた。
「どうだアメリア、美味いだろ?」
「……」
彼女はもぐもぐと口を動かしながら、無言でこくりと頷く。
美味いことには美味いようだが、しかしそれでも不安は解消されないらしい。
いまだに仏頂面を浮かべるアメリアに何か声を掛けようかと思ったのだが、それよりも早くプランが残念そうな声を上げた。
「あぁ~、でも、これは温泉に入った後に食べたかったッスね。その方が全身で温泉感を味わえたと思いますッス」
唐突に出されたその意見には、僕も同意だった。
これは温泉に入った後に食べる方が美味しく味わえることだろう。
だから僕は残念そうにするプランに、一つの提案を出した。
「なら、温泉に入った後も食べに来ればいいだろ。金ならいくらでもあるんだからさ」
「はっ! た、確かにその通りッスね! アタシらは今、大金を抱え込んでいるんでした」
目から鱗と言わんばかりにプランは目を見張る。
そう、僕たちは今大金を持っている。
卵の一つや二つ、多めに買ったところで痛くも痒くもないのだ。
というわけで僕たちは温泉に入った後も卵を食べることにした。
続いて色々な出店を回って食べ物を物色していく。
串焼き、干し肉、何かの皮で肉のタネを包んだ蒸し物。
それらを見つける度に、惜しげもなく財布から金を取り出し、パクパクと食べ続けていく。
やがてお腹も膨れてきたところで、ちょうど大きな温泉宿を見つけた。
「おっ、ここ良さそうじゃないか? ちょっと高そうな宿だけど、他と違って静かそうだし」
「そうッスね。中もとても綺麗そうなので、部屋の空きがあるか確認してみましょうッス」
僕たちはちょっと高級そうな宿に入り、受付で空き部屋の有無を確かめることにした。
するとどうやら一部屋だけ空きがあるらしく、即決でその部屋をとることにした。
とりあえず一泊分の料金を支払い、延長したくなったらその都度お願いすることにする。
それから僕たちは宿部屋まで案内され、そこに荷物を置いて温泉に行くことにした。
「じゃあ風呂から上がったら、一回この部屋に集合して、また観光の続きでもしようぜ」
「そうッスね。それじゃあ温泉に出発ッス!」
そうして僕たちは当然男湯と女湯に分かれ、宿の温泉に入ることにした。
でかでかと”男”と書かれたのれんをくぐり、脱衣所に到着する。
そこでパパッと服を脱ぎ、タオル一枚を持って中に入ると、さっそく濃厚な湯気が視界を覆い隠してきた。
「おぉ、なんかいい感じだな」
湯気の向こうに見えるのは、木造りの巨大な湯船。
周囲を取り囲んでいる竹壁も相まって、風情というやつが存分に出ていた。
僕はその景色を眺めながら中に進んでいき、洗い場でささっと頭と体を洗ってしまう。
それからすぐに湯船の前に足を進め、桶ですくった湯を軽く浴びてから温泉に入った。
「あぁ~……サイコ~……」
周りにほとんど人がいないので、僕は存分にため息を漏らして恍惚とする。
さすがにこの時間から温泉に入る人は少ないようで、しかもちょっと高めの宿屋なのでそれなりに敬遠されているらしい。
だから僕は両腕と両足を全開で伸ばし、温泉を全身で感じることにした。
体から疲れという疲れが滝のように流れ出ていく。
汚れていた体と心がゆっくりと洗われていく。
たまにはこんな贅沢もいい。
僕は勇者パーティーから追い出されて以降、平穏な暮らしがまったくできていなかったから。
いつも何かしらのトラブルが舞い込み、それに四苦八苦する日々を送っていた。
でも今回ばかりはそうはいかないぞ。
なぜならここは憩いの温泉街であり、僕たちは温泉旅行に来ただけなのだから。
僕は今一度そのことを認識するために肩まで湯に浸かり、深々としたため息を漏らした。
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