第9話 「お姫様の依頼」
治癒師なら僕以外にもたくさんいる。
ガヤヤの町にはトトとロロがいたし。
何より王都で暮らしているのだから、治癒師なんてそこら中から集められるはずだ。
それなのにどうしてわざわざ僕のところに依頼を持ってきたのだろう?
もし僕じゃなくてもいいのなら、この依頼は断ることにしよう。面倒くさそうだし。
そう思って問いかけてみると、婆さんは肩を落としながら答えた。
「王都にいる治癒師や薬師たちでは、残念ながらこの老化現象を治すことができませんでしたの」
「えっ? 王宮に仕えてる優秀な治癒師たちでも治せなかったのか?」
「はいですの。誰も原因すら解明することができず、もう他の町の治癒師に望みを賭ける他ありませんでしたわ」
それを聞かされて、思わず僕は絶句する。
王都にいる治癒師や薬師たちは、誰もがその腕を買われたエリートたちだ。
大都市で勝負できるほどの実力を備えている。
それなのにも関わらず、彼らの力でさえもこのお姫様を治すことができなかったようだ。
それってもはやどの治癒師や薬師でも治療は不可能だと断言しているようなもの。
ましてや田舎村で細々と治療院を営んでいる僕なんかには荷が重すぎる案件だろう。
それなのにどうして僕にお役が回ってきたのだろう? と再び同じ疑問を抱いていると、お姫様はさらに話を続けた。
「色んな町の治癒師たちを王都に集めて、治療の依頼をしてみましたが、誰もが匙を投げてしまいましたわ。そのように治癒師探しは難航して、数週間もの間ワタクシは表に顔を出せずにいましたの」
「……引きこもってたってことか?」
「そうですわ。大陸一の美貌を持つ王女として周知され、このような顔になってしまったために皆さんに顔向けができなくなってしまいましたの。ですのでこのことはお父様と僅かな人間にしか口外しておりません」
プライドの高いお姫様だな、と思っていると、不意に彼女は婆さんとは思えないほど元気な声で吐露した。
「ですからじれったく思ったワタクシは、お父様の制止を振り切って直々に治癒師探しをすることにしましたの!」
「えっ!?」
これには思わず目を見張ってしまう。
同様に傍らで話を聞いていたプランとアメリアも、お姫様の奇行に唖然としていた。
お父様……つまりは王様の制止を振り切って直々に治癒師探しをしてるってことか?
思えばこの人、お姫様と名乗る割には周りに護衛のような人たちが一切いない。
治癒師探しが難航して、それを煩わしく思ったお姫様が、自分の足で治癒師探しをしているならその説明もつく。
この人、自分がお姫様だということを自覚せず、独断専行をしているのだ。
と、そこで僕は、ふとあることを思い出した。
慌てて一冊の雑誌を持ってくる。
そう、買い物終わりについでに買った、あの情報誌を。
「もも、もしかして、この情報誌の見出しにある『行方知れずになったお姫様の捜索』って……」
「あぁ、これワタクシのことですわ」
「えぇ!?」
なんでもないように答える婆さんに、二度目の驚愕を味わわされる。
勇者たちの代わりに見出しを取っていたのは、まさかのこの婆さんだったのか。
まあお姫様が王様の制止を無視して勝手な行動をしていたら、そりゃ一大スクープにもなるか。
するとババローナ姫は、僕が持ってきた情報誌を手に取り、自分の記事を見ながら呑気なことを口にした。
「どうやらお父様、老化のことを口外しないまま捜索願いを出しているみたいですわね。ワタクシを気遣ってのことでしょうけれど、それでは誰もワタクシをババローナだとはわかりませんわよね」
「いや、そんな悠長なこと言ってないで、さっさと親父さんのとこ戻ってやれよ。めちゃくちゃ心配してそうじゃんか」
娘のことはとても心配。
しかし婆さんになってしまった事実は伏せておいて、記事をまとめてもらっているようだ。
プライドの高いこのお姫様に対する最大の配慮なのだろう。
そこまで気を遣って捜索してもらっているなら、さっさと帰ってやればいいのに。
そう思っていると、お姫様はぶんぶんとかぶりを振った。
「いいえ、ワタクシはこの顔を治すまではお家に帰りませんの。それに王宮から抜け出してお父様が騒ぐのはよくあることですし、何よりワタクシはいち早く元の美貌を取り戻したいんですのよ」
「……で、それを治す治癒師として僕が選ばれたみたいだけど、なんで僕を選んだんだ?」
先ほどの質問の続きである。
王都にいる治癒師や薬師たちでは治すことができなかった。
だから他の町にいる治癒師たちに治してもらおうと思った。
そこまでは理解できたけど、それでなんで僕に依頼を持ってきたのか?
