第13話 「千載一遇」

 

 この依頼はかなり面倒くさいものになる。

 その予感は的中し、最終的にはババローナを陥れた犯人を捕まえることになった。

 ステータスに表示されない状態異常を扱う力。

 おまけにお姫様の寝室に忍び込む能力。

 それらの力を持っている犯人を果たして捕まえられるかどうか。


「確かにそれしかなさそうですわね。もう誰も治し方がわからないとすれば、犯人に直接聞く以外にはありませんわ」


 僕の意見を聞いたババローナは、心底納得したように頷いていた。

 同じようにアメリアも理解したような顔をしていて、僕はほっと一安心する。

 これでとりあえずの解決策はまとまったかな。

 と、思いきや……

 不意にプランが顔を近づけて、僕にぼそっと耳打ちをしてきた。


「ノンさんノンさん、またいつもの癖が出てますッスよ」


「えっ?」


「ノンさんが頼まれたのは治療の依頼だけッス。犯人捜しまでは依頼されていません」


 そう言われて、はっと気付かされる。

 そういえばそうだな。

 お姫様が僕に頼んだのは、元の姿に戻してほしいという依頼だけ。

 それはつまり回復魔法の範囲だけで治せるなら治してほしいということであって、犯人確保までは頼まれた覚えがない。

 まあ、犯人を捕まえて治療方法を聞き出すまでが、治療の依頼に含まれるなら話は別だが。

 しかしそれを判断するのも僕の方だ。

 そして今、僕は無意識のうちに犯人捜しまで受け持とうとしていた。

 プランはそれを見かねて指摘をしてくれたのだ。


「ノンさんがやりたいなら別に止めはしないッスけど、いつもそうやって関係のないことにまで首を突っ込んで、自分から痛い目を見に行ってるんスよ。やりたくない時はやりたくないって言った方がいいんじゃないッスか?」


「まあ、確かにそれもそうだな」


 ”治療の依頼”と”犯人捜し”は別の問題。

 だからやりたくなければやりたくないと言った方がいいのだ。

 というプランの忠告を聞き、僕はこくこくと納得を示す。

 ていうか、お前の依頼の時もそうだったんだけどな。

 それに他の依頼の時も、まるで常套句のように『乗り掛かった舟だしな』と言って面倒な事まで引き受け続けてきた。

 結果的にそれで自らの首を絞めていたので、今回は冷静になって依頼を流したいと思う。

 その決意の下、僕はババ姫様に声を掛けた。


「えっとその、ババローナ様?」


「んっ? なんですの?」


「とりあえず治療方法も決まったことだし、これは一度王都に持ち帰って、そっちで解決した方がいいんじゃないですかね?」


「……?」


 唐突な提案に、当然お姫様は疑問符を浮かべる。

 だから僕は言葉を重ねて彼女を説得しようとした。


「ほら、犯人がいることもわかりましたし、こういう依頼は冒険者とかに頼んだ方がいいんじゃないのかなって?」


 そっちの方が成功する確率は高いし、何より向こうの方が専門分野だろう。

 怪我や毒を治療するのは治癒師の役目。

 そして犯罪者を取り締まるのは冒険者の役目だ。

 犯人を捕まえるだけなら治癒師である必要はないし、このことを冒険者たちに公表して犯人捜しをさせれば、もっと早く見つかるはず。

 そう思っての提案を出してみたのだが、お姫様はぶんぶんとかぶりを振った。


「そ、それはダメですの! そんなことをしたらワタクシが老婆になったことが全国にバレてしまいますわ!」


「いや、そんなこと言ってる場合でもないだろ。お姫様を陥れた重罪人がいるなら、然るべき人たちに対処を任せた方が……」


「いいえダメですの。ワタクシの美貌がどれだけの憧れを集めているのか、あなたはご存知ないのでしょう。王都でこのことを打ち明けて大々的に犯人捜しを始めたら、ワタクシの醜い姿が周知されてしまいますわ。もし愉快犯による犯行なら、それこそ相手の思うツボですの」


