第16話 「追跡」

 

 宿屋で手掛かりを入手した後、僕たちは町の裏通りで立ち止まっていた。

 今一度宿屋のおじさんから渡された犯人の忘れ物を見てみる。

 それはどこからどう見てもただの櫛であり、髪を梳くための道具だ。


「とんでもない収穫があったな」


 僕がそう言うと、皆はこくこくと頷いた。

 まさか本当に宿屋を巡っただけで犯人の手掛かりが見つかるとは。

 それに背格好も知ることができたし、何よりこの忘れ物を入手できたのはかなり大きい。

 そう思っていると、不意に隣からお姫様が問いかけてきた。


「でも、これをいったいどういたしますの? 犯人の忘れ物が手元にあっても、意味なんてほとんどないじゃありませんか?」


 と言われ、確かにそうかもと思ってしまう。

 犯人の忘れ物は貴重だけど、でもこれをどうすればいいのか僕たちはわからない。

 これ一つだけで足取りを追えるのだろうか?

 冒険者とかならこれだけで犯人を見つけることができるかもしれないけど。

 思わず困り果てていると、不意にくいくいっと袖を引っ張られた。

 誰かと思って振り向くと、そこにはアメリアが立っていた。

 次いで彼女は顔を近づけるように指示を出してきたので、僕は首を傾げながらもそれに従う。

 いったいどうしたのだろう?

 するとアメリアは、僕の耳元に顔を寄せて小声で囁いてきた。


「先ほどから言おうと思っていたのだが、その櫛…………おそらく”魔族”の物だと思うぞ」


「はっ!? ま、まぞっ――!?」


 瞬間、アメリアに咄嗟に口を押さえられてしまった。

 それを受けて、彼女がこっそりと耳打ちをしてきた理由を悟る。

 魔族の話はさすがにお姫様には聞かれたくないよな。

 アメリアの正体にも関わる話だし。

 ていうかこれ魔族の物なのか。

 ってことは、もしや犯人の正体は魔族?

