第7話 「幽霊」
「ただいまぁ~」
買い物を終わらせて治療院へと帰還した僕たち。
丸一日を掛けて町の方まで行ったので、僕たちは揃ってくたくたになっていた。
しかしまだ体を休めることはできない。
買ってきた家具を治療院へ運び込まなければならないのだ。
治療院の前までは、荷車を二往復させて家具を運んできたけれど。
さてとここからどうしたものか。
「一応、寸法とかして家具を選んできたけど、これってちゃんと治療院の中まで運べるのか?」
入口につっかえそうな気がする。
特にクローゼットは大きいから、もしかしたら本当に入らないかも。
という懸念を抱いていると、傍らからプランが気楽そうに声を掛けてきた。
「まあ、いざとなれば家具を一度バラバラに分解して、材料を中に入れてアタシが組み立て直しますから大丈夫ッスよ」
「いや、そこまでしなくていい」
ていうかそれだとわざわざ家具を買ってきた意味がなくなるじゃないか。
などくだらないことを言い合いながらも、家具の入れ込みを開始する。
まずは椅子や机を運び入れ、逆に古くなった物を外へ出した。
通り具合から見るに、たぶんクローゼットも入るだろうな。
一つの懸念が解消され、思わず安堵の息を零していると、不意に後方からアメリアの声が聞こえてきた。
「ほら、もっと頑張るのだ二人とも」
「いや頑張れじゃなくて、お前も運ぶの手伝えっつーの。なに呑気に応援なんかしてんだ」
「この小さな体で運べる物は限られている。椅子などの軽い物はあらかた入れてしまったからな、あとはもう応援くらいしかできることがないのだ」
そう言って奴は意気揚々と声援を送り始めた。
こいつ、ロリボディなのをいいことに都合よくサボってやがるな。
軽い物が運び終わった瞬間、急に元気になりやがって。
しかしそれは事実なので、僕はアメリアの声を背中に受けながら家具の運び入れを進めた。
やがてクローゼット以外の物を運び終えると、僕たちは椅子に腰掛けて一息つく。
「こういう時に『戦士』や『武闘家』の天職を持っている奴がいると心強いんだけどな」
「あぁ、天職の補正で筋力が凄まじいッスからね。是非力を貸してほしいッス」
汗をぬぐいながらプランが同意してくれる。
筋力補正のある天職を持っていたら、こういう作業が楽なんだけどな。
勇者パーティーにいた頃も、力仕事は『剣聖』のルベラがやってたし。
かたやうちにいるのは器用さだけがずば抜けて高い大盗賊のプランと、魅力を失くしたロリサキュバスのアメリアだけ。
この状況においては皆、ドラゴンを前にした赤子のように無力だ。
とはいえ、泣き言ばかりを言っていても仕方がないので、家具の運び入れを再開する。
最後は三人分のクローゼットを中に入れるだけなんだけど……
「うおっ、これは一段と重たいな。僕一人じゃ絶対に持ち上げられないぞ」
僕は大きなクローゼットを前に顔をしかめる。
これはちょっと僕の力だけでは厳しいぞ。
中身がまだないので、意外に軽いと思ってたんだけど、別にそんなことはなかったな。
「ちょいプラン、これ運ぶの手伝ってくれよ」
「えぇ、それはさすがに二人で持っていくのは無理じゃないッスか? 入口狭いですし」
プランは古くなった家具を外に出しながら答える。
確かに二人だと入口に突っかかりそうだ。
かといってたった一人で運ぶのはもっと現実的ではない。
応急師の僕には筋力補正も何もなく、力は一般人と何も変わらないのだから。
もしかして中に何か入ってるのかな?
いくら僕の筋力がないからって、中身のないクローゼットがここまで重いとは考えられない。
あとで付けるための部品とか、おまけのハンガーとかが入っているのかも。
もし分解しても問題なさそうな部品があったら、なるべく取り外すことにしよう。
そう思ってクローゼットを軽量化するために、ギギッと扉を開けてみた。
すると中には…………なんとお婆さんが入っていた。
「…………んっ?」
僕は目を点にする。
そして一度クローゼットの扉を閉めて、頭を冷やすことにした。
何かの見間違いだろうか?
なんか今、新品のクローゼットの中に入っているはずのないものが入っていた気がする。
ウェーブの掛かった白髪を腰まで伸ばし、シワの付いた顔をこちらに向けるお婆さんの姿が……
いやでも、やっぱり今のは勘違いか。
僕も町から帰ってきたばかりで、その上家具の運び入れまで間髪入れずにやってしまったから、相当疲れが溜まっているのだろう。
というわけでもう一度クローゼットを開けてみることにした。
やはりお婆さんが入っていた。
「ちょっとあなた、風が入ってくるので、あまり何度も開け閉めしないでほしいですわ」
僕は絶叫した。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
喉がはち切れんばかりの叫びを上げる。
するとそれを聞いたプランとアメリアが、目を丸くしながら駆けつけてきた。
「ど、どうしたんスかノンさん!?」
「いきなり奇声なんか上げおって。クローゼットの角に足の小指でもぶつけたのか?」
「いや違うわ! それも確かに一大事だけど、今のはそうじゃなくて……」
僕が説明をするよりも早く、クローゼットの中のお婆さんが這いずり出てきた。
長い白髪を靡かせながら、たんっと地面に着地する。
明るい場所に出たことによって、ようやく彼女の全体像を拝むことができた。
フード付きのマントと長い黒スカートを着用しており、どこか不気味な印象を受ける。
そして彼女はお婆さんの割にはだいぶ気取ったポーズで、強気な態度をとってきた。
「人を見るなりいきなり叫ぶだなんて、礼儀がなっていないのではなくて? これだから庶民は困りますの」
いまだに困惑している僕の頭に、お婆さんらしからぬ台詞が流れ込んでくる。
マジでなんなんだこの婆さん?
ていうか、クローゼットの中から現れるという奇抜な登場をする婆さんに、礼儀についてとやかく言われたくはない。
こちとら心臓が飛び出るかと思ったんぞ。
同様に目の前の婆さんに怯えているプランが、体を震わせながら疑問符を浮かべた。
「だ、だだ、誰スかこの人? クローゼットに取り憑いてる幽霊か何かッスか?」
「誰が幽霊ですの! ワタクシはれっきとした人間ですわよ! それもあなたたち庶民とは違う、立派で高貴な人間ですの」
高貴な人間はクローゼットの中に隠れて人を脅かしたりはしない。
というツッコミよりもまず先に、聞くべきことが山ほどあった。
「な、なんでクローゼットの中なんかに隠れてたんだ? ていうかいったいいつから……」
若干身を引きながら問いかけると、婆さんは何でもないように答えた。
「あなた方が町を出発する少し前ですわ。クローゼットが馬車乗り場に運ばれた後、周りの目を盗んでこっそり隠れましたの」
「な、なんでわざわざそんなことを?」
重ねて質問をすると、やはり婆さんはなぜか偉そうな態度で答えた。
「決まっていますわ。凄腕の治癒師と言われているあなたに、治療の依頼を頼みに参りましたの」
「……はいっ?」
……物凄く嫌な予感しかしなかった。
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