第11話 「お姫様の計略」
喉に刺さった魚の小骨を取り払ったように、お姫様はすっきりとした顔をしている。
そして先ほどに続いて、次々と僕に関する記憶を呼び起こし始めた。
「え~と確か、勇者パーティーで回復役をなさっていた……ゼノン様! 記憶が正しければそんな名前でしたわ! 青髪の勇者様やその他のお仲間たちの面倒をせわしなく見ていて、気の毒だと思ってましたもの!」
「……」
……ほっとけ。
祝賀会での苦い思い出を刺激され、思わず僕はしかめっ面になる。
確かにあの時は祝宴ではしゃいでいるマリンたちをなだめたりして、色々と世話を見ていた。
けれど今はそのことをほじくり返さないでくれ。
勇者パーティーを追い出された時のトラウマが蘇るから。
人知れず過去の出来事に苦悩していると、お姫様はそれに構わずぐいぐいと質問をしてきた。
「どうしてこんなところに勇者パーティーの回復役ゼノン様がいらっしゃいますの? 他のパーティーメンバーの方々はどうしたのですか?」
「ひ、ひひ、人違いじゃないですかね? 僕はただ田舎村で治療院を開いているだけのノンですよ」
「いいえ、そんな誤魔化しをしても無駄ですのよ。あなたは間違いなく勇者パーティーで回復役をなさっていたゼノン様ですわ」
下手な誤魔化しでは通用しないようだ。
しかしここはなんとしてもシラを切り続けるぞ。
僕が勇者パーティーの元回復役ゼノンだとバレてしまったら、確実に面倒な事になってしまう。
そう危惧して知らん顔を貫き続けるが、依然としてお姫様は僕をゼノンだと疑わなかった。
「ワタクシ一度見た人の顔は決して忘れませんもの。それに先ほどあなた、『応急師』の天職を持っていると自分で言っていたではありませんか。ゼノン様もまったく同じ天職を宿していると聞きます。それが何よりの証拠ですわ」
「い、いや、応急師の天職なんてそんなに珍しいわけでもないし、勇者パーティーで回復役をしていたゼノン以外にも持っている人がいたっておかしくないだろ」
「では、『高速の癒し手』という通り名についてはどう説明しますの? 確かゼノン様もまったく同じ通り名で呼ばれていて、あなたと丸被りしているではありませんか」
「そ、それは本当に、町の人たちが勝手に呼んでるだけで、たまたま被っちゃったというか……」
事実も交えて否定してみるが、お姫様は決して譲らない。
「それにしたって顔が似すぎていますわ。ていうかこれは確実に本人ですわ。あの勇者パーティーの女性たちの尻に敷かれていた、地味で冴えない感じの気の毒な青年! 忘れもいたしません!」
「……」
余計なお世話だっつーの。
地味で冴えない感じの青年で悪かったな。
ていうか、別にあいつらの尻に敷かれてなんかない。
僕はただ世話好きというだけで、あいつらに逆らえなかったわけじゃないんだからな。
なんて言い訳を心中で垂れ流しながら、僕はこれ以上耐え切れなくなり、思わず憤慨してしまった。
「あぁ、もう! そうだよ! 僕が勇者パーティーで回復役をしていたゼノンだよ! で、だからどうしたんだ!? 僕がゼノンだからってどうということでもないだろ!? いいからお姫様はさっさと帰ってくれ!」
「いいえ。ここにあの勇者パーティーの回復役、正真正銘の『高速の癒し手』さんがいるとわかった今、引き下がるわけにはいきませんわ。あなた以上に頼りになる治癒師さんは他にいませんもの」
勢いだけでどうにか帰ってもらおうとしたが、あえなく失敗。
このお姫様は自分で言った通り、本当にタダでは帰らないようだ。
次いで彼女は、僕が危惧した通りの行動に即座に移った。
「ゼノン様。どうかワタクシの体を元に戻す手助けをしてはくださいませんか? あなたほどのお力があれば、必ず治療の糸口が見つかるはずだと……」
「やだ。今すぐ帰れ」
「ちょ、まさかの即答ですの!? ていうかさっきから見過ごしていましたけれど、あなたワタクシに対して言葉遣いが汚くありませんか!? 姫に対する敬意がこれっぽっちも感じられませんわよ!」
「あんただってさっき僕のことを庶民呼ばわりして、頭を下げさせようとしてたじゃねえか! なのに今さら“ゼノン様”とか言われても嘘くさいんだよ!」
お姫様からのお願いを一刀両断にする。
その後僕たちはガルルッと獣のように互いを威嚇し合った。
ここで頷いてはダメだ。
この依頼は確実に面倒な香りをはらんでいる。
過去に何度も厄介な依頼を受けてきた僕だからこそわかってしまう。
絶対にこの依頼だけは受けないぞ。
固い意志でかぶりを振り続け、僕はお姫様を治療院から追い出そうとした。
その様子をプランとアメリアが不安そうに見守っているけれど、今は周りの目なんて気にしていられない。
いっそこのお姫様を張り倒してでも……
「……どうしても、引き受けてはいただけないんですの?」
「えっ?」
不意にババローナ姫が顔を伏せ、静かな声を漏らした。
唐突な態度の変化に、当然僕は疑問を覚えたが、すかさずこくこくと頷きを返す。
「だから、そうだって何度も言ってるじゃねえか。僕はこの依頼を受けないよ。だからさっさと帰ってくれ」
ボケが始まったのかこの婆さん?
