第25話 「本来の姿」

 

 ペトリーファが近づきながら加齢魔法を使うと、やや遅れてプランたちがそれに気が付いた。

 しかしすでに避けられるような距離ではない。

 事実ペトリーファのかざした杖からは、すでに得体の知れない”光球”が放たれていた。


「避けろっ!」


 僕のその声も虚しく、プランに光球が直撃してしまう。

 おそらく加齢魔法の光と思われるそれを受けて、彼女の体は眩い光に覆われてしまった。

 このままじゃ、プランがお婆さんに……


 …………と、思いきや。


「ほっ!」


 なんとプランは、まさに紙一重のタイミングで加齢魔法の光を避けてみせた。

 しかも側転をしながら避けるという、余計な余裕まで見せている。

 元盗賊ゆえに危機回避能力が養われているのだろうか。

 器用さと同じくらい敏捷性も高いみたいだ。

 いや、それはいいとして、行き場を失った光球は、勢いを緩めることなくプランの横を通り過ぎた。

 そしてなんと、プランとじゃれ合っていたに、運悪く直撃してしまった。

 

「あっ……」


 幼児化しているゆえに、身体能力が著しく低下しているのだろう。

 彼女はプランのように加齢魔法を避けることができなかった。


「アメリアッ!」


 僕は光に包まれるアメリアを見て叫びを上げる。

 同様に違う相手に魔法を当てたペトリーファも、思わずその場で立ち尽くしていた。

 今のは明らかに奴のミスだ。

 プランの回避能力を計算に入れることができず、違う相手に加齢魔法を当ててしまった。

 このままじゃプランではなく、アメリアに年齢が加算されてしまう。

 あの幼き少女のアメリアに、無慈悲にも数十年分の年齢が上乗せされて……

 …………んっ? アメリアに加齢魔法?


「あらっ、違う相手に当ててしまったわねっ。まあ少し狙いとは違ったけれど、結果的に私はさらに若返って魅力を上昇させることができるわっ。これであの白髪の子をお婆さんにすることなく、あなたを完璧に石化することができ……」


 と、余裕の笑みを浮かべながらこちらを振り向くペトリーファ。

 奴は僕に対して堂々と勝利宣言をするつもりだったのだろうが、僕の視線はすでにペトリーファには向いていなかった。

 その先で加齢魔法の光に覆われているアメリアに、僕は目を奪われている。

 ペトリーファの年齢が下がり、代わりにアメリアの年齢が上がる。

 ということは、毒草のせいで幼児化していたサキュバスの元女王が、本来の年齢に戻るってことでいいのか?

 確か以前に色々と薬を試してみて、結局元の体に戻ることができなかったと言っていた。

 しかし段々と身長が伸びていることから、順当に成長すれば本来の年齢に戻ることができるという結論が出ている。

 ならば加齢魔法でも本来の姿に戻れる可能性があるんじゃないのか?


「お、おぉ……」


 光に包まれたアメリアは、目を見開きながら自分の体を見下ろしている。

 同様に僕たちも放心した状態で、アメリアの経過を見守った。

 光に包まれているシルエットが、次第に大きくなっていく。

 身長だけではなく体つきも大人らしくなり、段々と出るところが出っ張ってきた。

 おまけに頭部からは二本の角と、腰の裏からは悪魔のような長い尻尾がゆらゆらと伸びてきた。


「アメ……リア……?」


 僕は思わず枯れた声でアメリアに呼びかける。

 やがて彼女を覆っていた加齢魔法の光が収束し、完全に収まった。

 するとそこに立っていたのは、まるで僕たちが知らない、色気に包まれた美女だった。

 顔立ちはアメリアの面影を残しつつ、妖艶な大人らしさが漂っている。

 髪もパープルのショートカットだったのが、流れるようなセミロングまで伸びていた。

 装いに関しては、丈の長いワンピースを着ていたはずが、体の成長に伴ってミニスカートっぽくなってしまっている。

 ウエストは特に問題なさそうだが、胸元は明らかに大きさが違うので前側が思い切り破けていた。

 極めつけはスカートの下から覗く、すらっと伸びる真っ白な足。

 ていうかなんかもう、色々と目も当てられないくらい大胆な格好になってるぞ。

 そんな大人アメリアの姿を見たみんなは、揃って驚愕の声を漏らした。


「だ、だだ、誰ッスかこの美女……」


「と、とんでもない美しさですわ……」


 自身を大陸一の美女だと言い張っていたお姫様も、このアメリアを前にして素直な感想を零している。

 同様に僕も目の前の現実に理解が追いつかず、思わずアメリアに問いかけてしまった。


「ア、アメリア……なのか?」


 声を震わせながらそう問うと、アメリアは落としていた視線をゆっくりと持ち上げた。

 体の変化に若干戸惑っているようだが、彼女はすぐに現状を呑み込んで顔を落ち着かせる。

 そして心から嬉しそうな笑みを浮かべて、僕に頷きを返してきた。


「あぁ、そうだぞノン。これが私の本来の姿だ。まさかこんな形で元の姿を取り戻せるとは夢にも思わなかったぞ。今まで魅力の欠片もない姿を晒してきてすまなかったな」


「……」


 すっかり幼さの抜けた透き通るような声。

 綺麗なその声に耳を打たれながら、妖艶な彼女にふっと笑いかけられた。

 不覚にも僕は、その笑みを真っ向から受けて、胸がトクンッと弾むのを自覚した。

 と、その瞬間――

 バンッ!!! と弾けるようにして

 

「「えっ……」」

 

 まさかの事態に僕のみならず、ペトリーファも目を丸くする。

 石化が完全に解けている。

 感覚もちゃんと元に戻り、石の重さからすっかり解放された。

 なんで突然こんなことに……?

