第19話 「無茶な戦い方」

 

 また一匹が飛びついてくる。


「シャーーー!」


 尻尾をバネのように巻いて跳ねることで、速度を上昇。

 小さな口を開け、牙から紫色の液体を滴らせつつ、僕に噛みつこうとしてきた。

 それを僕は、軽く体を捻って回避する。


「よっ……と」


 そのまま横を通り過ぎようとした蛇を、ナイフで斬りつけた。

 また一匹がドサッと地面に落ちる。

 次いですかさず二匹が飛びついて来て、それも僕はナイフと足を使って落とした。


「う……そ……」


 後方からお姫様の枯れたような声が聞こえてくる。

 ちらりと窺うと、彼女は見開いた目で僕を見ながら、口許に手を当てていた。

 驚愕している様子だ。

 まあただの治癒師が、冒険者が苦戦した魔物たちを相手に善戦していれば、驚くのも無理はない。

 それに僕は普段から覇気がないので、こうして俊敏に動き回っている姿にはさぞ違和感を覚えることだろう。


「ノンさん、この魔物たちに主な弱点はないみたいッス! それと紫の蛇が軽度の毒を持っていて、黒の蛇が重い毒を持ってるみたいッスよ!」


「りょーかい!」

 

 観察スキルを使ったらしいプランから助言を受け、僕はますます前に出ていく。

 どうやら黒の蛇が強い毒を使ってくるみたいなので、黒蛇にだけ注意していれば問題はない。

 もし紫色の蛇に噛まれたとしても……


「ヒール、キュアー」


 即座に回復魔法と解毒魔法を使って、怪我と毒を一瞬で治療した。

 応急師なら無詠唱で回復系統の魔法を使うことができる。

 それは初級の回復魔法だけに限られるが、致命傷や強力な毒は避けてしまえば問題はない。

 だから僕は黒蛇にだけ注意して、周りの蛇たちを次々と倒していった。


「おらぁぁぁぁぁ!」


 ナイフを振り、足で蹴り上げ、首根っこを掴んで放り投げたりもする。

 攻撃の手を緩めず魔物を屠っていく様は、傍から見たらどう映っているのだろうか。

 それは後方でこちらを見ているお姫様の目が物語っていた。

 それから僕はしばらく体を動かし続け、やがて見える限りのすべての蛇を倒した。


「よーし終わったぁ! いい運動になったなぁ!」


「……」


 肩を鳴らしながらみんなの元へ戻ると、依然としてお姫様が目を見張っていた。

 その目で僕のことと、前方に広がる魔物たちの残骸を交互に見ている。

 彼女は何度かそれを繰り返し、やがて震えながら口を開いた。


「あ、あなた……」


「……?」


「め……めちゃくちゃ強いじゃないですの!? 特別な力がないなんて嘘じゃありませんか!?」


「いや、別に特別な力は何一つ使ってないんだが」


 思わず呆れた顔で返してしまう。

 特別な力だなんて失礼な。僕が嘘つきみたいになるじゃないか。

 そう否定してみたものの、ババローナはいまだに信じられないといった様子で呟いた。


「し、しかし、あの身体能力と反射神経は、常人のそれとは明らかに異なりますわ。何らかの特別な天職を宿しているとしか……」


「前にも言ったと思うけど、僕の天職はただの『応急師』だよ。回復魔法を無詠唱で使えるだけだ。そのおかげでちょっと無茶な戦い方ができるってだけで、他に特別な力は何一つ持ってないよ」


 次いで僕はババローナを納得させるためにさらに説明を重ねた。


「それにあんたも知っての通り、僕は勇者パーティーで回復役をやってたんだぞ。嫌でも身体能力なんて身に付くよ。じゃなきゃあいつらについて行けなかったからな」


「……」


 と言うと、彼女は眉を寄せて難しい顔をした。

 まだ腑に落ちないといった様子だが、これ以上説明のしようがない。

 というわけで僕は、そんなお姫様を無視して先に行くことにした。


「んなことどうでもいいだろ。さっさと先に進んで犯人見つけようぜ」


「あっ、ちょ、待ってくださいですの!」


 プランとアメリアに遅れて慌てて駆け寄ってくるババローナ。

 たくさんの魔物が倒れている通路を前に、一瞬躊躇いを覚えたようだが、それでも彼女は我慢して走ってきた。

 と、そんな中――


「……シャ」


 不意に倒れていた一匹の蛇が、お姫様を睨んで口を開けた。

 すでに僕に斬られて頭だけになっているのに、器用に体を動かして飛び跳ねる。

 そのままお姫様の首筋に噛みつこうとした。


「きゃっ!」


 すかさず僕は間に割り込んだ。


「ほいっ」


 納めていたナイフに手を掛け、振り抜きざまに蛇の頭を的確に両断する。

 そして付着した血を払うようにナイフを振りながら、呆然とする姫に言った。


「この蛇の魔物、結構生命力があるみたいだから、頭と胴を切り離しても動くことがあるようだな。お姫様も気を付けてくれよ」


「……は、はい」


 今一度忠告をすると、お姫様は覇気のない様子で頷いた。

 なんだかぼぉーっとしているみたいだけど、本当に大丈夫だろうか?

