第18話 「手っ取り早い方法」
男性冒険者から簡単に話を聞くことができた。
どうやら地下迷宮には”蛇”の魔物が出没しているらしい。
それも毒を持っている個体が、絨毯が広がっているようにうじゃうじゃいるという。
そのせいでまったく地下迷宮の攻略が進んでおらず、いまだに第一層でくすぶっている状況のようだ。
何やら治癒師も少ないみたいで、みんな毒を怖がっているとのこと。
「それでは、冒険者の方々に任せていても、犯人は捕まえられないってことですの?」
男性冒険者からの話を総合し、お姫様は不安げに呟いた。
それに対して僕はこくりと頷き返す。
「話を聞く限り難しそうだな。魔物の数がめっちゃ多いみたいだし、町の方からもっと応援を呼んで地下迷宮を攻略するしかないだろ」
つまり今のままでは地下迷宮の攻略ができず、犯人を捕まえられないということだ。
話に聞く蛇の魔物たちを突破するためには、町の方からの応援が必要である。
するとババローナはその現状に対し、煩わしそうに文句を垂れた。
「それだといったいいつになるのやらわかりませんわよ。ワタクシは一刻も早く元の姿に戻りたいんですの。それに最悪、このまま攻略できずに犯人も捕まえられないという事態になるのではないですか?」
「んなこと言ったって、今ここにいる人たちはもう蛇の毒にやられて体力がないみたいだし、増援が来なくちゃ攻略は進められないだろ」
僕たちが焦ったところでどうにかできるわけではない。
この地下迷宮は相当難易度が高いみたいだし、冒険者たちも足踏みせざるを得ないのだろう。
しかしお姫様の言うことも事実ではある。
このままだと最悪、地下迷宮の攻略がされずに、犯人も捕まえられないという事態に陥りかねない。
それに町から増援が来るかも怪しいところだ。
なぜなら地下迷宮とは、必ずしも攻略しなければならないものではないからな。
魔物が隠れているとはいえ、地下迷宮そのものは人に実害を与えているわけではない。
だからわざわざ急いで地下迷宮の攻略を進める必要はないのだ。
魔物を倒すだけなら地下迷宮の前で待ち伏せをしていればそれで済む話だからな。
まあ、町の近くにあれば話は別だが、ここは森の奥深く。滅多に人が通る場所ではない。
増援が遅れている理由もそのせいだ。
今一度そのことを理解して、僕はしばし考えに浸る。
難しい現状なのはその通りだが、しかしお姫様が焦るのもわかる。
僕としても時間が掛かるのは望むところではないからな。
早めに終わらせてさっさと治療院に戻りたいのだ。
しかしこのままでは地下迷宮の攻略が進まず、犯人がいつ捕まるのかもわからない。
下手したらこのまま地下迷宮の攻略が中断され、犯人にも逃げられてしまうかも。
その可能性があるのなら、いっそ……
「……はぁ、しょうがないか」
「えっ?」
僕はため息を零し、自分の懐を探ってナイフがあることを確かめた。
いつも護身用に持っている、四天王のネビロから授かった黒いナイフを。
そのまま地下迷宮の入口に向かって歩き出す。
そしてその途中で足を止め、振り向きざまに三人に問いかけた。
「僕は行くけど、お前たちはついて来るか?」
「「「……」」」
三人は目を丸くして固まってしまう。
僕が放った言葉の意味を、すぐには理解できなかったようだ。
地下迷宮の攻略が難航して、中にいる犯人が捕まえられない。
ならばもう、自分の手で地下迷宮を攻略し、犯人を捕まえるしかないではないか。
すごく面倒で厄介だけど、そういう決定を下す以外にあるまい。
ということを理解してくれたのか、すぐにプランとアメリアは頷いた。
「もちろん、アタシも行くッスよ!」
「私もだ」
「……」
お姫様一人だけが何も答えずに立ち尽くしている。
そんな彼女に対して僕は、肩をすくめて声を掛けた。
「で、姫様はどうする? まあここに残ってた方が断然いいと思うけど。つーか僕としてもその方がありがたいんだけど、もしついて来るっていうなら覚悟だけはしておけよ。たぶんお遊びじゃ済まないと思うから」
たぶんこいつなら『一緒について来る』って言うと思ったので、予め忠告をしておく。
