第32話 「旅路」

 

 温泉旅行に行くと決めた次の日。

 僕は村の中央広場まで行き、村の人たちに治療院を空けることを話すことにした。

 ついでに旅行用品を揃えるための買い物もしてしまう。


「おおっ、ノンさん。こんにちは」


「こんにちはレギルさん」


 広場まで行くと、最初に八百屋のレギルさんに声を掛けてもらった。

 プランとアメリアが同伴していないので少し不思議そうに首を傾げている。

 旅行用品の買い出しは代わりばんこに行こうとなったので、アルバイトたちは現在治療院にてお留守番中だ。

 と、そのことを説明する前にレギルさんは疑問符を消し、いつもの問いかけをしてくれた。


「広場までお買い物?」


「はい、そうですね。ちょっと旅行用品を買い揃えようかなと思いまして」


 という返答にまたもレギルさんの首が傾く。

 すると彼女はすぐに納得し、嬉しそうに笑った。


「へぇ、ノンさん旅行行くんだ? どこまで?」


「ポカポカの街っていう温泉街があるみたいなんで、長期休暇をとってそこに。それで治療院をしばらく空けることもお伝えしに来ました」


 短い掛け合いで事情の説明を終えると、レギルさんはこくこくと頷いて言った。


「うん、わかった。また治療院が空いちゃうのは寂しいけど、旅行だから仕方ないね。ゆっくり楽しんできてよ」


「はい。あっ、それで、コマちゃんにも同じことを伝えようと思ったんですけど……」


「あぁ、コマは今、畑の方に作業に行ってるから、戻ってきたら私から伝えておく。まあたぶんあの子、ノンさんたちが旅行に行くって聞いたら、『やだやだ』って言ってごねるだろうけど」


「あ、あはは……」


 なんてことを言い合って、まずは一人目のレギルさんに長期休暇の件を話した。

 あとは治療院によく足を運んでくれる畑のおじさんや、ユウちゃん家の人たちとノホホおばさんに伝えておけば充分だろう。

 小さい村ゆえに、話はすぐに広まるからな。

 そう思って次はユウちゃん家を訪ねようと歩きだした時……


「あっ、あとそれから……」


「……?」


 不意にレギルさんに呼び止められた。

 首を巡らせて振り返ると、彼女は冗談半分な様子でこう言った。


「旅先では色々とトラブルが付き物って言うから、ノンさんも気を付けなよ。ただでさえ忙しい人なんだからさ」


「は、はい、気を付けます」


 行きつけの八百屋の店主に忠告を受け、僕はそれを肝に銘じておく。

 まあ、今回はただの旅行なので、そうそうトラブルに巻き込まれることはないと思うが。

 でも、万が一ってこともあるし、気を付けることにしよう。

 それから旅行用品の買い物と治療院休業の伝達を終え、僕は自宅に帰還した。

 プランとアメリアも旅行用品の買い出しを終えて、僕たちは旅行の準備を手早く済ませたのだった。




 そして翌日。


「それじゃあ、準備はいいか二人とも?」


「はいッス」


「うむ」


 各々旅行用のカバンを持ち、準備完了。

 僕たちは日頃の疲れを癒すために、温泉旅行へと出発した。


「行ってきま~す」


 村の人たちと治療院に対して手を振り、まずはガヤヤの町行きの馬車で旅路を行く。

 これだけで一日近く消費してしまうが、憩いの地への道のりと考えると苦には感じなかった。

 僕たちは終始わくわくした気持ちで馬車に揺られる。

 やがてガヤヤの町に到着すると、プランの言っていた通りそこで快速馬車とやらに乗り換えることになった。


「おぉ、これが快速馬車か」


 僕は馬車乗り場で感心した声を漏らす。

 快速馬車として紹介されている馬は、全身が燃えるような赤色に染められていた。

 元々こういう毛色なのだろうか?


