第23話 「狙われた理由」

 

 ちゃんとした理由。

 お姫様を狙った明確な理由とは、いったい何なのだろうか?

 皆が同じ疑問を抱きながらペトリーファを見ていると、不意に奴は首を傾げて逆に問いかけてきた。


「メドゥーサが得意としている魔法は何か知っているかしらっ?」


「……?」


 唐突な質問を受けて、思わず僕は眉を寄せる。

 なんで今そんなことを聞いてくるのだろうか?

 当然そんなの知るはずもなく、わからないという顔をしていると、メドゥーサであるペトリーファは胸を張りながら言った。


「私たちが得意としている魔法は『石化魔法』よっ」


「せ、石化魔法?」


「聞いての通り相手を石に変える魔法ねっ。私の姿を見て魅了された者たちは、みんな体が石になって固まってしまうのっ」


 ふふんっと自信ありげに説明してくれる。

 まさか今のを得意げに言うために、最初に僕たちに聞いてきたのだろうか?

 それはまあいいとして、『石化魔法』という言葉を聞いて僕は引っ掛かりを覚えていた。

 確か魔族の中には、相手を石化させる種族もいると聞いたことがある。

 敵を魅了することでそれができる種族が、ペトリーファのようなメドゥーサだったのか。

 やはり能力的にサキュバスに似ているな、と思っていると、ペトリーファが今度はかぶりを振りながら続けた。

 

「相手を魅了するだけで石に変えることができるメドゥーサっ。一見無敵な力を持っているように見えるかもしれないけど、石化するためには相手を完璧に魅了する必要があるのよっ。だからそこにいるお姫様が”邪魔”だったってわけっ」


「……ど、どういうことだ?」


 問いかけると、奴は僕ではなくババローナの方を向いて言う。


「ねぇ、そこのお姫様っ。あなたって、この大陸で一番の美女って言われているそうねっ」


「え、えぇ、そうですわよ。それがどうかしましたの?」


「あのねっ、相手を完璧に魅了するためには、私だけに視線を集めなくちゃいけないのっ。少しでも私から気が逸れちゃったら、石化は効力が弱まっちゃうっ。だからお姫様には『大陸一の美女』の座から降りてもらう必要があったのよっ」


 パチンッとウィンクを決めながら過激なことを言う。

 それを聞いて、お姫様は何かを思うように眉を寄せていた。

 そして僕は今の説明だけですべてを察し、確認をとるようにペトリーファに言った。


「そのためにお前は、ババローナに加齢魔法を使って、力を取り戻すのと同時に邪魔者も排除したってことか」


「えぇ、その通りよっ。私は魔王になるために、力を取り戻さなくちゃいけなかったっ。それと同時に、他の美しいものも消さなくちゃいけなかったのっ。だから大陸一の美女って言われているお姫様に加齢魔法を使って、若返るのと同意に邪魔者も消したってわけっ。どうっ? 一石二鳥の作戦でしょっ?」


「……」


 確かに理にかなっている作戦だ。

 力を取り戻すために若返りつつ、石化魔法の妨げになる美しいお姫様も一度に排除することができるのだから。

 こうして奴は完全にフルパワーで戦うことができる。

 密かに歯噛みしていると、不意に傍らで”すっ”と誰かが手を上げた。


「あ、あのぉ……ちょっといいッスか?」


「……?」


「こんなこと言ってしまうのはあれかと思うんスけど、それって王宮に忍び込んでまでやらなきゃいけないことだったんスか?」


 というプランの問いに、ペトリーファのみならず僕たちも首を傾げてしまう。

 どういうことだよいう視線を向けると、彼女は質問の意図を話し始めた。


「いやだって、そんな危険な手を打つよりも、まずはそこらにいる人に加齢魔法を使って、とりあえず先に若返った方がよくないッスか? で、その後にお姫様のところに行って、元に戻った力でお姫様を殺してしまった方が確実な気がするんスけど」


「……」


 プランの意見を聞いて、僕はふむと顎に手を当てた。

 言われてみれば確かにそうかもしれないな。

 元の力を取り戻すだけなら、そこらにいる人に加齢魔法を使ってもよかったはず。

 というか王宮への侵入が上手くいくとは限らないのだし、とりあえず最初に若返っておいて力を取り戻した方が安全な気がするぞ。

 で、邪魔者のお姫様に関しては、後でサクッと殺すだけで充分な気がする。

 おそらくその点に引っ掛かりを覚えて、プランは手を上げたのだろう。

 人知れず彼女の意見に同意していると、それを聞いたペトリーファが口許に手を当てながらプランに返した。


「ふふっ、わかってないわね子猫ちゃんっ」


「……?」


「もしお姫様をそのまま殺しちゃったとしたら、彼女は美しい姿のままみんなの心の中に残っちゃうでしょっ? それだとダメなのよっ。可愛くて美しい私を見ても、心の中のお姫様に気が逸れちゃうっ」


