第31話 「旅行」
「……旅行?」
プランからの突然の提案に疑問符を浮かべる。
ついでにパチリと目が覚めてしまったので、体を起こしながら疑問の視線を向けた。
すると奴は変わらず興奮気味に頷いてきた。
「はいッス! 旅行ッス! 旅に行こうってことッスよ!」
「……いや、意味はわかってんだけどさ、なんで急に旅行なんだよ? お前って旅とか好きだったっけ?」
「あっ、いえ、そういうことじゃなくてッスね。せっかく大金も手に入って、使い道について悩んでいる時なので、村の人たちに聞いて回って、旅行に行ったらいいんじゃないかって意見をいただいたんスよ」
これには思わず眉を寄せてしまう。
確かに僕たちは大金の使い道について悩んでいた。
ちょっと豪華な食事でも行くかとか、思い切って治療院を三階建てにするかとか。
しかし結局使い道を決められずに一週間が経ってしまったのだ。
その使い道を村の人たちに聞いて回っただと?
「えっ、なに? もしかしてお前、お姫様の依頼のこととか全部話しちゃったのか?」
「あっ、いえいえ。それは言ってないッスよ。村で騒ぎになったら大変ッスから。アタシはただ、『もし大金が手に入ったら、何に使うのが正解だと思いますッスか?』って聞いただけッス」
それってもはや大金が手に入ったと自白しているのと同じなのでは?
お姫様の依頼について触れてはいないものの、別の意味で騒ぎになりそうだ。
というツッコミは控えておき、続く彼女の言葉に耳を傾けることにする。
「で、お買い物ついでにそんなアンケートを実施して、一番多かった答えが『旅行』だったんスよ。旅行なら食事とかと違って長時間楽しむことができますし、何より思い出が記憶に残りますッスから。何か贅沢するならそれが一番かなって」
「ふぅ~ん、だから唐突に旅行に行こうとか提案してきたのか」
僕は納得したようにこくこくと頷いた。
まあ使い道については本当に考えがなかったからな。
結局このまま全額を貯金に回すことになりそうだったから、そういう意見を出してくれるのは大変ありがたい。
せっかくの大金なんだし、貯金なんてつまらないことはせずに楽しいことに使いたいしな。
「で、その旅行に行くとしても、行き先の当てとかあるのか?」
「もちろんッスよノンさん! それもちゃんと調査済みッス! というか、いい行き先があるからこうして提案してるんスよ!」
プランは依然として興奮状態でうきうきしていた。
何がそこまで嬉しいのだろうか? と疑問に思っていると、彼女はその理由と共に”いい行き先”とやらについて発表してきた。
「『温泉』なんてどうスか?」
「お、温泉?」
「どうやら大陸の南に行った辺りに、ポカポカの街という温泉街があるみたいッス。そこはご飯も美味しいらしくて、他とは一風変わった街並みから有名な観光地としても知られているようッスよ。ガヤヤの町から出ている快速馬車に乗れば割とすぐ着くそうなので、そこに行って美味しいものでも食べて、温泉で体を癒して、まったりゆっくりしましょうッス」
「……」
意気揚々と旅行の計画を聞かされて、思わず僕は放心する。
まさかプランからこんな案が出るとは思わなかった。
一風変わった街並みを眺めつつ、美味しいものに舌鼓を打ち、温泉で体をほぐしてまったりゆっくりする。
確かに興奮せざるを得ない魅惑的な提案だ。
お姫様の依頼など色々と激務をこなしてきた僕としては、極上の誘惑と言っても過言ではない。
旅先でまったりゆっくりすることを想像し、つい頬を緩ませながら、僕はプランに返した。
「……あぁ、悪くないかもしれないな」
「ですよね! そうッスよね!」
「村の人たちもちょうど長期休暇を勧めてくれてるし、それに今までそういう贅沢とかしてこなかったからな。プランたちにもまとまった休みをあげたこともないし、この際旅行に行ってパッと羽を伸ばすか」
前向きな返答をすると、プランは”いえーい”と喜びを露わにした。
まとまった休みをもらえるというのもそうだが、単純に旅行が楽しみでもあるのだろう。
そんな彼女の喜ぶ様を見て、僕も内心でテンションを上昇させた。
……一方で、一人だけ旅行の提案に納得できず、思わず声を上げてしまう者がいた。
「ちょ、ちょっと待て! 治療院はどうするつもりだ?」
「ちゃんと村の人たちに治療院を空けることを事前に言っておくよ。今回は仕事じゃなくて長期休暇を取るって理由も添えてな。それならたぶん大丈夫だろ」
「だ、大丈夫だろって……」
アメリアは表情を強張らせて固まってしまった。
旅行に行って治療院を長期間留守にしてしまうことを懸念しているのだろう。
そういえばさっきも僕に『怠けすぎだ』とか言ってたし、なんだかんだでいい加減なことが嫌いなのかもしれない。
と、そんなアメリアの姿を見たプランが、首を傾げて問いかけた。
「んっ? 後輩君は行きたくないんスか? 美容にいい温泉もあるって言ってましたッスよ。そういうの好きそうじゃないッスか?」
「あっ、いや、もちろんそれは気になるものではあるのだが、大金が手に入ったからといってすぐに仕事をサボるのは……」
そう言いかけたアメリアを見て、僕はニヤリとほくそ笑む。
こいつたぶん、あれだけ僕に怠けるなとか言っておいて、今さら旅行の計画にはしゃぐことができずにいるのだろう。
本当はめっちゃ行きたいくせに。
そうとわかった僕は、一層笑みを深めつつアメリアをからかってみた。
「あっ、そういえばアメリアは、気を抜くとすぐに天罰が下るから、旅行には行けないんだっけ?」
「えっ、そうなんスか?」
「……」
アメリアは冷や汗を滲ませてこちらを見る。
対して僕は先ほどの仕返しと言わんばかりに言葉を続けた。
「いやぁ、残念だなぁ。みんなで行けばもっと楽しかっただろうに、僕たち二人だけになっちゃうなんてなぁ」
「あぁ、それは確かに残念ッスね。まあでも、お留守番してもらえるならいいんじゃないッスか? それなら治療院を空けることもなくなりますし、ユウちゃんやコマちゃんの遊び相手もできますッスから。何よりアタシはノンさんと二人っきりで旅行ッス!」
「……」
妙にうきうきするプランを見て、アメリアはさらに深刻そうな汗を流した。
そして彼女はふっと顔を伏せてしまう。
じっと床に目を落とし、ぷるぷると体を震えさせて、やがてバッと泣きっ面を上げた。
「……わ……私も行くっ!」
「最初からそう言えばいいのに」
アメリアの素直な気持ちを聞き出し、僕は呆れたように笑った。
これでみんなで旅行に行くことができる。
村の人たちには悪いけど、今回は長期休暇をとらせてもらおう。
治療院を開いてからまとまった休みをとったことがないし、これくらいならみんな許してくれるはずだ。
こうして僕たちは日々の疲れを癒すために、温泉旅行に行くことになった。
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