第21話 「蛇の女王」

 

 何の用と問われ、しばし僕らは呆然とする。

 まるでこの場所があの女の物であるかのような物言いだ。

 当然それに違和感を覚えた僕だったが、言及する前に傍らのアメリアがぐいっと袖を引っ張ってきた。

 どうしたという視線を送ると、彼女は顔をしかめながら小声で言う。


「この女、櫛に付いていた犯人の臭いと同じ臭いがするぞ」


「えっ? じゃあつまりこいつが……」


 王都の宿屋に潜んでいた犯人?

 つまりはお姫様を婆さんに変えた事件の元凶だとアメリアは言っている。

 本当にそうなのだろうか? と疑問に思って女のことを窺っていると、不意に奴は緊張感の欠片もない声で言った。


「なになにっ? 私の顔に何か付いてるっ?」


 ペタペタと自身の顔を触りまくる。

 敵を前にしてとても余裕のある様子だ。

 こちらが気を引き締めてきた分、その態度に思わず拍子抜けをしてしまうが、僕は気を緩めることなく今一度彼女に問いかけた。


「お前は誰だ? ここで何をしている?」


 ついでに持っていたナイフを握り直して警戒を示す。

 すると奴はこれまた気の抜けるような弾ける声で返してきた。


「あらあらっ、先にこっちが質問したのに、逆に質問で返してくるのねっ。そっちが先に答えるのが筋じゃないのっ? ここに何の用かしらっ? 人間さんたちっ」


「うっ……」


 魔族のくせして何を偉そうな。

 と、つい反発し掛けてしまうが、話が長くなると思ったので我慢しておいた。

 代わりに僕は最初の質問に対して当たり障りのない返答をした。


「僕たちはここに、ある人物を探しに来たんだ。王都に住むババローナというお姫様が何者かに陥れられて、その犯人を追っている。で、そいつの足取りを辿ってきたら、この地下迷宮に辿り着いたんだ」


 嘘が一切混じっていない正直な回答。

 すると今のを聞いた女は、再びわざとらしく小首を傾げた。


「足取りを追ってっ? それはどうやってやったのかしらっ?」


「犯人が残したこの櫛の臭いを追跡してきたんだよ」


 そう言いながら忘れ物の櫛を掲げる。

 と、それを目にした奴は、瞳を大きく見開いて驚いた。


「あっ、それっ、私の櫛っ! まさか王都に忘れていただなんてっ! うっかりしていたわっ!」


「……」


 僕はてっきり、『何それ知らない』ととぼけられるかと思っていた。

 ぶっちゃけ犯人の臭い以外に証拠はないのだし、ここで違うと言われれば押し切られていた可能性もある。

 だからあいつが自分から正体を明かしたことに、僕は大層驚いてしまった。

 少しは誤魔化そうとか思わないのだろうか?

 半ば呆れながら、僕は改めて犯人に言った。


「……ってことは、あんたがお姫様を婆さんに変えた犯人で間違いないな?」


 問うと、奴は特に誤魔化す素振りもなくこくりと頷いた。


「えぇ、その通りよっ! 王宮に住んでいるお姫様をお婆さんに変えたのはこの私っ! どう、すごいでしょ!?」


「……」


 別に褒めてはいない。

 自信満々で言ってもらったところ悪いが、お前を褒めるためにここまで来たわけじゃないぞ。

 何か勘違いしてるんじゃないかこいつ?

