第26話 「四天王の実力」
突然の問いかけにアメリアは目を丸くする。
手を組まないかと誘われて、堪らず困惑している様子だ。
そんな彼女に追い打ちを掛けるように、ペトリーファは続けた。
「あなたって、今まで魔王軍の四天王として世界征服のための一翼を担っていたのでしょう?」
「……た、確かにその通りだが」
「それならもう前の魔王はいないわけだし、あなた自身が魔王になって世界征服を牽引してもいいわけよねっ? こうして全盛期の力も戻ったわけだしっ。だったら私と手を組んで、二人で最強の魔王を目指してみないっ?」
「……?」
今一度誘いを受けても、アメリアは依然として首を捻っていた。
どうして全盛期の力が戻ったからってメドゥーサと手を組まなければならないのか?
そう言いたげなアメリアに対して、ペトリーファは説明を重ねた。
「私たち二人が手を組めば、さらに色んな人たちを魅了することができると思うわっ! アイドルユニットって知ってるっ? 魅力的な二人が手を取り合うことで、相乗的に二人の魅力度が増すのよっ! それで色んな人たちを魅了すれば、歴代最強の魔王だって夢じゃないわっ!」
「……」
以上の説明を傍らで聞き、僕は密かに得心した。
狙いはそんなところにあったのか。
サキュバスとメドゥーサによる相乗効果。
確かにそれなら一層華やかになるし、魅力度は格段に増すと思う。
その状態で魅了魔法やら石化魔法を使ったとすれば、誰もが彼女たちの虜になってしまうことだろう。
そこまでを計算しての問いかけを受け、アメリアはしばし考え込むように眉を寄せた。
そういえば元々アメリアは、人のいる大陸を支配して領地を広げようとしていた王道的な魔族だったな。
ていうか四天王の中で一番魔族っぽかった気がする。
一人は茶飲み友達がほしいだけのただの爺さんだったし、一人は普通に友達がほしいだけの女の子だったし、さらに一人は遊び場がほしいだけの巨人娘だったし。
そんな中で唯一人類の支配を熱望していたアメリアは、もしかしたらこの誘いに乗ってしまうかもしれない。
という僕の懸念は、彼女に対しての侮辱に他ならなかった。
「確かに魅力的な提案だな。私とお前が力を合わせれば、次世代の魔王はおろか歴代でも最強の魔王になれる可能性がある」
「ホ、ホントっ!? それなら私と一緒に……」
「しかし悪いが断らせてもらう」
「えっ……」
ばっさりと誘いを断られたペトリーファは、枯れたような声を漏らす。
そんな彼女に畳み掛けるようにアメリアは続けた。
「確かに私はサキュバスだ。元々は人類を根絶やしにし、魔の地を広げようと企んでいた立派な魔族だ。しかしな、今はそんな気はまったくないのだ」
「ど、どうしてっ!? あなたほどの上級魔族が、なんでそんなに丸くなっているのよっ!?」
「あの男が開いている治療院で仕事をしているうちに、気持ちが変わってきたのだ。この世界では魔族こそが頂点であり、人類は魔族に対して大陸を明け渡すべきだと当然のように考えていた。しかしそれは違った。治療院で接客を担当し、人と触れ合うことで、『こいつらもまあ悪くはないかな』と思い始めるようになったのだ」
ということを聞き、ペトリーファは呆気にとられた様子で固まってしまう。
同じくそれを耳にした僕は、密かに驚きを感じていた。
あいつ、そんなこと思っていたのか。
いつも無難に接客をこなし、仕事に対しては何も感じていないと思っていた。
接客の担当に任命したのだって、ただ愛想と要領がいいと思っただけだし。
でも実際は、人と触れ合うことで魔族らしかった思考を徐々に変えていき、今では『悪くない』と言えるくらい対等な存在として認識してくれているようだ。
あいつを接客に任命してよかった。と今さらながらのことを思っていると、固まっていたペトリーファが信じられないと言いたげに叫んだ。
「な、何をバカなことを言っているのっ! あなたそれでも魔族なのっ!? なんで人間と仲良しごっこしてるのよっ! そんなんだから魔王軍はあっけなく勇者たちに敗北したんじゃないっ!」
「ふんっ、好きなだけ吠えるがいい。お前が何と言おうと、私はもう人と争わないと心に決めたのだ」
「ぐ、ぬぬっ……」