 もしかして、大人アメリアの姿を見たおかげで、石化が解けたのだろうか?

 

 確かペトリーファは、自分から気が逸れたら石化の効力が弱まると言っていた。 

 そのために大陸一の美女と謳われているお姫様を婆さんにして、自分に視線を集中させようとしたのだ。

 ということはつまり、僕は今、大人アメリアの妖艶な姿を見て、魅了されてしまっているということなのか?

 そうとしか考えられない。

 僕は大人アメリアに見惚れるあまり、ペトリーファのことを眼中から完全に外してしまったのだ。


「あ、あれっ? これはちょっと、ペトリーファちゃん予想外かもしれないっ。なんでこんな超絶美女がここにいるのかしらっ?」


 大人アメリアを前にした奴は、見るからに焦りを覚えていた。

 声は怯えるように震え、額には玉のような冷や汗を滲ませている。

 そんな奴が首を傾げる中、疑問の視線を受けたアメリアは仕方ないといった様子で口を開いた。


「もうこの姿を晒してしまったからには隠すつもりはない。私は元々サキュバスの女王で、西のメロメロ大陸を治めていたのだ。名前をアメリアという」


 その答えに、ペトリーファだけではなくお姫様も驚愕を露わにした。

 言っちゃってよかったのだろうか?

 まあ、すでに普通の人間にはとても見えないので、どう誤魔化しても誤魔化しきれなかっただろうからな。


「ア、アメリア……ですって? あなたがあの、サキュバスの女王……魔王軍の西の四天王のアメリアだっていうのっ? どうしてそんな魔族がここにいるのよっ? サキュバスたちは全滅したって聞いていたのにっ……」


 ペトリーファは信じられないと言いたげにかぶりを振る。

 どうやらアメリアのことを存じていたようだ。

 というかサキュバスの女王で魔王軍の四天王もやっていたなら、魔族の間では当然有名か。

 しかしボウボウ大陸でのあの事件までは知らないみたいだな。

 アメリアが毒草の影響を受けて幼児化してしまったあの事件を。

 

 まあもしその事件を知っていたら、若返りをしたいと望むペトリーファのことだから、あの幼児化してしまう毒草に手を出していたに違いない。

 ていうかその場合はどう変化するのだろう? そもそも今は巨人族たちの住処になっているので、毒草が現存しているかも怪しいぞ。

 なんて益体もないことを考えていると、アメリアは肩をすくめながらペトリーファに返した。


「訳あって今はあのような幼い姿になっているが、サキュバスは皆生きているぞ。もちろんこのように私もな」


「う、嘘よ嘘よ嘘よっ! サキュバスが生きているなんて聞いてないっ! これからは私が天下を取れると思っていたのにっ! それになんで女王のあなたがここにいるのよっ! なんでこんな人間たちなんかと……」


 僕たちに視線をやりながら眉を寄せると、それに対してもアメリアは肩をすくめて答えた。


「それも訳あってだ。私は今、あのような幼い姿になりながら、そこにいる男の元で働かせてもらっている」


「は、働いている、ですって……?」


 ペトリーファは口許から零すように声を漏らした。

 まあ、簡単に信じられないのも無理はないな。

 僕だって最初は驚いたものだ。

 まさかサキュバスの女王が依頼を持ってきて、結果的にアルバイトとして雇うことになったのだから。

 するとペトリーファは、しばし固まったまま動かなかったが、やがて乾いた笑い声を漏らして自嘲的に言った。


「ふ、ふふっ、まるで信じられない話だわっ。あのサキュバスたちが生きていて、そのうえ女王のアメリアがこんな場所に来るなんてっ。おまけに自分の手で最大の天敵を蘇らせてしまったみたいだしっ」


「どうやらそのようだな。体の調子からして、歳の頃はおそらく二十代くらいといったところだろうか。ほぼ全盛期の力が戻っている。こちらとしても大変不本意だが、敵から塩を送られる形で復活を遂げてしまったみたいだ」


 アメリアは今一度自分の体に目を落とし、調子を確かめた。

 その綺麗な体を同じようにして見ていたペトリーファは、やがて何かに気付いたようにはっとする。

 見開いた目でアメリアのことを凝視しながら、明らかな作り笑いを浮かべて彼女に言った。


「そ、それなら、いっそのこと私と手を組まないっ?」


「えっ?」

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