 まあとりあえずこれで、今回の事件の犯人を発見できたということだ。

 長かったぁ……しんどかったぁ……とすでにやり切った気分になっていると、ババローナが我慢しきれずにずっと抱いていた疑問を奴に投げかけた。


「ど、どうしてこのようなことをしたんですの!? ワタクシに何か恨みでもあったのですか!?」


 まさにこの事件に犯人がいるとわかってから、皆が疑問に思っていたことである。

 依頼を受けた僕としてもそれは気になるところで、犯人に対して耳を傾けることにした。

 すると奴は今頃になって、自分が陥れたお姫様が目の前にいることに気付き、僅かに驚いた様子でかぶりを振った。


「ううん、恨みだなんてそんなの全然持ってないわよっ! わたし今まで誰かを恨んだことなんて一度もないんだからっ。まあ、目的があってやったのはその通りだけどねっ!」


「……目的?」


 まあ、わざわざ王宮に忍び込んでまで今回の事件を引き起こしたのだから、何かしらの目的はあるのだろう。

 ただ気まぐれで起こしただけにしては、少々手が込みすぎているからな。

 その目的こそがお姫様を婆さんに変えた理由に繋がるとわかって、僕は改めて犯人に問いかけた。


「目的ってなんだ? どうしてお前はババローナを婆さんに変えたんだ?」


「うぅ~ん、一から全部話す必要はないと思うんだけどっ。ま、ここまで辿り着いたご褒美に、特別に教えてあげてもいいわよっ」


 元々お喋りな奴なのだろうか、気前よく質問に答えてくれるそうだ。

 慎重な魔族じゃなくてよかった、と密かに安堵していると、いきなり奴は声のトーンを三段階くらい上げて、地下迷宮の大部屋に声を響かせた。


「まずは自己紹介からしておこうかしらっ! 私の名前はペトリーファちゃんっ! 見ての通り、超絶可愛い魔族よっ!」


「……」


 どこぞのアイドルのように横ピースとウィンクを混ぜて自己紹介をしてくる。

 それを受けた僕たちは、思わず口を開けて呆然としてしまった。

 なんなんだこいつ?

 本当にこんな奴が王宮に忍び込んで、お姫様を婆さんに変えた犯人なのか?

 おまけにさっきからムカつく喋り方をしてるし、語尾を弾ませるのもなんだか鼻につく。

 人知れず眉間にシワを寄せていると、奴は弾むような声で自己紹介を続けた。


「ちなみに種族は蛇女族メドゥーサよっ! よろしくねっ!」


「メ、メドゥーサ?」


「世界で一番可愛くて美しい魔族よっ。たくさんの観客を魅了し、恐怖させて跪かせるっ。それこそがメドゥーサであり、可愛くて美しいペトリーファちゃんなのですっ!」


 決め台詞だったようで、奴は今日一番の声で言い放った。

 つまりメドゥーサとは、対象を魅了することで力を発揮する種族ということだろうか?

 それがいったいどんな力なのかはわからないけど、なんかサキュバスに似てる気がするな。

 改めて見てみると、確かに顔立ちはかなり整っていて体つきも豊かだ。

 服装も可愛さを重視しているみたいで、男女共に好まれそうな外見をしている。

 ついでにちらりとアメリアの方を見ると、別段驚いた様子もなくメドゥーサを見ていた。

 似ている種族としてメドゥーサのことを知っていたようだ。

 ともかく僕は、先ほどに続いて事件を起こした理由を尋ねることにした。


「で、そのメドゥーサがなんで王宮に忍び込んで……」


「ペトリーファちゃんっ!」


「……はいっ?」


「メドゥーサなんてよそよそしい呼び方はやめて、ペトリーファちゃんって呼んでっ! 私悲しいっ!」


「……」


 話の腰を折られて僕は眉間をピクつかせる。

 今すぐナイフで斬りかかりたい。

 いい加減その喋り方やめてくれ。

 しかしここで怒りに狂うと奴にしてやられた気分になりそうなので、僕は仕方なく呼び方を変えて続けることにした。


「で、そのペトリーファはなんでお姫様を婆さんに変えたんだ? まるで話が見えてこないんだけど」


 すると奴はようやく答えてくれる気になったのか、不意にため息を漏らして言った。


「可愛くて美しいメドゥーサとして、言ってはいけないことも確かにあるわっ。でも、あなたにわかってもらうためにはすべてを話すしかないわよねっ」


 どこか遠くを見つめながら何かしらの覚悟を決めている。

 さっきからこいつ何言ってるんだ?

 ますます目の前の魔族に対して疑念を抱いていると、ペトリーファは少し言いづらそうにして話を始めた。

 

「実は私、心は永遠の十六歳でも、実年齢はすでにを超えてるのよっ」

 

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