第6話 「共闘」
冒険者に声を掛けられたということで、僕たちはすかさずフードを被る。
そして顔を隠しながら、怪我をしている男性を注視した。
魔物にでもやられたのだろうか、太ももの辺りを鋭い何かで切られている。
そこまでの確認を終えて、僕はようやく彼らに返答した。
「な、なんでしょうか?」
「この治療院って、今やってますか?」
どうやらこの治療院の関係者と思われているらしい。
まあ、お茶を片手にのんびりとしていれば、そう思われるのも仕方のないことである。
しかしそれについては特に言及せず、僕は聞かれたことにだけ答えることにした。
「え~と、治療院自体は営業中ですけど、治療院の人がちょうどいなくて……」
「えっ、そうなんですか? 仲間の怪我を治してもらおうと思ったんですけど」
仲間の男性冒険者が困ったように眉を寄せる。
おそらくそうだろうなとは思っていたが、これはいったいどうしたものか。
今は布か何かで軽い止血をしているようだけど、それなりに傷は深いように見える。
おまけに彼らの後ろの方を見てみると、すでに十人ほどの怪我人たちが順番待ちをしていた。
なんでこんなことに……?
「遠征から帰ってきた冒険者たちが同じ馬車に乗っていて、みんな怪我人を連れてこの治療院に駆け込んできたんです」
「あぁ、なるほど……」
そう説明を受けて、僕は納得の声を漏らす。
遠征帰りの傷ついた冒険者たちが、ちょうど同じタイミングで集結してしまったわけだ。
この町には治療院がここ一つしかないし、みんなが集まって行列ができるのは当然のはず。
これは即座の治療が望ましいな。
「他にも同じような馬車が何台かあって、それに乗っていた人たちもこれから来ると思います」
「えっ、それホントですか?」
なんてことを言っていると、ちょうど治療院の扉から追加の怪我人たちが現れた。
待合室はとんでもない数の怪我人でごった返すことになる。
ちょっとしたパニック状態だ。
と、そんな時……
「ちょ、ちょっと、いったい何よこれ!?」
「なんでこんな行列ができてるのよ!?」
かなり遅れてトトとロロが帰ってきた。
言っていた通り、僕に見せるための資料を手にしているが、今はそれどころではない。
行列を前に驚いている二人に、僕はなるべく簡潔に事情を説明した。
「遠征帰りの馬車がちょうど同じ時間に集まっちゃったってわけね」
「まったく最悪のタイミングだわ」
トトとロロは辟易したようにため息を吐く。
しかし立ち止まることはなく、即座に行動を開始した。
「とにかく、急いで治療に取り掛かるわよロロ」
「わかったわトト」
二人は怪我人たちに声を掛け、二列に並ぶように指示を出した。
もしかしてこのような行列には慣れているのだろうか。
今のはそうじゃないと決して取れない動きだぞ。
たぶんそこそこ大きな町で、たった一つの治療院を営んでいると、こんな状況は日常茶飯事なのだろう。
僕の治療院と比べ物にならない来客数も納得がいく。
呑気にそんなことを考えていると、いつの間にやら列の整理が終わり、二人は治療を開始していた。
「「木漏れ日よりも淡き希望の光よ。眼前の傷者に天罰ではなく慈愛を。すべての人々に等しき癒しを……」」
回復魔法の詠唱をしている。
ここまでの動きは無駄なものがなく、相当手際がいいように見えるのだが。
このままだと治療を待っている人たちにかなりの負担が掛かってしまう。
列の最後まで辿り着くのに、およそ二十分といったところか。
怪我をしている状態でそんな時間を待たせてしまったら、さらに苦しめることになってしまう。
もちろんそれはトトとロロが悪いわけではなく、最初の一歩が出遅れたせいだ。
そして出遅れてしまったのは、本を正せば僕のせい。
そうとわかった僕は、待合室のソファで待っている怪我人に、傷口を見せるように指示を出した。
「ヒール」
「「えっ?」」
「僕も手を貸すよ。出遅れたのは僕のせいでもあるし、美味いお茶もご馳走になったしな」
驚くトトとロロにそう言うと、僕も治療の手助けをするべく行動に移った。