 次いで奴はお姫様のババアフェイスに目をやり、一層笑みを深くして続けた。


「みんなを完璧に魅了するためには、美しいお姫様を醜い姿にして、それをみんなに知ってもらう必要があるのよっ。そうすれば誰もがお姫様に絶望し、私に視線を向けてくれるっ。だから私は危険を冒してまで王宮に忍び込んだってわけよっ」


 以上の返答を聞き、プランはわかったようなわかってないような顔をした。

 まあ、お姫様を美しいまま殺してしまっても、石化魔法の妨げになるということだろう。

 加齢魔法には回数制限もあるようだし、確実にお姫様に使いたかったはずだ。

 と、そこまで理解をすると、不意にペトリーファは笑みを緩め、一歩近づいて言ってきた。


「さてとっ、それじゃあそろそろお喋りはおしまいにして、あなたたちの用件を済ませちゃいましょうかっ」


「えっ?」


「『お姫様を元の姿に戻せ』とか言うつもりだったんでしょっ? それなら残念だけどお断りさせてもらうわっ。お姫様にはその姿のままでいてもらわなきゃいけないのよっ。私が魔王になるその時までねっ」


 ババローナを見据えつつ不敵な笑みを作る。

 それを受けたお姫様は体を震わせるようにして後ずさった。

 そして僕はペトリーファからのその視線を遮るようにお姫様の前に立ち、鋭い視線を返す。


「それなら力尽くで言うことを聞かせるけど、それでもいいんだな」


「えぇ、そう言うと思ったから用件を済ませちゃいましょうって言ったのよっ。私はお姫様を元に戻す気も殺す気もないから、あなたを始末してこの話はおしまいっ」


 奴がそう言った瞬間、この場の空気が一気に冷えたように感じた。

 咄嗟に僕は右手のナイフを構える。

 同時に奴は赤い瞳を大きく見開き、僕に力強い視線を送ってきた。


「『スターク』!」


 ペトリーファがそう唱えた刹那、僕は手に違和感を覚えた。

 まるで寒さで凍えてしまったかのように冷たい。

 反射的に目を落とすと、ナイフを握っている右手が、なんと石のように灰色と化していた。


「なっ!?」


 僕は思わず大きく目を見開いてしまう。

 これが石化魔法……なのか?

 まったく動かない。というか感覚が全然ない。

 しかもそれは次第に広がっていて、徐々に腕の方まで侵食を始めている。

 そのせいで右腕が重くなってきて、だらんと脱力させると、それを見ていたペトリーファが眉を寄せて言った。


「うぅ~ん、効き目がいまいちね。まだ力が戻って間もないせいかしらっ? 本当なら一瞬で全身を石に変えることができるはずなんだけどっ」


 さらっと恐ろしいことを奴は言う。

 本当なら一瞬で石像になっていたようだ。

 その事実に思わず冷や汗を滲ませていると、不意にペトリーファは悪戯的な笑みを浮かべて、ひょんなことを聞いてきた。


「もしかしてあなた、今までよほどたくさんの美女と美少女に出会ってきたのかしらっ? 石化魔法があまり効かないってことは、私をそこまで魅力的だと感じていないってことだものっ」


「……」


 否定はしきれなかった。

 確かによくよく思えば、僕は今までたくさんの美女や美少女に出会ってきたと思う。

 幼馴染のマリンもそうだし、勇者パーティーの他のメンバーも整った顔立ちをしていた。

 こう言うのもあれだが、後ろにいるアルバイト二人だって美少女と言っても差し支えない。

 そう考えると今の状況は、あいつらに助けてもらっているということになるのだろうか?

 もしあいつらに出会っていなかったら、僕はメドゥーサの石化魔法で一瞬で石になっていたかもしれない。

 恐ろしい事実に思わず背筋を凍らせながら、僕は心中で彼女たちにお礼を言った。

 次いでこっそりと左手を右手に当てて、ぼそっと唱えてみる。


「ヒール、キュアー、ディスペル」

 

 回復、解毒、解呪の魔法を三連続で使ってみるが、石化が解けることはなかった。

 やはりダメか。

 まあ見るからにこの石化は、怪我や毒とは別種の状態異常だからな。

 解呪魔法ならあるいは、とも思っていたのだが、初級のディスペルではたかが知れているし。

 おそらく聖女様とか上級の回復職は、これを治療する手を持っているのかもしれないけど。

 なら仕方ないと思い、僕はナイフを左手に持ち替えて、思い切り地面を蹴った。


「はあぁぁぁぁぁ!!!」


 先手必勝と言わんばかりにペトリーファのもとへ走り出し、全力で奴に斬りかかった。

 

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