どうせ自分の手で犯人を捕まえたいとか思ってるだろうからな。
けれどこいつは天職を持たないただの一般人。
地下迷宮に連れて行くのは危険すぎる。
ただでさえ戦いとは無縁そうなお姫様で、今は老婆になっているのだから。
すると彼女は、先に警告を出されたことで答えを迷っていた。
そんなババローナの姿を見て、僕はこれまた”しょうがない”と思いつつ呟く。
「……まあ、ババローナがどうしてもついて来たいって言うなら、できる範囲でなら僕が守ってやるよ。もうここまで来ちゃったわけだし、最後までお前の我儘に付き合ってやる」
「……」
そう言うと、ババローナは驚いたように目を見張った。
僕としても、なんでこんなことを言ってしまったのかよくわからない。
ここに置いていった方が断然いいはずなのに、自分の負担を増やすようなことを言ってしまった。
まあ、変にここで言い争いして、時間を浪費するのもバカらしいしな。
なんて思って提案を出すと、やがて彼女は覚悟を決めたように顔を引き締め、僕に頷きを返してきた。
「い、行くに決まっていますわ。ワタクシをこんな姿にした犯人を、必ずやこの手で捕まえてみせますの」
「……あっそ。じゃあなるべく僕から離れないようにしろよ」
もう一つ忠告を加えて、僕たちは地下迷宮へと足を進める。
周りの冒険者たちが不思議そうにこちらを見守る中、僕らは地下迷宮の中へと姿を消した。
早く終わらせて治療院に帰ろう。
自分の手で地下迷宮を攻略すると決め、中に入ったはいいものの。
僕たちはさっそく一つ目の関門で足を止めていた。
「これはなんて言うか、本当にすごいな」
地面を覆い尽くす蛇の群れ。
まさに絨毯を広げているように見えてしまう。
何百、何千という数の蛇の魔物たちが、通路の奥の方までびっしりと詰まっていた。
「こういう時に敵を一掃できるスキルとか魔法があればいいんだけどなぁ」
壮絶な光景を前にして、僕は思わず無い物ねだりをしてしまう。
剣聖の持つ豪快な剣技や、賢者の持つ強力な火炎魔法をここで使ったら、さぞ気持ちがいいことだろう。
ていうかそれがあったらめちゃくちゃ簡単にここを突破できそうだ。
と思っていると、同じく目の前の光景を見ているプランが肩をすくめて言った。
「まあアタシら戦闘系の天職じゃないッスもんね。仕方ないッスよ」
「それにまあ、冒険者の人たちが苦戦してたってことは、半端なスキルや魔法じゃ倒せないんだろうな。一匹一匹がかなり強いって考えた方がいい」
とは言いつつも、僕はそれでも前に行く。
行くしかないのである。
この地下迷宮は規模が大きいようだが、通路はそこまで広いわけじゃない。
ゆえに岩肌の地面には足の踏み場もないほど蛇が詰まっており、戦闘は必至。
他に横道があるわけでもないし、ここを突破する以外に先に進む方法はないのだ。
だから仕方なく蛇の群れへと近づいていくと、それを見ていたお姫様が慌てて声を上げた。
「ちょ、作戦とか考えなくてよろしいんですの!?」
「んなもんとっくに決まってんだろ」
なんて言っている間にも、一匹がこちらに気付いて鳴き声を上げる。
「シャーーー!」
そしてその蛇は尻尾をバネのようにして巻き、思い切り地面を蹴った。
目にも留まらぬ速さで飛びついてくる。
その光景を前にお姫様が小さく悲鳴を上げる中、僕は閃くような速さでナイフを振った。
「えっ……」
ナイフを振り抜いた頃には、すでに蛇の魔物は地面に倒れていた。
何が起こったのかわからなそうにこちらを見つめるお姫様。
そんな彼女を尻目に見ながら、僕は呆れたように言った。
「僕たちには特別な力なんてない。なら一匹ずつ倒して突破するしかないだろ」
幸いにも僕には高速の回復魔法があり、毒に対抗できる解毒魔法も持っている。
ナイフの調子もいいみたいだし、これなら百匹や千匹くらい、根性さえあればどうにかできるレベルだ。
それに、勇者パーティーにいた頃に戦っていた魔物たちに比べたら、こんなの全然大したことないしな。
僕は改めてナイフを握り直し、目の前の魔物たちへと立ち向かっていった。
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