「アメリアは列を三つに分けるように怪我人たちを誘導してくれ。プランは治療の終わった人たちから治療費の回収を頼む」
「はいッス」
「うむ」
素早く指示を出した後、僕はトトとロロに続いて怪我人たちの治療を始めた。
無詠唱で回復魔法を使っていく。
そんな僕を見て対抗心でも燃やしたのだろうか、トトとロロは一層気合を入れて治療に取り掛かった。
という風に三人で怪我人の行列を捌いていく。
僕が加わったことにより、先ほどよりも効率良く怪我人たちの治療ができている。
改めてこういう場面に直面すると、無詠唱で回復魔法を使える便利さが際立つな。
やはり応急師の真価は大勢の怪我人の前で発揮されるのだな。
この力を持っていて本当によかった。
それから十分も掛からずに行列を捌き終えると、すっかり静かになった治療院で僕は背中を伸ばした。
「ふぅ~、なんとか終わったなぁ」
そう言った直後にどっと疲れが押し寄せてくる。
同じく行列の対応に見舞われたプランとアメリアも、息を切らしながらへたり込んでいた。
ノホホ村じゃこんな行列にはお目に掛かれないからな。
三人で揃って力を抜いていると、不意に傍らからトトとロロが声を掛けてきた。
「あ、あの、手を貸してくれて……ありがとう」
「私たちだけだったら、怪我人たちにかなりの負担を掛けていたわ。すごい助かった」
「あぁ、いいって別に。お前たちが出遅れたのは僕のせいでもあるしな」
そう言うと、なぜか二人は気落ちした様子で顔を伏せてしまった。
落ち込んでいるのだろうか?
首を傾げながら見つめていると、やがてトトとロロはどこか申し訳なさそうに口を開いた。
「さっきは、治癒師としての格がまるっきり違うとか言っちゃったけど、今の行列を捌いてて改めてわかったわ」
「あんたの方が治癒師としての実力は遥かに上よ。治療の早さであんたに勝つのは、たぶん無理だと思う」
「……いや勝つって、まさかお前たちあんな状況でも僕と張り合ってたのか?」
どんだけ勝負魂が旺盛なんだよ。
そういえば人数を均等に分けて列を作っていたけど、僕の方が早く捌き終わっていたな。
それで二人の列からまた何人か怪我人を呼んだら、物凄く悔しそうな顔をしてたっけ。
能力的にそれは仕方のないことなのだけれど、負けず嫌いの二人にとっては許せないことだったのだろう。
何よりさっきのは、以前に果たせなかった治癒勝負の再戦と言ってもいいものだったからな。
二人は絶対に勝ちたかったはずだ。
そうとわかった僕は、前と同じように肩をすくめて二人に言った。
「まあ僕の力って、ああいう場面でこそ真価が発揮できるからな。他の場面だったらたぶんお前たちが勝ってたよ。だからそんなに卑下するな」
「「……」」
もちろんトトとロロはそれで納得するはずもない。
ライバル視している僕に安い慰めを受けても、気が晴れるはずもなかった。
まあ、そりゃそうか。
それなら仕方ないと思い、僕はさらに言葉を重ねることにした。
「それに、僕も改めてわかったんだけど、やっぱり治癒師としての格はお前たちの方が遥かに上だよ」
「「えっ……」」
「お前たち、あんな行列をほぼ毎日のように捌いてるんだろ? 一回体験させてもらっただけだけど、僕はもうあんな行列こりごりだ。でもお前たちはずっとあの数の怪我人たちを治してきた。それってかなりすごいことだと思うぞ」
毎日150人近い怪我人を治療して、行列にも慣れるくらい経験を積んだ。
僕なんかとは比べ物にならない数の人たちを助けてきたはずだ。
それは治癒師としての格を大いに表している。
実力なんかは関係しない、治癒師としての格の大きさを。
「治癒師として治療の早さは確かに大事だけど、何より大切なのは助けてあげた人の数だ。だから治癒師としての格は間違いなくトトとロロの方が上だよ」
「「……」」
改めてそう言ってあげると、二人はしばし固まってしまった。
そして不意に目を逸らしてしまう。
心なしか風邪を引いたように顔を赤くしているが、弱った様子はなく逆に強気な態度で返答してきた。
