第12話 「原因」
ババアの策略に見事完敗し、依頼を受諾した後。
冷めていたお茶を淹れなおして、僕たちは改めて話をすることにした。
具体的にはババローナの治療をするために、原因究明を急ぐことにする。
そのはずだったんだけど、依然として僕はやる気が起きずにいた。
やばい、面倒くさい。そもそも治療できる気がしない。
こんな状態異常見たことねえもん。
「まさか勇者パーティーで回復役をしていたゼノン様に治療していただけるなんて、とっても心強いですわ。改めましてよろしくお願いいたします」
「……」
一方で婆さんは、僕が依頼を受けると言ってから終始笑みを浮かべていた。
このババア。
今さらどの口がゼノン様とか言ってんだ。
僕のことを初見で庶民呼ばわりしたり、しまいにはあんな脅しを仕掛けてきたくせに。
僕はババアの憎たらしい視線を受けながら、思わずため息を零した。
「はぁ、なんでこんなことに……」
「まあまあ、そんなに気を落とさないでくださいませ。少し脅迫のようなことをしてしまったのは事実ですが、依頼料に関しましては嘘ではありませんから。無事に成功した暁には1500万ガルズをお支払いいたしますわよ」
それを聞いて、そういえばそうだったと思い出す。
このお姫様は依頼の成功報酬として、お小遣いの半分を提示していたのだった。
その額、なんと1500万ガルズ。
改めてそれを受け取れるとわかった僕は、徐々に笑顔を復活させた。
そっか、そうだよな。
この依頼は確かに面倒くさいけど、そこまでの大金がもらえるならやる価値は充分にある。
家具の購入でそこそこのお金が出ていってしまったし、ここでドカンと稼いでおくのも悪くはない。
そうすればしばらくは自堕落な生活が……いや、のんびりとした暮らしができるではないか。
およそ僕の千日分の給料と同じ金額……
「よし、それじゃあさっそくババ姫様の治療をするために、まずは原因を突き止めるぞ」
「ちょ、そのババ姫様という略し方はやめていただけないかしら? なんだか定着しそうで怖いですわ」
僕の発言に対し、ババローナは顔を青くする。
そんな彼女に今一度尋ねてみた。
「まず、どうしてババ姫様がババア化したかについてだけど、何か心当たりはあるか?」
すると彼女は”ババア”のところに一瞬反応しそうになったけれど、寸前のところで堪える。
そして冷静な様子で質問に答えてくれた。
「それがまったくありませんのよ。先ほども言ったように、お誕生日会が終わったすぐ後に眠ってしまって、目が覚めたらこうなっていましたのよ」
それを聞き、僕はこくこくと頷く。
そこまでは聞いていた情報と同じである。
寝て起きたらババアになっていたと。
そしてお姫様自身に心当たりがないとすると、眠る前に何かが起きた様子もなさそうだ。
「なら、眠っていた間に何かが起きたって考えるのが自然だよな。急激に老ける何かが眠っている間に起きて、ババ姫様には心当たりがないと」
それなら話の筋が通っている。
では、眠っている間に何が起きたというのか。
超絶な美貌で周囲を騒がしていた二十歳のお姫様が、突然六十歳近くまで老ける出来事。
そんなものは簡単に思いつくはずもなく、僕らはしばし考え込む。
すると一番最初にプランが、「はいっ!」と言って手を上げた。
「めちゃくちゃ怖い夢を見たとかじゃないッスか? それで恐怖のあまり老けてしまったとか?」
「なんか安直だな。ていうか、そこまでの悪夢を見たならお姫様が覚えてるはずだし、何より四十歳近く老ける悪夢なんて見たら、その前にこの婆さんショックで死んじゃうだろ」
「あぁ、それもそうッスね」
すぐにその案は却下される。
まあ、記憶がなくなるくらい怖い夢を見たならその可能性もなくはないが、それにしたってこの婆さんは元気すぎるんじゃないのか?
もし悪夢を見たとしたならもっと精神的に疲れているはず。
ていうかそもそも悪夢を見て本当に歳を取るとは思えない。
という理由でプランの案を蹴ると、次にアメリアがすっと手を上げた。
「実は一夜ではなく四十年近く眠っていたとかではないか?」
「はっ? 何言ってんのお前?」
「いや、たった一晩寝たくらいでここまで老けることはまずないであろう? ならば本当に四十年近く眠り続けて目を覚ましたのではないか?」
なんか不思議なことを言い始めたアメリア。
その姿を呆然と眺めていると、同様にお姫様もきょとんと目を丸くして固まっていた。
そういえばババローナの前でアメリアが喋ったのは初めてか。
幼い少女の姿で固い喋り方をしていて、大層驚いているのだろう。
プランとアメリアについてはただのアルバイトとしか説明してないからな。
それはとりあえず置いておき、僕はアメリアの案に対してかぶりを振った。
「それならこいつの親父さんがそのままなのはどう考えてもおかしいだろ。本当に四十年近く眠っていたとしたら、こいつの親父さんだってとっくにぽっくり逝ってるはずだろ」
何より周囲の人間たちにだって変化が生じるはず。
という理由でアメリアの案を否定すると、彼女は再びふむと考えに浸った。
今のような突飛な案しか出ないなら、いくら考えても無駄だと思うんだけど。
しかしまあ、非現実的な線で考えるのは案外面白い。
それにあながち的外れというわけでもないしな。
というわけで僕も、一度そっちの線でババローナが老けた理由を考えてみることにした。
「実は元からこういう顔だったんじゃないのか?」
「はいっ?」
「二十歳の誕生日を迎えたことで目が覚めて、本当の自分の姿がわかるようになったとか?」
アメリアに続いて不思議なことを言うと、当然ババ姫様は首を傾げた。
「いや、何を言ってますのあなたは? それなら周りの人たちがワタクシのことを美しいと褒めたりするのはおかしいではありませんか」
予想していた返しを受けてしまう。
まあ、確かにそれもそうなんだけど。
しかしこの案にはまだ続きがあった。
「実はお姫様は生まれながらにしてブサイクで、それを可哀想だと思った親御さんが、お姫様に盲目の魔法を掛けた。それで周りの人たちも話を合わせて、ブサイクなお姫様を美人に仕立て上げていた……的な?」
「ちょ、それは本当に怖いのでやめてくださいませ」
先刻よりもサアッと青ざめるババローナ姫。
と、冗談はここまでにしておいて。
僕は真面目な考察を話すことにした。
「じゃあもう、ババ姫様が寝ている間に、誰かに何かをされたくらいしか思いつかないよな」
「えっ?」
それを聞いて、ババローナ姫は目を丸くする。
今のだけでは説明が不十分だったようなので、僕は言葉数を増やして言い改めることにした。
「自然に起きたことじゃないなら、後はもう人為的なものと考えるしかないだろ。眠っている間に誰かに何かをされて、よぼよぼの老婆にされたんだ」
もうそれくらいしか思いつかない。
その考察を話してみると、ババ姫様はしばし困惑したように硬直していた。
すぐに理解できないのも無理はないな。
まさか自分が寝ている間に何かをされていただなんて、悪夢を見るよりも恐ろしくて信じたくはないだろう。
だから僕はお姫様の気持ちが落ち着くまで待つことにして、やがて彼女はかぶりを振りながら叫びを上げた。
「ワ、ワタクシ、誰かから恨みを買うような覚えはまったくありませんわ!」
「いや、それは絶対に嘘だろ」
と返すと、ババローナはギロッと鋭い視線を送ってきた。
こいつ、自分のこの性格で誰からも恨まれてないとでも思ってたのか。
ていうかそれが信じられなくてずっと固まってたのかよ。
心配して損した、と思っていると、ババローナは変わらずかぶりを振りながら続けた。
「そ、それにしたって、目的がまるで見えませんの。もしワタクシに恨みがあって老婆にしたのなら、そんな回りくどいことはせずいっそ殺してしまった方が早いのではなくて? 何より警備万全な王宮に忍び込めるとはとても思えませんし、人の手でこんなことができるとは考えられませんわ」
「まあ、うん、確かにそれもそうなんだけど……」
僕は自分の考えの正しさを示すように姫に返答した。
「婆さんを殺さなかった方の理由についてはいくらか推測できる。あえてババ姫様を生かすことで、向こうが得をしているんじゃないのか?」
「えっ?」
疑問符を浮かべるお姫様に、僕は説明を重ねた。
「例えばそれは、身代金目当ての犯行とか」
「身代金?」
「『お姫様の姿を元に戻してほしかったら、3億ガルズ用意しろ!』みたいな」
それならババローナをババア化した説明もつく。
もしババローナをババアにした犯人がいるとしたら、犯行の理由は身代金の可能性が高い。
こいつはこれでもお姫様だからな。
おまけに彼女は自らの美貌に酔っている節があるので、ババア化したらとても良い交渉材料になる。
そう思って身代金目当ての可能性を話してみると、ババローナは変わらずかぶりを振った。
「で、ですが、いまだに音沙汰はありませんわよ。ワタクシがこの姿になってから、およそ二週間ほど経ちますというのに」
「うん。だからたぶんこれは違うと思う。お姫様の美貌を人質に身代金交渉をするつもりなら、もっと早くアクションを起こすはずだし、何よりお姫様本人を攫った方が材料としては確実だろ」
だから身代金目的の犯行ではないと思われる。
自分で自分の意見を否定した僕は、続いてパッと思いついた可能性を言ってみた。
「もしかしたら美しいお姫様が醜い姿になったのを見て、こっそり楽しんでいる愉快犯かもしれないな」
「えっ!?」
「まあ、その可能性はおそらくないだろうけど」
愉快犯にしてはお姫様のことを泳がせすぎだし、何よりリスクとリターンが釣り合わない気がする。
王宮に忍び込んでまで得られる楽しさがお姫様のババアフェイスだけでは、さすがに命知らずすぎる。
じゃあ犯人はどうしてババローナをババアにしたのだろうか?
という皆の疑念を感じ取り、僕は改めて言った。
「とにかく、相手の動機については知りようもないけど、誰かしらの犯行って可能性は充分にあるよ。となれば、自ずとお姫様の”治療方法”も決まってくる」
「えっ? そ、それはどういうことですの?」
お姫様と同様、プランとアメリアの疑問の視線も集中する。
この治療法のわからない状態異常。
ババローナを元の姿に戻すためには、もうこれしかない。
「お姫様を老婆に変えた犯人を捕まえて、直接治療法を聞き出す。それしかないだろ」
かなり面倒くさいけれど、僕はそういう結論を出したのだった。
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