第14話 「王都にやってきました」

  

 お姫様を婆さんにした犯人を捜すため、僕たちは王都に向かうことになった。

 おそらくそこにしか手掛かりがないと思われるので、仕方なく遠出をすることになる。

 もちろんその前に村の人たちにしばらく治療院を空けると話し、扉に休業中の札も掛けておいた。

 これで準備は完了。

 僕たちは王都ジャブジャブへと出発した。




 馬車に乗って王都を目指すこと五日。

 なんとか僕たちは目的地に到着することができた。

 よかった無事に着いて。

 ”なんとか”と言ったのには理由がある。

 馬車に乗っている間、『お尻が痛いですわ』とか『甘いお菓子はありませんの』とかお姫様が我儘を暴走させたのだ。

 

 もしこれが愛らしい少女や美人なお姉さんだったら、可愛い我儘ということで水に流すこともできたと思う。

 しかし今一度思い出してほしい。

 ババローナ姫は現在、六十歳前後の婆さんになっているということを。

 マジで馬車から放り出そうと思った。

 しかし鋼のような精神で怒りを鎮め、僕たちは無事に王都に辿り着いたというわけだ。

 

「あぁ、懐かしきワタクシの故郷。帰ってきたって感じがしますわ」


 王都に到着して早々、ババローナは豊かな町を見渡して感慨に浸る。

 行く前は大層嫌な顔をしていた彼女だが、実際に帰ってくると何か感じるものがあるらしい。

 そんなババローナの姿を見ていた僕は、特に何も考えず声を掛けた。


「じゃあこのまま親父さんに顔でも見せに行ったらどうだ?」


 めっちゃ心配してそうだし。

 するとババローナはこちらを振り向いて激しくかぶりを振った。


「それはダメですの。お父様はワタクシの顔を見た瞬間、きっと力強く捕まえて放しませんわ」


「別にそれくらいいいじゃねえか。いっそこのまま王宮に帰って、ゆっくり休んだ方がいいと思うぞ? もう結構歳なんだから」


「ワタクシはまだ二十歳だと言ったはずですわよ!」


 そういえばそうだった。

 このシワシワの顔で僕と同い年だったのだ。

 改めてそのことを理解すると、ババローナは鋭い視線を僕に送り、さらに言葉を続けた。


「それにここで王宮に帰ってしまったら、あなたが最後まで依頼を全うしてくれるかわかりませんもの。最後まで自分の目で見届けなくてはなりませんわ」


「……そうですか」


 つまりは監視ということである。

 僕がちゃんと犯人捜しをしてくれるかどうか、一緒について行かないと不安なのだろう。

 まあ確かにお姫様の目がなければ、ばっくれる可能性だってないこともない。

 それに自分の手で犯人を捕まえたいという欲もあって、お姫様は僕たちに同行しているのだ。

 なら仕方がないと思って、僕たちは四人で犯人捜しをすることにした。

 

 ちなみにお姫様はフードを目深まで被って顔を隠している。

 王都の人間になるべく顔を見られたくないのだろう。

 同様にプランとアメリアも同じような格好をしていて、なんだか怪しい集団のようになっていた。

 やっぱり逆に目立ってるぞこれ。


「まあとりあえず犯人の手掛かりでも探してみるか」


「はいッス! で、どこをどう探すつもりッスかノンさん?」


「ん~と……」


 改めてプランに問われ、僕は答える。


「まずは無難に宿屋だろうな」


「えっ、宿屋ッスか?」


「うん。だって犯人は王都でお姫様のお誕生日会の一般開放時間を知ったんだろ? なら宿をとって王都内に潜んでいた可能性が高いんじゃないのか?」


 というか外部の人間なら宿くらいはとっているだろう。

 そう思って提案してみると、アメリアから意見された。


「王都の住人が犯人という可能性はないのか?」


「まあ、ないこともないだろうけど、他所から来た奴が王都に潜んで、お姫様を陥れるチャンスを窺っていた可能性の方が高いんじゃないか。何より王都の住人が犯人だった場合、僕らじゃ調べようもないだろ」


「あっ、それもそうだな」


 アメリアは納得したように頷く。

 確かに彼女の言う通り、王都の住人が犯人という可能性も充分にある。

 むしろお姫様の誕生日会に潜入したなら、そちらの方が可能性は高いだろう。

 しかし僕たちにできることは限られているのだ。

 もし仮に王都の住人が犯人だとしても、僕たちはそれを調べる術を持ち合わせていない。

 だからできることからやっていくしかないのである。

 その一つ目が、王都内にある宿屋の調査。

 外部の人間が犯人だとしたら、王都で宿をとっていたかもしれないからな。


「では、王都にある宿屋をすべて調べて、お誕生日会の前に怪しい人物が宿を借りていたとしたら……」


「まず間違いなくこの事件の犯人だろうな。まあ、そんなに都合よく見つかるとは思えないけど、それで足取りが掴めないか確かめてみようぜ」


 希望的観測に基づいて、僕たちは宿屋の調査を行うことにした。




 宿屋の調査をすること三件目。

 さすがにこれだけで犯人の手掛かりが見つかるとは思っていなかったのだが……


「あぁ、いたよ。怪しい人」


「えっ、マジ?」


 まさかの超あっさり見つかってしまった。

 宿屋のおじさんを前に、僕たちは揃って唖然としてしまう。

 いくらなんでも簡単に見つかり過ぎだろ。

 王宮に忍び込むほどの腕を持っているのに、変なところで手掛かりを残しているな。

 いやでも、その怪しい人が本当に犯人なのかどうかはまだわからな……


「一ヶ月……いや、二ヶ月くらい前だったかな? 一人のお客さんが部屋を長期間で借りたんだよ。まあそれ自体は別に珍しいことでもないんだけど、その人の仕草や格好がかなり怪しくてね、私もよく覚えているよ」


「そ、その人って、今はどこにいるかわかりませんか?」


「さあねぇ。宿を借り終わった後のことは何も知らないよ。あっ、でもその人、二週間くらい前に部屋を出ていって、それからぱったり町の中でも見掛けなくなってしまったよ。ちょうどババローナ姫様のお誕生日会があった日からだね」


「……」


 絶対その人じゃん。

 僕は迷わず確信を持った。

 お姫様の誕生日会の日に宿を出て、それから町で見掛けなくなった。

 仕草や格好もおかしかったらしいので、もうその人が犯人としか思えない。

 そう思ったのは僕だけじゃないらしく、プランとアメリアが顔を寄せて耳打ちをしてきた。


「これ、いきなり当たりじゃないッスか?」


「怖いくらい簡単に見つかってしまったな。この宿屋の主人からできる限りその人物の情報を聞き出した方がいいと思うぞ」


「あ、あぁ、それもそうだな」


 アメリアから意見を受けて、僕はすかさずおじさんに質問をした。


「えっと、差し支えなければ教えていただきたいのですが、その怪しい人物の仕草や格好について、詳しくお話ししてはくださいませんか?」


 自然と声が先細りになる。

 犯人捜しのためとはいえ、宿屋の主人に対して不躾なことを聞いてしまった。

 その罪悪感から声が小さくなってしまい、その不安通りおじさんはかぶりを振った。


「ここまで言ってしまってなんだが、お客の情報はできる限り保護するのがルールになっている。申し訳ないけどこれ以上は話せないかな」


「そ、そこをなんとかお願いします」


「お願いしますって言われてもねぇ……その情報を君たちが何に使うのかおじさんはわからないからね。宿屋の悪い噂を流されても困るからさ、やっぱりこれ以上は……」


 申し訳なさそうに視線を逸らしてしまう。

 さすがに厳しいか。

 下手にお客の情報を流したりして、それが悪い噂に繋がったら宿屋に影響が出るからな。

 これ以上おじさんに話してもらうのは難しいかもしれない。

 しかし手掛かりはここにしかないし、引き下がるわけにもいかないんだけど。

 じゃあいったいどうすればいいんだ? と困り果てていると、不意に後方から一人の人物が出てきた。


「ちょっとよろしいかしら宿屋のご主人?」


「えっ?」


 フードを目深まで被り、顔を半分以上も隠しているババローナだ。

 彼女は僕たちの代わりに前に出ると、懐から何かを取り出し、それをおじさんに見せながら言った。


「これを見ても、まだ快く教えてはいただけないのでしょうか?」


「……?」


 きらりと光るそれは、治療院で自己紹介をした時に僕に見せてきた硬貨だった。

 確か、光にかざすとご先祖様の顔が浮かび上がってくる、王家の証の徽章だっけ?

 にわかにそう思い出していると、それを見せられたおじさんが、目に見えて血相を変えた。


「こ、これは、王家の者だけが持つことを許されている徽章っ!? なな、なぜあなたが……」


「少しゴージャスワン家の方と親交がありますのよ。この調査はその王家にも関わる重大なことなので、できればお話ししていただきたいのですが」


 ババローナはにこりと微笑む。

 対しておじさんは徽章を見つめながら唖然とし、石のように固まってしまった。

 徽章って結構ポピュラーなものなのかな?

 田舎者の僕なんかは見てもさっぱりわかんなかったんだけど、王都の人が見たらすぐにその価値がわかるのだろうか?

 それはそれとして、なんかお姫様のこの爽やかな笑顔、どこかで見たことがあるような……

 それが僕を脅してきた時とまったく同じ顔だったことを思い出した瞬間、宿屋のおじさんは僕以上に動揺しながら頭を下げた。


「と、とんだご無礼をいたしました! もちろんすべてをお話しさせていただきます! 何なりとお聞きくださいませ!」


「無茶を言ってしまって申し訳ありませんわね。けれど必ずやあなたからの情報を役に立ててみせますから、どうかご安心ください」


 ババローナのおかげで、宿屋のおじさんから情報を聞き出せることになった。

 とりあえずこれで手掛かりは掴めそうだな。

 にしてもババローナの奴、あまりその姿で王都の人と接したくはないだろうに。

 だからこそ僕たちの後ろで小さく縮こまっていたのに、無理を押して助け舟を出してくれるとは。

 我儘な婆さんって思って悪かった。僕は人知れずババローナの後ろで手刀を切った。

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