第17話 「袋のネズミ」

 

「ノ、ノンさん、これって……」


「うん、たぶんそうだろうな」


 大丈夫なことを確認し、プランたちにも広場に来てもらうと、最初に彼女が反応を示した。

 何に、とはもちろん地面にできた大きな穴にである。

 魔物が人間たちから姿を隠すために作ると言われている穴。

 初めは潜れる程度の深さまで掘るだけだが、徐々にその大きさを広げていき、やがては遥か下層まで掘り進められるとされている。

 そのようにして地下に形成される魔物のための広大な巣。


「地下迷宮だ」


 そう言うと、お姫様が目を開いて驚愕した。


「ち、地下迷宮って、これがそうですの!?」


「あぁ。僕も何度か見たことがあるからわかる。これは相当大きな部類のものだ」


 過去最高とまでは言わないけれど、魔大陸に普通にあってもおかしくない大きさ。

 どうしてこんなものがここにあるのだろう?

 王都から離れているとはいえ、平和な大陸のほぼ中心地の場所だぞ。

 そう疑問に思うと同時に、僕は脳裏に引っ掛かりを覚えた。

 もしかしてこの前の情報誌に載っていた『広大な地下迷宮の発見』とはこれのことなのだろうか。

 辺りに冒険者らしき人たちが集まっているのを見ると、その可能性が高い。

 密かに考察していると、お姫様が信じがたいという声を上げた。


「犯人の臭いがここに続いているということは、もしかして犯人は地下迷宮の中に逃げたってことですの!?」


「ま、そうとしか考えられないな」


 相手が魔族と考えると、むしろ地下迷宮に逃げたのがすごく納得できる。

 中は魔物が住みやすいように整えられ、おまけに護衛となる魔物たちが大量に潜んでいるのだから。

 僕が魔族でも同じことを考えていただろうな。

 確かにこれは厄介だが、しかし逆に好機だと捉えることもできる。

 地下迷宮に逃げ込んだのなら、ようは袋のネズミというわけだからな。

 もう捕らえたも同然。

 そう思っていると、いまだにお姫様が騒ぎ声を上げていた。


「ち、地下迷宮に逃げ込んだということはつまり、犯人は魔物をも問題にしないほどの使い手……いえ、そもそも魔物に襲われない魔族という可能性もありますの!」


「あぁ、うん、その通りだな」


 僕は棒読みで同意を返す。

 犯人が魔族というのは正解だぞ。僕たちはもう知っているけど。

 まあこれでお姫様に説明する手間が省けた、なんて呑気なことを思っていると、不意に彼女が慌て始めた。


「で、でしたら、のんびりしている暇はありませんわよ!」


「……?」


「もし犯人が魔族だとしたら、冒険者に見つかったその時点で攻撃……いえ、討伐されてしまう危険がありますわ!」


 めっちゃ普通のことを言うお姫様に、僕は首を傾げながら返す。


「……いいことじゃないか?」


「いいことじゃないですわよ! 何を悠長なことを言っていますの! もし犯人の魔族が冒険者に倒されでもしたら、治療の方法が聞き出せなくなってしまうではありませんか!」


 と返され、僕は思わずはっとする。

 そういえばそうだな。

 僕たちは犯人の魔族を捕まえに来たのであって、倒しに来たわけではない。

 捕まえて治療方法を聞き出さなければならないのだ。

 もし犯人の魔族が討伐されてしまったら、ババローナはずっと婆さんのままということになってしまう。

 確かにそれはいただけないな。

 だがしかし、僕は”チッチッ”と人差し指を振って婆さんに言った。


「ちょっとは頭を使えよお姫様」


「……?」


「それならあの辺にいる冒険者の人たちに、『人型の魔族は倒さず捕縛してくれ』って頼めばいいじゃねえか」


 犯人の姿はすでに知っている。

 人型の魔族で黒ずくめの格好。そういう魔族を見掛けたら捕縛してもらうように頼めばいいのだ。

 それで僕たちは犯人が捕まるのを気長に待つだけ。

 そう考えてさっそく冒険者の人にお願いしに行こうとした。


「ちょ、ちょっと待ってくださいの! 理由はどう説明いたしますの!?」


「んなもんテキトーにでっち上げればいいだろ」


 そう言ってお姫様の制止を振り切り、僕は広場にいた男性冒険者に声を掛ける。


「あのぉ、ちょっとすみません」


「……?」


「ここにいる人たちって、みんな地下迷宮の探索に来た冒険者の方々ですか?」


 頼み事をする前に、一度現状の確認をしてみる。

 すべて推測で話を進めていたので、改めて答え合わせというわけだ。

 すると男性冒険者は僕の質問に対し、頷きを返してくれた。


「あぁ、そうだよ。この前大々的にニュースになったから、それを聞きつけた連中が集まってるんだ。まあ森の奥深くにあるから、そこまで大人数じゃないけど。で、それがどうかしたのか?」


「あのですね、もしよかったらなんですけど、人型の魔族を見たら捕らえるように、冒険者の皆様にお伝えしてはいただけませんか?」


 精一杯に丁寧な態度でお願いしてみる。

 それに対して男性冒険者は、疑問符を浮かべて返してきた。


「魔族? 魔物じゃなくて魔族がこの中にいるのか?」


「あっ、いえ、たぶんいるかもしれないってだけなんですけど」


「なんだそうか。まあ伝えるだけなら別に構わないけど、どうして捕まえなくちゃいけないんだ?」


「えっ……」


 突然の問いに思わず顔をしかめてしまう。

 やはり理由を問われてしまった。

 まあ予想はしていたので、僕は考えていた言い訳を話すことにした。


「実は僕たち魔族の研究をしてまして、この辺りで発見された人型の魔族を追っているんですよ。だからできれば倒さずに捕まえてほしいなって」


 自分で言っておいてなんだけど、めっちゃ苦しいなこれ。

 テキトーにでっち上げればいいとか言っちゃったけど、案外難しいもんなんだな。

 後方からお姫様の呆れた視線を感じていると、男性冒険者は少し首を捻ったが納得してくれた。


「ふぅ~ん、変わった研究をしてるんだな。まあ冒険者の間じゃ、人型の魔族がいたら基本的に捕まえる決まりになってるから、そこまで心配しなくてもいいと思うぞ」


「ほ、本当ですか!? それは助かりま……」


「ただな……」


 お礼を言いかけたところで、不意に遮られてしまう。

 そして男性冒険者は、肩をすくめて続きを口にした。


「無事にこの地下迷宮を攻略できるかはわかんないぞ」


「えっ?」


「第一層にいる魔物が厄介で、まったく攻略が進んでないんだよ。色々対策とかも考えてるが、いまだに入口付近で足踏みしてる状態さ。人型の魔族を探す余裕なんてとてもないよ」


 彼はそう言って後方を指し示し、僕たちはその奥で疲れ果てている冒険者たちに、改めて気が付いた。


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