そう思いながら再び帰宅を促すと、なんとお姫様はすっかり冷静になった顔を上げて言った。
「そうですの。ならワタクシはここで失礼させてもらいますわね」
「……?」
本当にどうしたんだ突然?
ついさっきまで獣のように唸っていたくせに、急に静かになっちゃって。
しかし、これで帰ってもらえるなら好都合。
そうすればこの人の依頼を受ける必要もなくなるし、万事解決。
そう内心でほくそ笑んでいると、出口に向かっていたお姫様が不意に立ち止まり、物凄く爽やかな笑顔をこちらに向けて言った。
「あぁ、そうそう。ここの治療院のことは、第一王女であるワタクシが大々的に宣伝して差し上げますので、どうかご安心ください」
「えっ……」
「とても良い対応をしてくださり、治癒師の腕も確かだと大陸全土に伝えてみせますわ」
そう言ってにこりと微笑むお姫様。
対して僕は彼女の言った意味をすぐに理解できず、しばし呆然としてしまった。
大々的に宣伝? この治療院のことを?
なんでこのお姫様は突然そんなことを言い出したんだ?
そしてなんなんだよその春風のように爽やかな笑顔は。
と、そこで僕は、ようやく彼女の真意に気が付く。
このお姫様、もしかしなくても僕のことを脅しているのだ。
このまま自分を帰したら、ノンプラン治療院のことを大々的に宣伝するぞと。
一見するとそれは、何の脅しにもなっていないように聞こえるかもしれない。
むしろ普通の治療院や店にとってはこの上ないほど良いことである。
けれど僕にとってそれは、首筋にナイフを当てられるよりも恐ろしい脅しだ。
なぜなら僕は静かに暮らすために、わざわざこの田舎村で治療院を開いたのだから。
それをお姫様に宣伝なんてしてもらったら、静かに暮らすどころではなくなってしまう。
姫が一声を上げるだけで、およそ千単位の人間が動くと考えた方がいい。
それはつまり、トトロロ治療院で味わった以上の行列が、絶え間なく続くということになる。
恐ろしい事実がわかり、僕は額に玉のような冷や汗を滲ませる。
対してお姫様は僕のその姿を見て、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
これはやばい。なんとかしなくては。
「あっ、いや、ちょっと待ってくださいお姫様。僕は別に良い対応をした記憶なんてないですし、何よりお姫様の期待に応えることができなかったので、宣伝はしなくてもいいかと……」
「いえいえ、そんなに遠慮なさらないでくださいよ。ワタクシもよくしてもらった治療院のために助力したいと思っていますのよ。すこ~し声を大きくして『あの村にはなかなか良い治療院がありますのよ』と言うだけですから」
オホホッとわざとらしい笑い声を漏らすババローナ。
憎たらしい奴のその姿を見て、僕は思わず歯を食いしばった。
先ほどうっかり口を滑らせていなければこんなことには……
どうしてこの田舎村で治療院を開いているのか、正直に答えなければよかったんだ。
そうすればここで治療院を開いている理由もバレず、逆手に取られることもなかったのに。
今さらながらの後悔に胸を痛めていると、お姫様の上機嫌な声が続いた。
「まあ、ワタクシの声程度でどれだけの人々が動くかはわかりませんし、ワタクシ自身もこの姿ではまだ表に出ることはできません。ですがこの治療院のためを思えば、このババローナ、老婆の姿であろうと必ずやあなたの治療院を世界中に宣伝してみせますわ。きっと今までにないくらいの怪我人たちがここに押し寄せて、あなたの治療を受けに来るはずですわよ。治癒師にとってこれ以上嬉しいことはないのではなくて?」
「ぐ、ぬぬっ……」
何も言い返せずただ歯を鳴らす。
すると奴は、最後に”うふっ”と微笑んで、ウェーブの掛かった白髪を靡かせながら立ち去ろうとした。
「それではごきげんよう高速の癒し手さん。今日から発声練習を頑張って、宣伝の準備をいたしますわね」
「ちょちょ、ちょっと待った! やっぱり依頼受けさせてくださいっ!!!」
僕はお姫様の脅しに屈してしまった。
……このババアいつか張り倒す。
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