 続いてババローナは、拳を握りしめて力強く言う。


「それにそこらの冒険者に頼むより、勇者パーティーで回復役をしていたゼノン様に頼む方が断然いいですわ。これだけは譲れませんの」


 そう言われてしまい、僕は何も言い返すことができなかった。

 冒険者よりも頼りになるとはさすがに思えないんだけど。

 しかしそこまで言われてしまっては無下にもできない。

 このお姫様の様子を見ていて、最初から断れるだなんて思ってなかったし。

 それに莫大な報酬金額も提示されていることだし、最後までこのお姫様に付き合ってやる。

 僕は仕方なく犯人捜しまで受け持つことにした。

 けどまあ……


「はぁ、わかったよ。なら僕が犯人捜しもやってやる」


「ホ、ホントですの!? それはとても心づよ……」


「ただしっ!」


 僕はババローナの声を遮り、指を二本立てて言った。


「報酬金額はガルズに値上げだ」


「――っ!?」


「ちゃっかりしてるッスノンさん!」


 ババローナはその提案を聞き、ぐぬぬっと歯を食いしばった。

 僕はもう学んだのである。

 確かにプランの言う通り、今までは『乗り掛かった舟』として色んな厄介事に巻き込まれてきた。

 しかしそれも相応の対価が得られるのであれば話は別だ。

 僕はこの機会を千載一遇のチャンスに変えてやる。

 もうタダでは厄介事に巻き込まれたりしないぞ。

 もらえるものがあるなら遠慮せずにもらう。

 そう思って値上げの交渉に出ると、ババローナはしばし唸った後、渋々といった様子で頷きを返した。


「わ、わかりましたわ。元の姿を取り戻すためですもの。お小遣いの三分の二を支払っても悔いはありませんわ」


 報酬金額が2000万ガルズにアップした。

 そのことに喜びを隠せず、つい頬がにやけてしまう。

 同様にアルバイトのプランとアメリアも、僕の後ろでこっそりガッツポーズをしていた。

 すると不意に二人が僕に耳打ちをしてくる。


「よし、よくやったぞノン」


「この調子で行けば、2500万ガルズまでは余裕で行けるッスね」


「おう」


「ちょ、ワタクシのお小遣いがほとんどなくなってしまうではありませんか!」


 聞こえていたようで、お姫様は厳しいツッコミを入れてきた。

 さて、茶番は終わりにして……


「じゃあまあ、改めて犯人を捜すことになったわけだけど、まずはその犯人をどうやって捜すかだ」


 それについて決めないことには何も始まらない。

 というかそれが今回の件で最も難所となる部分だろう。

 いったいどうやってババローナを婆さんにした犯人を見つけ出すか。

 まずはヒントも何もない状態なので、改めてお姫様に尋ねてみた。


「お姫様は犯人に心当たりとかないのか?」


「いえだから、先ほども言いましたように誰かに老婆にさせられる覚えは微塵もありませんわよ」


 先刻と同じ答えを返してくる。

 まあそうだよな。

 犯人に心当たりがあったら、そもそも婆さんになった時点でその人物を怪しんでるはずだもんな。

 それにお姫様という立場上、知らないところで勝手に恨まれたり妬まれたりというのは少なからずあるだろう。

 とすれば、誰がお姫様を襲ってもおかしくはないってことだ。

 やはり動機だけで犯人の特定は難しいと思い、次に僕は犯人の手掛かりになるかもしれないことを言った。


「じゃあ、どうやって犯人がお姫様の寝室まで侵入したのか考えてみるか。その方法がわかれば、それが犯人特定のカギに繋がるかもしれないからな」


 例えばプランのように隠密系のスキルを持っているとしたら、王宮に忍び込めた理由も説明がつく。

 ましてや警備厳重の王宮に侵入できるほどの使い手なら、それだけで犯人の特定が可能だ。

 凄腕の暗殺者とか盗賊とか、そういう連中を当たっていけば自ずと犯人に辿り着けるはず。

 と思っていたのだが、またしてもお姫様はかぶりを振った。


「これも先ほど言いましたが、王宮は厳重な警備に守られていて簡単には侵入できませんわよ。たとえ凄腕の暗殺者がいたとしても、うちの警備兵は選りすぐりのエリートたちばかりですので、確実に捕縛されているはずですわ」


「でも、お姫様が眠っている間に犯行があったってことは、犯人は真夜中に侵入してきたってことだよな。夜間は警備が手薄になっていて、その隙を狙われたんじゃ……」


 と、一抹の可能性を話してみると、ババローナは心底呆れたように返してきた。


「王や姫が寝静まった後ですのよ。むしろその時間帯が一番警備が厳重になるに決まってるじゃないですか」


「あぁ、そうなんすか」


 失礼しました。

 しかし言われてみれば、確かに夜間の方が警備が厳重になるはず。

 あえてその鉄壁の中で侵入を試みるのはかなり命知らずだな。

 では、いったいどのようにしてお姫様の寝込みを襲ったというのだろうか?

 と再び同じ疑問を浮かべていると、不意に傍らからプランの声が上がった。


「ということは、お姫様が眠る前から寝室に潜んでいたんじゃないッスか?」


「「えっ?」」


 僕とババローナの疑問の視線がプランに向けられる。

 するとプランは自分で言ったことの意味を丁寧に説明してくれた。


「警備が厳重になる夜間より前に、予めお姫様の寝室に隠れておくんス。それでお姫様が眠った後に犯行に及んで、王宮から逃げたんじゃないッスか?」


「予め、か。まあ確かにそれなら、夜間に侵入するよりかは簡単だと思うけど……」


「けれどそもそも日中の警備を掻い潜るのだって、一流の怪盗でも不可能に近いんですのよ。それで予めワタクシのお部屋に隠れておくなんて……」


 無理に決まっていますわ、とババローナから返されてしまう。

 僕もそう思って疑問符を浮かべ続けていると、プランは確信を持った様子でさらに返した。


「でもほら、お姫様がお婆さんになる少し前に、いつもと違うことがあったんじゃないッスか?」


「えっ? いつもと違うこと?」


「ほらあれッスよ。お誕生日会」


 そう言われ、僕たちは思わずはっとする。

 それに畳み掛けるようにプランは続けた。


「たくさんの人たちを招待したって言ってたじゃないッスか。それってもしかして”一般の人”でも出入りが自由だったんじゃないッスか?」


「は、はい。常時出入りが可能というわけではなく、午後に一般開放の時間を設けていましたわ」


「なら、その一般開放の時間を利用して、犯人は王宮に忍び込んだんだと思いますッスよ。後はどうにかしてお姫様の部屋に隠れるだけなので、一般開放の時間さえわかればそこまで犯行は難しくないッス」


 それを聞いて、僕たちは揃って納得の声を漏らした。

 なるほどな。

 確かにそれなら王宮に忍び込む難易度は比較的に緩くなるだろう。

 後はお姫様の部屋に隠れるだけなので、難所はそれくらいだろうか。

 そこをクリアしてしまえば、残るは静かに就寝を待ち、犯行に及ぶだけ。

 犯人はその後、お姫様のババア化の騒ぎなどに乗じて逃げ出せば完全犯罪成立。

 問題は、どこでお誕生日会の一般開放の時間を知ったかだな。


「一般開放の時間っていうのは、結構広い範囲で告知していたのか?」


「いいえ。遠くの方々にお知らせしても、指定した時間に来られないかと思いましたので、基本的には王都だけに限定しましたわ」


「となると犯人は、王都でお誕生日会の一般開放時間を知ったってことだよな」


 というかそれ以外にないだろう。

 ならば犯人の手掛かりは王都に残されている可能性が高く、他に目ぼしい場所はない。

 ということは……


「これは一度、王都に行ってみた方が良さそうだな」


「えっ!?」


「犯人の手掛かりが残ってそうな場所は他にないだろうし、何よりここで話をしてるだけじゃ犯人は特定できないだろ。というか事件が起きた場所は王宮なんだし、犯人探しをするなら避けては通れない道だろ」


 そう言うとババローナは、口を開けて唖然とした。

 せっかく王都を飛び出して治癒師探しをしていたのに、結局また戻ることになるのだからそれは嫌だろうな。

 町の人にはなるべく姿を見られたくないだろうし、お姫様だとバレたら王宮に連れ戻されてしまう。

 しかし王都以外に手掛かりはなさそうなので、とりあえず行ってみることにしよう。

 というわけで僕たちは、犯人捜しのために一度王都に向かうことにした。


「なんか本格的な捜査っぽくなってきて、テンション上がりますッスね」


「いや上がんねえよ」


 王都まで行くとかかなり面倒くさいだろ。

 それに自分で言っておいてなんだが、この犯人捜しは計画性がなさすぎる。

 ここまで無計画で本当に大丈夫なんだろうか。

 けれど夢の2000万ガルズのために、僕は致し方ない決定を下したのだった。

 

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