第15話 「忘れ物の手掛かり」

 

 宿屋のおじさんから詳しい話を聞けることになった僕たちは、一度受付窓口から場所を移し、宿の一室を借りることになった。

 そこで落ち着いておじさんからの話を聞くことになる。

 ちなみにその部屋が怪しい人物が借りていた部屋らしく、中を見るついでにそこで話をすることになった。

 すでに掃除も行き届いていて別段変わったところはない。

 まあその人物が借りてから時間も経ち、他のお客さんも何度か利用したようなのでそれは当然だ。

 などの話も含めて、さっそくおじさんから怪しい人物についての話を聞くことになった。


「二ヶ月ほど前に来たそのお客さんは、『できる限り長く借りたい』と言ってこの部屋を借りました。先ほども言いましたがそれ自体はやはり珍しいことではなく、私もあまり不思議に思わなかったのですが……」


 言いかけたおじさんは、僅かに声を落として続けた。


「仕草や格好が、その……少し異質だったと言いますか」


「異質?」


「誰とも目を合わせないように背中を丸めて、真っ黒な衣服で全身を覆っていました。首から上は厚手の布を巻いて目だけしか出しておらず、肌を一切外に晒さないようにしていた感じです」


「……」


 確かにそれは妙だな。

 おじさんの言う通り”異質”と言う他あるまい。

 体だけではなく首から上まで隠しているのだから。

 肌を他人に晒してはいけない決まりがある村の出身者とか、大きな傷跡があって体を隠しているとかならまだわかるけど。

 でもその怪しい人は仕草や格好だけにとどまらず、宿を長期間借りて、その後ぱったりと行方をくらますという不可思議な行動までとっている。

 これを怪しいと言わずに何と言うか。

 だからこそおじさんはその人物のことを覚えていたのだろう。

 続いてババローナはおじさんに対して、さらに質問を重ねた。


「その方のお名前はわかりませんの?」


 するとおじさんは少し難しい顔をして答えた。


「一応チェック用に名簿への名前を頂戴してもらっていますが、本名の必要はないので本当の名前かどうか」


「それでも念のために教えていただきたいですわ」


 お姫様がそう言うと、おじさんはこくりと頷いて教えてくれた。


「その方が名簿に記載するように伝えてきた名前は……です」


「ペトリーファ?」


 僕たちは揃って首を傾げる。

 語感的には女性の名前だな。

 それが犯人の本名なのだろうか?