「これは通称『赤馬』とも呼ばれていまして、馬の中では二番目に足が速いとして有名なんスよ」


「へぇ……」


 不思議そうに馬を眺めていると、傍らからプランが補足をしてくれた。

 次いで彼女は馬車乗り場にいる馬たちを見渡しながら続ける。


「他にも『青馬』や『黄馬』など普通の馬とは違った色をしている馬たちがいて、それぞれ足の速さや大人しさが違うんス。中でも一番足が速いと言われているのは『金馬』で、おそらく荷台を繋げて全力で飛ばせば、ノホホ村とガヤヤの町の間をたった一時間で走り切ることができると思いますッスよ」


「ほぉ、結構速いのな」


 馬なんて滅多に乗らないから全然知らなかった。

 プランは盗賊団にいた頃に馬車を使っていたようなので、そこら辺については少々詳しいのだろう。

 そんな彼女が説明してくれたおかげで馬について理解できたのだが、プランは話し足りないと言わんばかりに得意げに続けた。


「ただ、足が速い馬ほど暴れん坊さんなので、手綱を握るのはかなり困難と言われてますッス。だから足の速さと暴れ具合がちょうどいい赤馬さんたちが快速馬車として流通してるんスよ」


「なるほどなるほど。とりあえず早く乗ろうぜ」


「あっ、はい」


 ばっさりと言うと、プランは冷静になって最初に馬車に乗り込んだ。

 次いで僕とアメリア、他のお客さんたちも赤馬の馬車に乗り、発進する。

 がらがらと車輪が動いたかと思うと、すぐに窓の隙間から鋭い風が吹き、僕たちの頬を激しく撫でた。


「うおぉ、確かにこいつは速いな。これならすぐに目的地に到着するんじゃないのか?」


「二、三時間ほどって聞いてますッスよ。その間はこの赤馬さんの風を浴びてアトラクション気分を味わいましょうッス。あっ、ところで、アタシおやつ持ってきたんスけど、二人とも食べますッスか?」


「おぉ、準備いいな」


 プランがカバンの中からお菓子セットを取り出し、僕はそれを摘まんでいく。

 同じくプランも持参してきたお菓子をもぐもぐ食べて、ちょっとしたピクニック気分を味わっていた。

 そんな僕たちの楽しむ姿を見て、不意にアメリアが言う。


「……さすがにはしゃぎ過ぎではないのか? いい歳した大人なのに」


「な~に言ってんだよアメリア。これは旅行なんだから、いくらはしゃいだって問題はないんだぞ。ていうかいい歳した大人ってどの口が言ってんだよ」


「そうッスよ。それに後輩君だって昨日、めちゃめちゃわくわくしながら旅支度をしてたじゃないッスか。どの服を着て行こうかなとか……」


「そ、それとこれとは話が違うのだ!」


 唐突に恥ずかしい事実を暴露されて、アメリアはぼっと顔を赤くする。

 そんな彼女に向けて、僕は落ち着いた声音で語りかけた。


「まあまあそんなに気張らずにさ、もっと気楽に構えようぜ。旅行はまだ始まったばっかりなんだし、それに村の人たちも長期休暇を快く許してくれたんだからさ。ずっと気を張ったままじゃ、せっかくの休みが台無しになっちゃうぞ」


「そうッスそうッス。後輩君は少し体を休めることに慣れた方がいいッスよ。休暇を取るのは何も悪いことじゃないんスから」


「二人ともその饅頭みたいなほくほく顔はやめろ! こっちまで気が抜けてしまうだろ! うぅ~ん……否応なくこみ上げてくるこの不安はいったい何なのだろう?」


 僕たちの笑顔を見たアメリアは、依然として浮かない顔を続けていた。

 何がそんなに不安なのだろうか?

 確かに僕たちは所々で色々なトラブルに巻き込まれてきた人間だけど、さすがに今回はただの温泉旅行なのでトラブルの起きようがないだろう。

 何よりそんなことばかり気にしてせっかく旅行を純粋に楽しめなければそれこそ大問題だ。

 だから僕は旅先に向かう間、不安な気持ちを抱えるアメリアに落ち着くように声を掛け続けた。

 それから赤馬の馬車に揺られることしばらく……


 僕たちは無事に目的地であるポカポカの街へと辿り着いたのだった。

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