第22話 「お姫様の真相」
「ひゃ、百歳!?」
僕は思わず大口を開いてしまう。
肌の色つやと体つきを見る限りだと、二十代かそこらにしか思えない。
魔族だから歳を取らないのだろうか?
と思っていたら、別にそういうわけではなかったみたいだ。
「百歳って言えばすでにお婆ちゃん。顔にはシワができて、背中も丸くなってしまう年頃だわっ。魔族の中には長寿の種族もいるけど、メドゥーサは人と同じように老いと戦わなければいけないのよっ」
ペトリーファは悔しそうに拳を握る。
より人に近い人型の魔族ほど、人間に近い特徴が出るのだろうか?
まあ確かに蛇の髪以外を見るなら、ペトリーファもそこらにいる女性と何ら変わりはないからな。
なんて思っていると、彼女はますます悔しそうにして話を続けた。
「もちろん私も百歳になった影響でお婆ちゃんになっちゃったわっ。毎日鏡の前に立っては、絶望する日々を送っていたものよっ。もうあの頃の姿には戻れない。全盛期の力を使うことだってできない。でもそれも仕方のないことだって諦めてたっ。いくらメドゥーサって言っても、時の流れには逆らうことができないんだからっ」
ようは歳を取って魅力が減少し、弱体化してしまったということだろうか?
メドゥーサは相手を魅了することで力を使えるみたいだから、お婆ちゃんの見た目になったら本領が発揮できないのだろう。
ロリ化したせいで魅了魔法が使えないアメリアと似たようなものだ。
という説明に納得をしていると、不意にペトリーファが笑顔を戻して言った。
「でもね、ある日私は一つの噂を聞いたのっ。あの魔王リリウムガーデンが勇者に敗北して、魔王の座を降りたって」
「あっ……」
そう言われ、ふと数か月前のことを思い出す。
勇者マリンが魔王リリウムガーデンに勝利した日のこと。
目の前でそれを見ていたので、当然そのことは誰よりも知っていた。
でもそれがいったい今回の事件にどう繋がってくるのだろう? と首を傾げていると、ペトリーファはさらに続けた。
「魔王が降りたってことは、次の魔王を決めなくちゃいけないでしょ。それで次世代の魔王を決めるために、今あちこちで魔族が大暴れしてるみたいなのよっ。でねっ、私もそれに混じって魔王を目指そうって思ったのよっ!」
「あぁ、そですか」
当たり前のことを言われてつい投げやりな返事をしてしまう。
魔族なら魔の頂点に立ちたいと思うのは当然のことだろう、
と思っていたら、その考えは微妙に違っていた。
「だって魔王ってみんなから注目されるし、可愛くて美しいアイドルみたいじゃないっ? これは絶対に目指すしかないって思ったわよっ!」
「いや、その感性は全然理解できないんだけど」
前魔王のことを思い出して否定的な返しをしてしまう。
あれのどこが可愛くて美しいアイドルみたいなんだよ。
確かにリリウムガーデンは容姿は整っていたが、あくまでそれは幼女レベルでの話だ。
おまけに奴は超が付くほどのレズ気質で、男を根絶やしにしてハーレムを築く野望を抱いていたんだぞ。
アイドルらしさなんてまるでないだろ、と思っていると、ペトリーファは前魔王のことなど気にしていない様子で続けた。
「とにかく私は可愛くて美しいアイドルになるために、魔王を目指すことにしたのっ! で、弱体化したままじゃ魔王には絶対になれないから、まずは力を取り戻さなくちゃいけなくなったのよっ! ここまではいいかしらっ?」
「あぁ、うん、だいぶ理解できた」
こいつがなかなかのアホだということを。
王宮に忍び込んでお姫様を陥れる大罪を犯すほどの奴だから、いったいどんな大層な魔族が出てくるのかと警戒していたのに、本当に拍子抜けだ。
一人で勝手に肩を落としていると、ペトリーファは指を折りながら何かを数え始めた。
「たくさんの美容品を試したり、化粧のパターンを変えたり、髪型もアレンジしたりっ。全盛期の魅力を取り戻すために色々なことを試したわっ。でもね、やっぱり老いには抵抗できなかったのっ。シワシワのお婆ちゃんの姿でいくら努力をしても、可愛いを作るには限界があるわっ。だから私は違う道を探すことにしたのっ」
「違う道?」
首を捻ると、奴は心なしか不敵な笑みを浮かべて続けた。
「お婆ちゃんの姿で努力をしても無駄なら、お婆ちゃんの姿を根本から変えるように努力をすればいいのよっ。言っちゃえば若造りねっ。そして私が見つけた究極の答えが……『若返りの魔法』」
「若返りの……魔法?」
声に出して思う。
確かにそんな魔法があれば、一番綺麗だった頃まで若返って魅力を取り戻すことができるかもしれない。
でもそんな夢みたいな魔法が本当に存在するのだろうか?