「な、何よ、急に私たちのことおだててきて」
「いつもそうなんだから」
「えっ、いや、別にそんなつもりは……」
僕はただ事実を言っただけである。
治癒師としての実力はどうか知らないけど、格で言ったらこいつらの方が勝っている。
という正直な気持ちを話したのにも関わらず、トトとロロは気に食わないといった様子で怒り始めた。
「うるさいうるさい! あんたのおだてなんてもう聞き飽きたのよ!」
「今すぐ回れ右して帰りなさい! 帰れ帰れ!」
「お、おい、いきなり何すんだよ」
ぐいぐいと体を押される。
それに伴って後方のプランとアメリアも後退していくと、僕らは揃って治療院の外へと追い出されてしまった。
バンッ! と扉も閉められてしまう。
何が気に入らなかったのかわからないけれど、もう一度入れさせてはくれないだろうな。
だから僕はトトロロ治療院に背中を向ける。
まあ、ここに来た甲斐は少しはあったかな。
あの二人が一流の治癒師として励んでいる姿を見られたわけだし、ちょっとした気掛かりが解消された。
とか言うと『あんたに心配される覚えはないわよ』と声を綺麗に揃えて返されるのだろうが。
なんて思いながら僕は、プランとアメリアに改めて言った。
「じゃあまあ、そろそろ僕たちの家具も運び終わってるだろうし、一度馬車乗り場まで行ってみっか」
「そうッスね」
「うむ」
僕たちは再びフードを深く被って町を歩き始めた。
さっきもまた無詠唱の回復魔法を惜しげもなく使いまくっちゃったから、後で冒険者たちに声を掛けられる危険がある。
なるべく裏通りを縫って姿をくらまし、馬車乗り場を目指すことにした。
やがて目的地が近づいてきて、僕たちは自然と足を早める。
と、その時……
「あっ、ちょい待ち」
「「……?」」
僕は道の傍らに雑貨屋さんを見つけ、さらにその店頭にいくつかの雑誌が並んでいるのを目に留めた。
すかさずそこに駆け寄り、雑誌の中から一つを選んで店員さんに言う。
「これ一つください」
「はい、100ガルズね」
手早く支払いを済ませ、僕はプランとアメリアの待つ場所へと戻った。
するとプランが当然のように聞いてくる。
「ノンさん、なんスかそれ?」
「見ての通り情報誌だよ。ノホホ村でも同じのを買えるけど、たぶんこれが届くの二、三日後だし」
「あぁ、ノホホ村は田舎村ッスもんね。いつも情報が届くのは遅いですし」
そう、だからこの機会に最新の情報を町で手に入れることにした。
田舎村は静かでのんびり暮らせるけど、その分不便な部分もある。
その中でも情報の出遅れは最もたる欠点ではないだろうか。
まあ、こうして町に来た時に最新のものを買えばいいんだけど。
中身は帰りの馬車の中で読むとして、今はさらっと見出しの部分だけでも見ておくとするか。
そう思って歩きながら情報誌に目を落とすと、見出しの中のいくつかの記事に目が移った。
巨大な地下迷宮の攻略状況や、地図にない新大陸の発見、はたまた行方知れずになったお姫様の捜索記事などなど。
どれも興味深いものばかりで、誰もが目を奪われてしまうと思われる。
しかし僕はそれらの記事をチラッと見ただけで情報誌を閉じ、残りは馬車の中で読むことにした。
(……また、あいつらの記事が載ってなかったな)
魔王軍と戦っている間は連日のように見出しを独占していた”勇者パーティー”。
しかしここ最近はすっかり音沙汰がない。
どこで何をしているのか。どういう状況に置かれているのか。
情報誌が更新される度にそういう記事を探してはいるのだが、これが一切載らないのである。
まるでどこかに、消えてしまったかのように。
「……あいつら何やってんだよ」
人知れず呆れた声を漏らした僕は、馬車乗り場に急ぐことにした。
そして家具が運び終わっているのを確認し、うちに帰ることにする。
こうして僕たちは町での買い物を終えたのだった。
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