第2部 第2章

第30話 「使い道」

 

 お姫様の一件が済んでから一週間ほど経った日。

 晴れ渡る空の下、今日も僕はのんびりと治療院を営業していた。

 時刻はお昼頃。心地よいそよ風に誘われて、窓際の席に腰掛けている。

 そして机に”ぐで~ん”と両腕を伸ばしながらもたれかかり、ぽかぽかの日差しを仰いで日向ぼっこをしていた。


「はぁ~、今日もいい天気だなぁ~」


 開け放った窓からそよ風が入り込み、前髪がゆらゆらと揺れる。

 穏やかな気持ちでそれを眺めながら、僕はしばしうとうとしてしまった。

 こんな体勢でいるせいか、自然と眠くなってきてしまう。

 次第に瞼も重くなってきて、思わず欠伸まで漏れてしまった。

 もうこのまま寝ちゃおうかなぁ。


「……さすがに怠けすぎではないか?」


 急激な眠気に身を任せ、夢の中に沈もうとした時、後ろから少女の声が聞こえた。

 僕は僅かに瞼を開け、ちらりと後方を一瞥する。

 そこにはなんだか呆れた様子でこちらを見るアメリアがいた。

 まるでダメ人間を見るような眼をしている。

 かれこれ一週間ほどこの状態が続いているからだろうか。

 僕は眠気を僅かに払い、むにゃむにゃしながら彼女に返した。


「何言ってんだよアメリア。僕たちは今、”大金”を抱えている状態なんだぞ。これが怠けずにいられるか」


「いや、そこは普通気を引き締めるところではないのか?」


 ジトッとした目で見られながら注意を受けてしまう。

 普通は気を引き締めるところなのか。

 言われてみればまあ、大金を抱えたら警戒心を高めるのが当然なのかもしれない。

 使い過ぎないように注意したり、強盗に奪われないようにしたり。

 でも僕としては、もう少し懐に余裕がある感じを味わいたいと思っているのだ。

 だって2000万ガルズだもん。気が抜けるのも致し方あるまい。


「金の余裕は心の余裕だぞ。お前も変に気を張らずに怠けちゃってもいいんじゃないか」


「まるっきりダメ人間の思考だな」


 アメリアは依然として呆れた顔で僕を見る。

 次いで彼女は扉の方を気にしながら僕に言った。


「そんな姿を客に見られでもしたらどうするつもりだ? いい加減な治療院だと思われてしまい、客足が遠のいてしまうぞ」


 そのことを気にして僕に注意を促してきたわけか。

 納得した僕は、それでも怠けた姿勢を貫きながら平然と返した。


「だいじょぶだいじょぶ。村の人たちはもう僕のことをわかってくれてるし、何よりそろそろ『長期の休暇でも取ってはどうですか?』って言われてるくらいなんだからさ。ちょっとくらいぐだってもへーきへーき」


「目に見えて性根が腐り始めてきたな」


 いよいよアメリアの目も閉じかける寸前まで細められてしまう。

 そのまま彼女は僕に呆れ果てたのか、ソファに腰掛けて本を読み始めてしまった。

 どうやら僕の説得は諦めたらしい。

 まあ、こんなぐ~たら状態が一週間も続き、本人もそれをダメだと自覚していないのだから注意のしようがない。

 もし僕がアメリアの立場でも早々に諦めているだろうな。

 だからといって僕は反省することなく、日向ぼっこの続きをすることにした。

 ぽかぽかと温かい日差しに照らされる中、僕はうとうとしながら何気なくアメリアに問いかけた。


「ところでプランは~?」


「さっき買い物に行くと言っていたではないか。そんなことも忘れるほど怠けているのかお前は」


「さ~せんした~」


 再び治療院に静寂が訪れる。

 別にこの静けさは嫌ではなく、むしろ心地いいとすら感じるのだが、僕はまたしても何となしにアメリアに声を掛けた。


「アメリアお茶淹れて~」


「自分で淹れろバカ者」


「えぇ~」


 あっけなく拒否されてしまう。

 まあ想定通りなので別に構わないけれど、僕は退屈を紛らわすようにさらに声を続けた。


「アメリア肩揉んで~」


「自分で揉めバカ者」


「えぇ~」


 再びの拒絶。

 それでも僕は懲りずに間延びした声を上げた。


「アメリアお菓子買ってきて~」


「いい加減にせんかお前は! どれだけ怠ければ気が済むのだ!」


 バンッ! と勢いよく本を閉じたアメリアが、席を立って怒りを露わにする。

 そして僕の胸ぐらに掴みかかる勢いで、間近まで顔を近づけて怒声を上げた。


「いくら大金が入ってきたところで怠けてもいい理由にはならん! いい加減に普段通りに戻れノン! 気を抜いているとすぐに天罰が下るぞ!」


「ははっ、魔族のサキュバスが天罰とか何言ってんだよ。魔族に落ちることはあっても僕には落ちませ~ん」


「ぐぬっ……」


 このガキ……と言わんばかりにアメリアは歯を食いしばる。

 対して僕はへらへらしながら彼女に尋ねた。


「変なところで真面目だなお前。別に客足が遠のいたところで困るのは僕の方なんだし、お前がそこまで気にする必要ないんじゃないのか?」


「客足が遠のいて食い扶持がなくなったら私の方だって困るのだ。サキュバスの元女王とはいえ、今はただの女児でここでアルバイトをしている身なのでな。だから治療院を取り仕切るお前には是非ともしっかりしてもらいたいのだ」


 今一度それを聞き、アメリアが再三注意を促してくる理由を理解した。

 意外と心配性なんだな。

 客足が遠のいてしまうのは確かに恐ろしいことだが、最近は訪問者も少ないのでその心配はほとんどないというのに。

 それに懐には2000万ガルズもの大金があるんだぞ。

 こんな状態でしっかりするという方がおかしな話だ。

 だから僕は、さらにだらしなく机に体を預けながらアメリアに返した。


「はいは~い、努力しま~す」


「……はぁ。これが本当に勇者パーティーで回復役をやっていた高速の癒し手なのか? ただの腹立たしいダメ人間ではないか」


「僕は元々こういう奴で~す」


 自分で言って改めて自覚する。

 僕は元々こういう素質を備えていた人間なのだ。

 怠けていいなら存分に怠けるし、働かなくてもいいなら仕事だって放棄してしまう。

 そもそも田舎村で治療院を開こうと思ったのは、静かにのんびり暮らしたいと思ったからだ。

 まさにそれが今、実現されている。

 大金が入ってきたおかげで面倒な依頼はすべて断れるし、無駄に頑張る必要もない。

 これが怠けずにいられるかってんだ。

 僕はだら~んと力を抜き、机に突っ伏して盛大な欠伸を漏らした。

 あぁ、本格的に眠くなってきたぁ。まだ営業時間中だけど、このまま本当に寝ちゃおうかなぁ。


 なんて思っていた時だった――


「ノンさんノンさん! みんなでに行きませんッスか!?」


 突然扉を開けて帰ってきたプランが、興奮気味にそんなことを言ってきた。

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