もしあるのだとすれば、すでにそれは世界中に広まって、誰もが若返りを行なっているはず。
と思っていると、心中のその問いに答えるように奴は言った。
「たくさんの魔族に聞いてようやくこの答えに辿り着いたのよっ。不思議な魔法をよく知っている魔族がいてね、特別に教えてもらったのっ」
「で、若返りの魔法を使ってその姿を取り戻したのはわかったんだけど、なんでそれでお姫様が婆さんになってるんだ? 話を聞くかぎりだとババローナは全然関係ないだろ」
尋ねると、彼女はかぶりを振って答えた。
「若返りの魔法には生贄が必要なのよっ。その生贄としてお姫様を選んだってわけっ」
「ど、どうしてワタクシがその生贄に選ばれなければならなかったのですか!? それに若返りの魔法というだけなら、ワタクシがこのような姿になる必要はまるでないんじゃないですの!?」
お姫様の言う通りだった。
こんなことを言ってしまうのはあれだが、生贄が必要ならばそこらにいる人間で充分だろう。
わざわざ王宮に忍び込んでまでお姫様を魔法の生贄にする必要があったのだろうか?
それに若返るだけの魔法なら、どうしてババローナは婆さんに……
と、何度目ともわからない疑問を抱いていると、不意にペトリーファはパンッと手を合わせて、ババローナに謝罪した。
「ごめんなさいっ。私が使った魔法は、正確には”若返りの魔法”じゃないのよっ。私が答えとして見つけた魔法は、正しく言うなら”相手を老けさせる魔法”。言っちゃえば『加齢魔法』ねっ」
「か、加齢魔法?」
なんだそりゃ?
そんなの聞いたこともないぞ。
魔族だけに伝わっている禁術だろうか? と思っていると、ペトリーファは少し得意げになって説明した。
「元々は相手を老けさせて弱体化させるのが目的の魔法らしいんだけどね、その副作用として使用者の年齢が老けさせた分下がるみたいなのよっ。言い換えるなら、相手に自分の年齢を与える魔法ねっ」
「年齢を与える、か」
若返りの魔法よりかは現実味がある話になってきた。
確かに対象者に年齢を与えるだけの魔法なら、魔族の中に使える奴がいてもおかしくない。
数百、数千という種類の魔族を尋ねたのなら、いつかは辿り着けそうな答えだ。
それに年齢を与えるだけというなら、結果的にお姫様は年を食っただけになるので、状態異常としてステータスに表示されることもない。
毒でも呪いでもない”何か”とは、加齢魔法によるただの”老い”だったのだ。
そこまでわかった僕は、心中で頷きながら奴に言った。
「なるほどな。その副作用を利用してお前は若返りに成功したってことか。お姫様に自分の年齢を分け与えるって形で」
「えぇ。私もまさか本当に上手くいくとは思っていなかったわっ。加齢魔法『エイジング』は使用回数に限度があるし、力の調整もちゃんとできるかわからなかったからねっ。でも上手にお姫様に六十年分くらいの年齢を与えて、こうして元の美貌を取り戻すことができたわっ。欲を言えばもう少し若返りたかったけどっ」
ふっと奴は微笑をたたえる。
その笑みは確かに多くの者を魅了するであろう、魅惑的な力を秘めていると感じた。
実年齢四十歳にしてはとても若々しく見える。確かにメドゥーサは可愛さと美しさを兼ね備えている魔族のようだ。
対して六十年分の年齢を加算され、実年齢八十歳と判明したお姫様も、その歳にしてはだいぶ若く見えた。
そんなババローナは訳がわからないと言うように眉を寄せ、今一度ペトリーファに尋ねた。
「な、なんでワタクシだったんですの!? どうしてワタクシにその加齢魔法なる恐ろしい魔法を使ったんですの!?」
最初の質問に戻った。
自分が老いた原因はわかった。
犯人が加齢魔法なる魔法を使った訳も理解できた。
しかしどうして自分が狙われたのか、それだけがいまだに謎だった。
その疑問の末に問いかけられたペトリーファは、なぜか再び手を合わせ、ようやく理由を答えてくれた。
「ごめんねお姫様っ。あなたを狙ったのにはちゃんとした理由があるのよっ。私が魔王になるためのちゃんとした理由がねっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます