第8話 「お誕生日会」

 

 とりあえず外で話すのもあれだったので、婆さんには治療院の中に入ってもらうことにした。

 そしてお茶を飲みながらしばし待ってもらい、クローゼットの運び入れを済ませてしまう。

 婆さんが出たことによってかなり軽量化されて、僕でも持ち上げることができた。

 やはり中身のない状態ならば治癒師の僕でも運べるらしい。

 

 そしてパパッと三人分のクローゼットを部屋まで運び入れ、ようやく僕たちは落ち着くことができた。

 婆さんはその間、実に退屈そうに僕たちのことを見ていて、時折欠伸なんかも漏らしていた。

 これからこの人の依頼内容も聞かなきゃならないんだよなぁ。

 そう思うとさらに疲れがのしかかってくる。

 しかし弱音を吐いていても仕方がないので、さっさと依頼を済ませるべく婆さんに問いかけた。


「んで、クローゼットおばさんは僕にどんな依頼を持ってきたんだ? どっか怪我してる様子もなさそうだけど」


 そう尋ねると、彼女は机を叩いて憤慨した。


「まずそのクローゼットおばさんと呼ぶのをやめますの! そんな頭の悪い子供が考えたようなあだ名まっぴらですわ!」


「いや、あんたがクローゼットの中から出てきたのが悪いんだろ。ていうかそれならなんて呼べばいいんだよ? あんたの名前まだ聞いてないんだけど?」


 改めて名前を尋ねると、やはり婆さんはどこか偉そうに言った。


「先ほどからそのような舐めた口を利いていますけれど、本当にいいのかしら? ワタクシを誰と心得てますの」


「いやだから誰なんだよあんた。それを今聞いてんだろうが」


 コントやりに来たのかこの婆さん。

 登場時からこちらを驚かしてくるは、偉そうな態度で物を言ってくるは、僕の方だって口が悪くなってしまう。

 しかし向こうはそのことに気付くはずもなく、変わらず大きな態度で自己紹介をしてきた。


「ふっ、聞いて驚きなさい! ワタクシの名前はババローナ・ゴージャスワン! そう、王都ジャブジャブの第一王女ババローナ・ゴージャスワンとはワタクシのことですのよ!」


「……誰?」


 察しの悪い反応を見せると、第一王女と名乗った婆さんは再び青筋を立てた。


「本当にあなたは失礼な態度しか取れませんのね! ここは普通、名前を聞いた瞬間に膝を折り、頭を下げる場面ですのよ!」


「いや、申し訳ないんすけど、あんまり都会のこととかよく知らなくて。プランは知ってるか?」


「は、はい、一応知ってますッスよ」


 不意に話を振ってみると、プランは鈍い頷きを返した。

 元盗賊団所属ゆえに、王都のことについては詳しいのだろうか?

 そして彼女は何かを思い出すように宙を見つめ、質問に答えてくれた。


「王都ジャブジャブにはすごく大きな王宮があって、そこにはゴージャスワン家という王族が住んでいると聞きますッス。で、その王家の第一王女の名前が、確かババローナだったかと」


「へぇ、そうなのか」


「そうですのよ。周りからはローナ姫とかババローナ様と呼ばれたりしますの。これでワタクシの凄さがわかりまして? わかったのなら今すぐに膝を折って頭を……」


 ババローナという婆さんの声を無視しつつ、僕はふむと考え込む。

 プランの話からすると、ババローナという王女がいるのは確かなようだな。

 で、この婆さんが本当にそのババローナ姫かどうかは確かめようもないんだけど。

 むしろクローゼットの中に隠れたり、結果的に馬車の運賃をちょろまかしているところを見ると、ただのケチ臭い婆さんにしか思えない。

 これがホントにお姫様のやることなのかよ? と密かに疑いを抱いていると、彼女はその声を聞いたかのように懐から硬貨らしきものを取り出した。


「証拠としてここにゴージャスワン家の者だけが持つことを許されている徽章がありますのよ。ほら、こうして光にかざすとご先祖様である初代国王様のお顔が透けて見えるんですのよ」


「いや怖えよ。早くそれ仕舞ってくれ。にしても、よくできたおもちゃだな」


「ちょ、あなた! 先ほどから無礼が過ぎるのではなくて!? これはおもちゃではなく、王家の証である徽章だと……」


 口うるさい婆さんの声は無視しつつ、僕は静かに考え込む。

 つーか、それが本当に王族の証なのかもわからないんだけど。

 そのゴージャスワン家とやらから盗み出した可能性も否定できないし。

 まあ、もしこの婆さんが本物の姫だとして、なんでそんな偉そうな人がこんな場所に来てるんだ?

 お姫様なら普通、自分から誰かに会いに行くことはせず、王宮に呼び出したりするんじゃないのか?