 衝撃の新事実に驚愕していると、アメリアは小さな声で耳打ちを続けた。


「この櫛から魔族の臭いがぷんぷんするのだ。おそらく持ち主の臭いが染み付いているのだと思われる」


「そういえばお前、ネビロの臭いとか特に嫌がってたもんな。もしかしてアメリアって他の魔族の臭いを嗅ぎ取ることができるのか?」


 問いかけると、彼女はかぶりを振って答えた。


「魔族は皆、他の種の魔族の臭いには敏感なのだ。私が特別鼻が利くというわけではない」


「そ、そうなんすか。まあそれはいいとして、この櫛からは確かに魔族の臭いがするんだな」


「うむ」


 改めてそれを聞いた僕は、今一度犯人の忘れた櫛に目を落とした。

 ここから魔族の臭いがする。

 となれば犯人は魔族の可能性が非常に高い。

 お姫様を婆さんに変えた力も謎だったし、魔族の仕業ならそれも納得できる。

 そうとわかり、僕はアメリアにイチかバチかで問いかけた。


「じゃあさ、これの臭いを辿って犯人を追跡できたりしないか?」


「うぅ~ん、まあ……できないこともないと思うぞ」


「えっ、マジでっ!?」


 つい大きな声を上げてしまう。

 この忘れ物から犯人の臭いを追跡できるなら、もう見つけたも同然じゃないか。

 犯人に一気に近づくどころか、もうゴール目前と言っても過言ではない。


「しかし、あの姫の前でそんなことをしたら、私が魔族だと怪しまれるのではないか? それはさすがに勘弁だぞ」


「あぁ、確かにそれもそうだな」


 アメリアは自分が魔族だったということを極力周りに隠している。

 元四天王ということもあり、騒ぎになったら面倒だからだ。

 それをお姫様という立場の人間に知られるのだけは本当に嫌らしい。

 それをわかっている僕は、しばし考え、やがてお姫様に声を掛けた。


「あのぉ、お姫様」


「……なんですの?」


「実はプランが臭いを追跡できる特技を持っているので、それを使って犯人を追いたいと思います」


「えっ、ちょ――!」


 あまりに唐突なことにプランが驚愕してしまう。

 そしてすぐに僕を後ろに向かせて、お姫様に聞こえないくらいの声で抗議してきた。


「アタシ犬みたいになってるじゃないッスか。勘弁してくださいッスよ」


「しょうがないだろ。アメリアが怪しまれないために犯人を追うには、プランを代役に立てるくらいしか思いつかなかったんだよ。我慢してくれ」


 そう言うとプランは、不思議そうに首を傾げた。

 僕とアメリアの会話を聞いていないので、状況が呑み込めていないのだろう。

 仕方なくプランに事情を説明し、なんとか説得を試みる。

 すると彼女は渋々といった様子で了承してくれた。

 対して僕たちのことをずっと不思議そうに眺めていたお姫様は、何が何だかわからないようだったが、とにかく納得を示してくれた。


「臭いを追跡できる特技ですの。便利な特技をお持ちですのね。まるで犬みたいですわ」


「うっ……」


 思っていた通りの返答を受けてしまう。

 それでもプランは僕に言われた通り、みんなのことを先導してくれた。


「そ、それでは行きますッスよ! アタシに任せてくださいッス!」


 その苦しそうな後ろ姿を見ながら、僕は心中で手刀を切った。

 すまんプラン。




 犯人の臭いを辿って追跡をすること数時間。

 僕たちは王都を離れ、広大な森の中を歩いていた。

 臭いはどうやら人の多い場所から離れるように続いているらしく、次第に辺りが静かになってくる。

 もしかしたら別の大陸まで逃げている可能性もあり、道のりは途方もない。

 そんな中でも懸命に歩き進んでいると、やがて後方でお姫様が叫んだ。


「も、もう無理ですの! 足が限界ですわ!」


 そう言って彼女は森の地面にへたり込んでしまう。

 若干涙目になっていることからも、これはただの我儘ではなく本当に限界のようだ。

 仕方なく僕はお姫様の元へ行き、エールを送る。


「もうちょい頑張れよお姫様。犯人まであと一歩ってところなんだから」


「それはわかっていますが、それでも足が悲鳴を上げていますのよ! ただでさえワタクシは姫で、こんな姿になっていますし……」


 そう言われ、そういえばそうだったと思い出す。

 この人は元々僕と同い年の二十歳で、今は六十歳の婆さんになっているのだ。

 ということはその影響で、体も著しく弱っているだろう。

 僕らと同じ距離を歩かせるのはさすがに無茶だったか。

 ならば回復魔法で足を……と考えるが、怪我をしているわけではないので効果はない。

 別に失われた体力が回復するわけでもないし、すぐに彼女を歩かせるのは無理だろうな。

 そうとわかった僕は、仕方なくババローナの前で屈み、背中を向けた。


「……? なんですの?」


「休憩してる暇はないから、僕がおぶってやるよ。だからさっさと掴まれ」


「……」


 指示を出すと、なぜかババローナは僕を見つめて固まってしまった。

 何してんだよこいつ。早く掴まれよ。

 という意思を視線に込めて送ると、やがて彼女はゆっくりと僕の肩に掴まった。

 そのまま持ち上げようとしたのだが、その様子を見ていたアメリアがからかうように言った。


「なんだか介護してるみたいになりそうだな」


「や、やっぱりいいですわ! ワタクシ自分の足で歩きます!」


「んだよ、やっぱり元気じゃねえか」


 咄嗟に離れた婆さんを見て、僕は呆れた顔を浮かべた。

 とりあえずこれで先に進めるわけだな。

 まあ婆さんについては、本当に無茶をしているようなら強引におぶることにしよう。

 そのように方針を改めて、僕たちは再び歩き出す。

 しかしふと一人足りないことを思い出し、後ろを振り向いてみた。

 そこには婆さんと同じように地面にへたり、悪戯チックな笑みを浮かべるプランがいた。


「あ、あ~……アタシもなんか、足が痛くなってきたような~」


「んじゃその辺にでも転がってろ」


「えっ、ちょ、待ってくださいッスよノンさ~ん!」


 悪ふざけをするバカを放って置き、僕は進み始める。

 時間が勿体ないんだから、おふざけに付き合ってる暇はない。

 など多少のトラブルを挟みつつ、やがて僕たちは森の奥底へと辿り着いた。

 そして途端に、アメリアがこっそりと耳打ちをしてくる。


「臭いが強くなってきたぞ」


「えっ、マジ!?」


 僕は驚き、思わず三人を連れて近くの大木の裏に隠れる。

 この先は茂みに覆われていてよくわからないので、木の裏からこっそり窺うことにした。


「おそらくこの先にいると思われる。充分に注意して行くぞ」


「あ、あぁ……」


 アメリアに忠告を受け、僕は茂みの方へと歩いていく。

 大木の裏で待っている三人の視線を受けながら、僕は背の高い茂みを掻き分けた。

 すると、その先にあったのは……


「あれっ? これって……」


 木々や茂みにぐるりと覆われた森の広場。

 そしてそこにはたくさんのテントと野営をしている人の群れ……

 さらには地面にできた大きな穴と、地下へと続く階段があった。

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