 その可能性はおそらく低いだろうけど、一応覚えておくことにしよう。

 密かにそう思っていると、ババローナはさらにおじさんに問いかけた。


「他には何かございませんの? どんなに小さなことでも構いませんので、その方について教えてくださいませ」


 ババローナは前のめりになって問い詰める。

 同様に僕たちも姿勢を傾けて聞き耳を立てると、おじさんはしばし顎に手をやって考え込んだ。

 怪しい人物について必死に思い出してくれているようだ。


「他には、そうですね…………あっ、そういえば! 少々お待ちくださいませ!」


「……?」


 突然席を立ち上がったおじさんは、そのまま部屋を出ていってしまった。

 その後ろ姿を首を傾げて見ていた僕らは、しばし部屋で待つことにする。

 やがて数分経った頃、おじさんが息を切らしながら戻ってきた。

 そんな彼の手には、何やら金属らしき物が握られていた。


「お、お待たせして申し訳ございません。これを取りに行っておりました」


「それはなんですの?」


 ババローナが眉を寄せて問いかけると、おじさんは持ってきた物を机の上に置いた。

 金属でできた”櫛”のような物。随分と歯の間隔が広いように見える。

 髪を梳くための道具を見せられ、一同が疑問符を浮かべていると、おじさんはそれについて説明してくれた。


「怪しい人が借りていたこの宿部屋に残されていた物です。たぶん”忘れ物”でしょうか?」


「「「「えっ!?」」」」


 これには思わず全員が驚きの声を漏らしてしまう。

 忘れ物。

 これほど手掛かりになる物は他にないだろう。

 まさかここまでくっきりはっきりしているものが残っているとは。

 しかしそうとわかって改めて忘れ物を見てみると、自然と違和感が湧いてくる。

 その違和感を覚えたのは僕だけではなかったようで、プランが眉を寄せながら耳打ちをしてきた。


「ノンさん、なんかおかしくないッスか? 王宮に簡単に忍び込める腕があるくせに、手掛かりを残しすぎだと思いますッス」


「うん、僕も同じこと思った。ちょっと軽率っていうか、わざと手掛かりを残してる気さえするぞ」


 明らかにこれは怪しい。

 名前の件についても、テキトーに考えたにしては特徴的だし、これも手掛かりの一部になるものだ。

 どうしてこんなに犯人の痕跡が残されているのだろうか?

 次いで今度はアメリアが小さな声で言った。


「もしかして罠ではないのか? わざとわかりやすい偽の手掛かりを残しておき、本当の手掛かりを隠す作戦とか……」


「にしては偽の手掛かりが露骨すぎるだろ。本物っぽく見せるつもりならもう少し小さな手掛かりを残しておくはずだし、ここまでそれらしい手掛かりが見つかってないんだから、偽物を用意せず存在すら匂わせない方が断然いいだろ」


 そう返すとアメリアは納得したように頷いた。

 もし彼女の言う通り、これが偽の手掛かりだとしたら、それこそ違和感を覚えてしまう。

 本物の手掛かりを隠すつもりなら偽物と気付かれないように工夫するべきだし、何よりそんな手間をかけるくらいなら偽物なんて用意しない方がいい。

 現に僕たちが偽物と疑ってしまっているのだから。

 となればこれは本物の手掛かりということになる。

 でもそれにしてはやっぱ露骨すぎるんだよなぁ、と思っていると、不意にプランが櫛に目を落としながら呟いた。


「なんていうかこれ、残しておいてもいいって感じで残されてないッスか?」


「……?」


 すぐには彼女の言葉の意味を理解できず、僕は首を捻ってしまう。

 残しておいてもいいって感じ?

 するとプランはすぐにその意味を小声で説明してくれた。


「えっとですね、犯人は誰にも気付かれずに王宮に忍び込んだじゃないッスか。それなのに王都にいた証拠をたくさん残してるってことは、目的を達成さえすれば”後はどうでもいい”ってことなんじゃないッスか?」


「……後は、どうでもいい」


 プランの意見を聞き、僕はそれを要約してみる。


「つ、つまり、犯人の目的は本当にただお姫様を婆さんにすることだけで、それさえできれば後のことはどうでもいい……犯人として見つかって追いかけられても問題ないってことか?」


「は、はい、たぶんそうだと思いますッス。もし目的を果たした後も存在を知られたくないって思っていたら、徹底して手掛かりを消しているはずッスから」


 そこまでを聞き、ようやく僕は理解に至った。

 なるほどな。確かにプランの言う通り、これらの手掛かりは残しておいてもいいって感じで残されている。

 証拠隠滅にはあまり力を入れていないってことだ。

 犯人はただ、お姫様を婆さんにしたかっただけで、それさえ達成できれば後はどうでもいいらしい。

 その”どうでもいい”が、果たして”捕まってもいい”という諦め的なものなのか、それとも”見つかったところで返り討ちにできるからいい”ということを意味しているのかはわかんないけど。

 さすがにそれは考え過ぎだとして、とりあえず僕は目の前の櫛を見ながら呟いた。


「じゃあこれは、本当にただの忘れ物ってこと?」


「忘れ物ってことッスね」


 僕たちは超重要な手掛かりをゲットしたのだった。

 おじさんから持っていってもいいという了承を得たので、僕はその櫛を受け取る。

 そしてそれが済むと、宿屋のおじさんは弱ったように目を伏せた。


「私がお話しできるのはこれくらいまでなんですが……」


「はい。とても参考になりましたわ。協力のほど感謝いたします」


 それに対してババローナがお礼を言うと、おじさんは安心したように胸を撫で下ろした。

 宿屋を巡ることにしてよかった。

 これで一気に僕たちは、犯人へと近づけた。

 

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