それを今一度問いかけてみると、ようやく彼女はその理由を話してくれた。
「最近ガヤヤの町に新しい治療院ができて、そこの治癒師がなかなか優秀だという情報を耳にしましたの」
「あぁ、トトとロロのことか」
「えぇ、確かそんな名前でしたわね。それでその二人に直々に治療の依頼をしに行ったのですけれど……」
すでに冷めてしまったであろうお茶を一口啜り、澄ました顔でばっさりと言った。
「思っていた以上に子供だったのでやめておきましたわ」
「えっ? なんで?」
「あんな小さい子供たちに、王宮治癒師たちが匙を投げたこの老化現象を治せるとはとても思えませんでしたの」
はぁ、なるほどな。
つまりこの婆さんは人を見掛けで判断したというわけだ。
確かにトトとロロはパッと見ただけではそこらの少女と何も変わらないからな。
そんな子供たちではとてもこの怪現象を治せるとは思わなかったのだろう。
あいつらも結構、治癒師としての実力は高いはずなんだけどな。
しかしまあ、このプライドの高いお姫様とあの姉妹では相性が最悪だろうから、依頼をしなくて正解だったかもしれない。
「それで、また別の町に治癒師を探しに行こうとした時に、今度はあなたの噂を耳にしましたの」
「えっ? ぼく?」
「はい。なんでもついこの前、ギルドに溢れかえっていた大量の怪我人たちを、瞬く間に癒やしてしまった『高速の癒し手』さんだと」
それを聞き、思わず僕は顔をしかめる。
やはりあの時プランから、早めにフードを借りておくべきだった。
そうすれば町で騒がれることもなかったし、このお姫様に目を付けられることもなかった。
今さらの後悔がぶくぶくと湧き上がってくる。
すると婆さんはそんなの知る由もなく、さらに話を続けた。
「ですのでその方に治療の依頼をするために、後をつけさせてもらいましたわ。どうやら町の人たちから逃げていたようなので、落ち着いて話をするためにも治療院まで後をつけることにしましたの」
「……で、僕が買ったクローゼットに隠れていたと?」
「まさしくその通りですわ!」
指で小さな丸を作り、”正解”と言わんばかりの笑みを向けてくる。
確かに落ち着いて今の話をするには、治療院までついて来るのがベスト。
そのために彼女は僕が購入した家具に紛れ、一緒に治療院までついて来たというわけだ。
この人ホントにお姫様かよ?
暗殺者とかの方が適性がありそう。
そんなことを思っていると、すべての説明を終えたババローナ姫は、さっそく僕に依頼を投げてきた。
「ですので通り名の如く、早くこの老化現象を治してくださいませ、高速の癒し手さん」
「……」
ババアフェイスが間近まで迫る。
これを治せと申すか。
かなりの無茶ぶりだろこれ。
王宮治癒師たちが匙を投げ、どんな薬を使っても治せないこの現象を、田舎村の治癒師に治せというのはちょっと酷ではないだろうか。
しかしとりあえず僕は、このお姫様の容体を一度見てみることにした。
何か手掛かりとかが見つかるかもしれないからな。
というわけでお姫様のシワシワの手を拝借し、スキルを発動させる。
(……診察っと)
すると頭の中にババローナ姫のステータスが流れ込んできた。
【天 職】
【レベル】
【スキル】
【魔 法】
【生命力】100/100
【状 態】
どうやら天職を授かっていないらしく、上の欄は基本的に空欄だ。
そして下の心身状態はといえば、びっくりするぐらいの健康体である。
生命力が削れている様子もないし、状態の欄には異常がまったく見受けられない。
ごくごく一般的な、そこらにいる健康な人たちのステータスとまったく一緒。
他の治癒師たちが匙を投げたと言っていたので、まあそうだろうなとは思っていたけど。
これでは原因がさっぱりわからない。
なんで美しかったババローナ姫は婆さんになってしまったのか?
毒や呪いに掛かっているならまだ対処の仕様があったんだけど。
お姫様のステータスを拝見させてもらった僕は、改めて彼女に治療の見込みを打ち明けた。
「うん、無理」
「えっ!?」
「無理無理、僕でもこんなの治せないよ。マジで意味不明すぎる」
そう断言すると、婆さんは唖然とした様子で固まってしまった。
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