頑ななアメリアを見て、ペトリーファは歯を食いしばる。
そして奴は突然赤い瞳を大きく見開き、怒りのままにアメリアを攻撃した。
「こうなったら力尽くで言うことを聞かせるわっ! スターク!」
ピカッと赤色の光が目元で瞬く。
その視線を受けたアメリアは、特に焦る素振りもなく平然とした様子で佇んでいた。
事実、彼女の体にはなんの変化も訪れなかった。
今ペトリーファが使ったのは、間違いなく僕に対しても使用した石化魔法だ。
しかしそれがまったく効いていない。
僕の時みたいに右手や左足が灰色に乾いていく様子が一切見受けられないのだ。
まあそれも当然であろう。
自分より魅力のない者に魅了されることなど絶対にあり得ないからだ。
しかしペトリーファはそれでも懲りずに石化魔法を使い続けた。
「くっ、スタークっ! スタークっ! なんで全然効かないのよっ! さっさと石になって、私の前に跪きなさいっ!」
「……」
そんな無駄な努力をするペトリーファを見て、アメリアは呆れたように目を細めた。
そして彼女はおもむろに敵の方に歩み寄っていく。
威圧感を放ちながらゆっくりと近づいていき、懸命に石化魔法を使い続けるペトリーファに諭すように声を掛けた。
「お前ももうわかっているのだろう。自分の方が明らかに魅力で劣っていると。メドゥーサがサキュバスに勝てるはずがないと」
「そ、そんなこと全然思ってないわっ! 私はこの世で一番可愛くて美しいペトリーファちゃんなのよっ! いずれは魔王の座をゲットして、あなたみたいなサキュバスだって魅了して……」
と言いかけたところで、アメリアがすぐ目の前で立ち止まった。
次いで彼女は細くて長い指を伸ばし、ペトリーファの顎にそっと当てる。
そのままくいっとメドゥーサの顔を持ち上げると、目元を覗き込むようにして囁いた。
「無理をするなペトリーファ。メドゥーサの魅力では、サキュバスの魅力に敵うはずもない。逆に魅了されてしまうのが目に見えているぞ。事実、染められたその頬が何よりも物語っている」
「う、嘘に決まってるわっ。誰があなたなんかに……」
僕たちから見ても明らかに頬を赤らめているペトリーファ。
そんな彼女の強がる様子を見て、アメリアは不意に微笑んだ。
「では、試してみるか?」
「えっ?」
「チャーミングチャーム!」
アメリアの目が一瞬だけピンク色に瞬いたかと思うと、眼前にいるペトリーファが力ない様子で固まってしまった。
依然として頬は染められたまま、目の前のアメリアを見つめてぼぉーっとしている。
心なしか目も虚ろになっているペトリーファに対して、アメリアは誘惑するように再び囁いた。
「さあ、素直になれペトリーファ。お前は私のこの姿を見て、不覚にも魅了されてしまったのだろう? 自分よりも可愛くて美しく、絶対に敵うはずがないと見た瞬間に思ってしまったのだろう?」
「……は、はいぃ」
まるで人が変わってしまったかのように、ペトリーファは崩れた笑みを浮かべる。
天敵を前にして全身の力を完全に抜き、無防備な状態で問いかけに返答していた。
そんな彼女に追い打ちを掛けるように、アメリアはさらに美顔を近づけて続ける。
「ならばこの戦いは私たちの勝ちということだな。お前は大人しく魔王の座を諦め、この後は冒険者の元へ自ら出頭しろ。それとそうだな、加齢魔法とやらが収められているその杖もこちらに渡してもらおうか。私と姫とお前の姿を元に戻すためにな。すべて私の言う通りにしろ。わかったな、ペトリーファ?」
「……か、かしこまりましたぁ」
ペトリーファは一切躊躇うことなく頷いた。
あっさりと、本当に一瞬でケリがついてしまい、僕はただ呆然と立ち尽くす。
これが魅了魔法の力なのだろうか?
これが四天王として力を取り戻したアメリアの実力なのだろうか?
あのペトリーファが手も足も出ず、言われたことにただ頷くことしかできないでいた。
まあ、何はともあれ、これで僕たちは無事に事件の犯人であるペトリーファを確保することができたのだった。
……ていうか、さっきから何を見せられてるんだろう僕たち?
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