 ともあれ僕たちは地下迷宮の奥へと進むことにした。




 第二層、第三層と順調に地下迷宮を突破していく。

 当然そこにも蛇の魔物が大量にいて、僕はせわしなく蛇退治に追われていた。

 ナイフを振り、噛みつきを躱し、またナイフを振る。

 特に大きな傷や猛毒を受けることもなかったが、魔物を斬る感触はあまりいいものとは言えないな。

 だから思わず顔をしかめていると、隣を歩いていたプランが声を掛けてきた。


「ノンさん大丈夫ッスか? さっきからずっと戦いっぱなしで、すごく疲れているんじゃ……」


「あっ、いや、別にそういうわけじゃないよ。疲れてるには疲れてるけど、すぐにぶっ倒れるような疲れはまだ感じてないから大丈夫だ」


 強いて言うなら、明日の筋肉痛が怖いくらいで、まだまだ全然戦える。

 もちろん休めるなら休みたいけど、立ち止まっている暇もなさそうだしな。

 というわけでどんどん先に進むことにした。

 するとそんな中……


「あのぉ、ノン様?」


「……?」


 不意にババローナが声を掛けてきた。

 これには思わず首を傾げてしまう。

 こいつにこんな呼ばれ方をされるのは初めてだな。

 妙に改まった様子だし、いったい何の用事だろう?

 そう疑問に思っていると、彼女はなぜか言いづらそうに続きを述べた。


「も、もしよろしければ、この依頼が終わった後、ワタクシの専属の護衛になってみませんか? お給料は高額をお約束いたしますわよ」


 専属の護衛?

 ということはつまり王宮でお姫様の護衛をしろってことか?

 すぐにこれがスカウトだとわかった僕は、声を掛けてきた理由を悟る。

 おそらく僕の戦いっぷりを見て腕を買ってくれたのだろう。

 それは素直に嬉しいけれど、しかし僕はかぶりを振った。


「あぁ、いいや別に」


「そ、即答ですのね。もう少し考えてみてもよろしいのではなくて? 姫の専属の護衛だなんて一生安泰ですのよ」


「確かにそれは魅力的な提案だけど、僕には治療院があるからな。それを捨てて姫の護衛になるなんて考えられないよ。まあもし治療院を開く前にその提案をされてたら、どうだったかわかんないけど」


 人知れず僕は笑みを浮かべる。

 治療院を開く前に護衛に誘われていたら、僕はいったいどうしていただろう。

 まああの時は働き口に困っていたから、たぶん即決で了承していただろうな。

 そう考えると今のこの状況っていうのは奇跡みたいなものだ。

 あの時勇者パーティーを追い出されていなかったら。怪我をしている女の子を助けていなかったら。ノホホ村を見つけていなかったら。

 僕は田舎村で治療院を開いてはいなかった。

 なんて思って勝手に感慨にふけっていると、僕の答えを聞いたお姫様が首を傾げて言った。


「そういえばまだ答えを聞いていなかったのですが、どうしてわざわざ勇者パーティーを抜けて治療院を開くことにしましたの? もったいなかったんじゃありませんか?」


「……」


 それを受け、思わず僕は目を見開く。

 まさかこのお姫様、勇者パーティーのことを何一つ知らないのか?

 あっ、いや、一般の人が知っている方がおかしいのか。

 ただでさえ僕は地味な回復役で、他のメンバーたちに比べてまったく知名度がなかったからな。

 改めてそれがわかった僕は、躊躇いながらもババローナに返した。


「抜けたんじゃなくて追い出されたんだよ。勇者パーティーを」


「えっ、そうでしたの?」


「うん。だから仕方なく別の稼ぎ口を見つけなくちゃならなくて、治療院を開くことにしたんだ。ていうかあんた、あの祝賀会の会場にいたなら、どうして僕が勇者パーティーを追い出されたこと全然知らないんだよ」


 あの時の僕に興味なさすぎだろ。

 それはともかく、僕は肩をすくめて続けた。


「まあ、そんな感じで半分成り行きで始めた治療院だけど、今ではお客さんのために精一杯の治療をしたいって思ってるんだ。それにあそこならゆっくり暮らせるし、やっぱり姫の護衛は遠慮しておくよ」


 改めて護衛のスカウトを断る。

 するとババローナは、しばしこちらを見つめながら固まってしまった。

 なんだよいう視線を返すと、咄嗟に彼女は慌てながら言った。


「ま、まあ、そのような意思があるのでしたらこれ以上無理にスカウトはいたしませんわ。ただ、もし気が変わりましたらいつでもワタクシにご連絡くださいね」


「お、おう……」


 ホントにどういう風の吹き回しだ?

 ただのスカウトにしてはおかしな感じがするし、それになんだか態度が丸くなったような気がする。

 それはこちらとしてもありがたいので別に構わないのだけれど。

 なんて他愛のない話を挟んでいると、いつの間にか僕たちは大きな部屋の前へとやってきていた。

 地下迷宮にはよくこういう大きな部屋が一つあり、そこには主である大型の魔物が待ち構えていたりする。

 ここもそうなのだろうかと思って、何気なく部屋の奥の方を窺ってみると……


「えっ……」


 そこには蛇の魔物がいた。

 大部屋の天井に頭がつきそうなくらい巨大な、”大蛇”の魔物が。

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