 いや、それよりちょっと待てよ……


「……お姫様にしては、なんか老けてね?」


「そうですのよ! ようやくそこに気が付いてくれましたのね! ワタクシがここに来た理由もまさにそれですのよ!」


「……?」


 ふと思ったことを口にすると、婆さんは予想以上に過敏な反応を示した。

 お姫様といったらまだ年端もいかない少女のイメージがあったので、シワの付いた婆さんの見た目と釣り合わないと思っただけなんだけど。

 むしろお姫様というより王妃や女王と言われた方が納得できる。

 どうやらそれについては訳があるみたいで、やがて婆さんは強気な態度を崩して、弱音を吐くように吐露し始めた。


「こう見えてもワタクシ、ついこの前になったばかりですの」


「に、二十歳!?」


 この見た目で!?

 長い白髪やシワの付いた顔から察するに、六十歳くらいかと思っていた。

 まさかの同い年という衝撃の事実に思わず放心していると、婆さんはかぶりを振って続けた。


「これはワタクシの本来の姿ではありませんの。本当のワタクシは肌もピチピチで、大陸一の美女として広く知れ渡っていますのよ」


「……」


 やっぱりこの婆さんは何か変だ。

 自分で大陸一の美女とか言っちゃうとか。

 にしても、これが本来の姿ではないとは、いったいどういうことなのだろう?

 そう疑問に思っていると、婆さんはさらに話を続けた。


「その美しさはこの大陸だけにとどまらず、他の大陸からも王子たちが参って顔を見に来るほどですのよ。もちろん普段は王都で暮らしていますので、そこでも多くの人たちから見染められたり絶賛の声などが絶えず、ワタクシ自身もそこまで言われてしまっては大陸一の美女だと自負せざるを得ないと……」


「あぁもう顔の話はいいんで、次に進んでもらっていいっすか?」


 本来の姿が美しいのはもうわかったから。

 そう言うと、ギロッと鋭い視線を返されるが、すぐに婆さんは話を変えた。


「ついこの前二十歳になったばかりと言いましたが、その時にお父様が大きな”お誕生日会”を催してくださいましたの」


「お誕生日会?」


「いつもお誕生日にお父様が開いてくれるパーティーですわ。この前もたくさんの方々を王宮にご招待して、プレゼントなどもいっぱいもらいましたの」


 その時のことを思い出しているのか、婆さんは嬉しそうに頬を緩める。

 しかし、すぐにその笑みを崩してしまった。


「それでお誕生日会そのものはとても楽しくて、何事もなく平穏に終わったのですけど……」


「……けど?」


「お誕生日会が終わった後、ワタクシははしゃいでいたせいもあってすぐに眠ってしまいました。そして次の日、目が覚めたら……」


 ビシッと自分の顔を指し示しながら、彼女は言った。


「こんな顔になっていましたの!」


「……え、え~と」


 シワシワの顔を前に突き出されて、思わず僕は顔をしかめる。

 話が突飛すぎて、ちょっと頭が追いついてないんだけど。

 とりあえず僕は婆さんから聞いた話を総合してみることにした。


「つ、つまり、お誕生日会の翌日に目が覚めたら、急激に老けていたと?」


「そうですのよ! 二十歳のお誕生日を迎えたと思っていたら、次の日には六十歳近い年齢になっていましたの! まったく意味がわかりませんわ!」


 婆さんはシワシワの顔をさらにくしゃくしゃにしながら目に涙を浮かべた。

 要約するとこんな感じだ。

 自分の美貌に絶対の自信を持つお姫様がいました。

 そのお姫様は二十歳の誕生日を迎えて、盛大なパーティーを催しました。

 そして次の日、目を覚ましてみると、なぜか六十歳近い年齢になっていましたとさ。

 

 どこの童話ですかそれ?

 タイトルに『お姫様の不幸な誕生日』とか付けたくなってしまう。

 まあそれはいいとして、僕は今一度婆さんに依頼内容を尋ねることにした。


「そ、それで、依頼内容っていうのは?」


「もちろん、この顔を治していただきたいですの! あっ、いえ、年齢を元に戻していただきたいですの! 二十歳のピチピチの姿に!」


「……って言われてもなぁ」


 原因がまるでわからないので治療の方法が思いつかない。

 なんでババローナ姫は誕生日の翌日に急激に老けたのだ?

 二十歳の誕生日を迎えたはずが、六十歳近い年齢になってしまったのだ?

 頭の中で疑問をぐるぐるとさせていると、その様子を見ていた婆さんが訝しい目を向けてきた。


「なんですの? あなた町の人たちにあれだけ凄腕の治癒師とか言われていたくせに、たった一人の患者も治療できませんの?」


「いや、凄腕ってのは周りが勝手に言ってるだけで、何よりそれは町の人たちの買いかぶりだよ。僕はただ無詠唱で回復魔法を使える『応急師』っていう天職を持ってるだけで……」


 言ってる途中で、”しまった”と思って口を閉ざす。

 つい言い返したい気持ちの方が強くなってしまい、応急師のことを話してしまった。

 けどまあ別に、ノンプラン治療院まで連れてきてしまったわけだし、この婆さんにならバラしてもいいか。

 あれ、ていうかこの婆さん……


「今さらなんだけど、なんであんたは僕に治療の依頼をしようと思ったんだ? 治癒師なら他にいくらでもいるだろ?」


 今さらの質問を婆さんに投げかけた。

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