第5話 「売上」

 

 喧嘩が始まりそうだったので、いったん僕らは腰を落ち着けることになった。

 お客さん用の椅子に腰掛けて、治癒師姉妹と対峙する。

 間には小さな机とお茶が置かれ、それを挟んで改めて話を始めた。


「で、調子はどうだよ二人とも?」


 お茶を啜りながら少し気取った様子で問うと、二人は呆れたように目を細めた。


「なに先輩風吹かせてるのよ」


「治癒師として活動している期間はそんなに変わらないはずでしょ」


「……まあ、そうですね」


 的確なツッコミを頂戴する。

 天職を授かってから治療院を開いたのだとすると、確かに活動期間はそこまで大差がないように思える。

 ていうか僕が治療院を開いたのは最近だし。むしろこいつらの方が先輩な気がするぞ。

 出だしから間違ったことを言ってしまったけれど、それでも二人は最近の調子について話してくれた。


「今は見ての通り二人で治療院をやってるわ」


「『救命師』のトトが治療担当で、『消毒師』の私が解毒担当よ」


「へぇ……」


 ちゃんと役割分担ができてるんだな。

 上級の回復魔法を使える『救命師』と、上級の解毒魔法を使える『消毒師』。

 この二人が手を組んで治療院を開いたら、きっとすごい力を発揮できると確信していた。

 そのアドバイス通り役割分担をして、仲良く治療院をやっているみたいだな。

 人知れず安堵の息を零していると、不意にトトとロロが顔を赤くして慌て始めた。


「べ、別に、あんたにアドバイスされたからってわけじゃないんだからね」


「たまたま私たちの利害が一致したってだけで、あんたに従ったわけじゃないんだから」


「へいへい」


 相変わらず可愛くねえなこいつら。

 まあ、別にそれはどっちでもいいんだけど。

 僕はお茶を一口啜り、今一度治療院の中を見渡しながらさらに問いかけた。


「にしてもこの治療院、無駄にでかいよな。建てるのに相当金かかったんじゃねえか?」


 よくわからない素材を使ってるようだし。

 何より三階建てなんて僕の治療院よりも大きいじゃないか。

 そう思って尋ねると、二人はお茶を啜りながら何でもないように答えた。


「無駄にでかいって何よ。ていうかそこまで大した金額じゃなかったわよ」


「二人とも治癒師として長く活動してたから、そこそこの貯蓄があったし。それにこの程度の治療院を建てるくらい、治癒師なら簡単にできるでしょう?」


「……?」


 治癒師なら簡単に?

 それはいったいどういうことだろう?

 そう疑問に思って首を傾げた瞬間、僕はふと悪い予感を抱いた。

 この価値観の差には、何やら不吉なものを感じる。

 なんて思った僕は、ごくりと息を呑みながら再び尋ねた。


「と、ところで、素朴な疑問なんだけどさ……」


「「……?」」


「この治療院の日の”売上”ってどれくらい?」


 その問いに、トトとロロはきょとんと疑問符を浮かべる。

 おかしいことを聞いているのは百も承知だ。

 二人が不思議に思うのも無理はない。

 けれどこれは聞かずにはいられない。

 きっとそれこそが価値観の差を生み出している答えだろうから。

 

 ちなみに僕の治療院の日の売上はおよそ1万5000ガルズ。

 もっともこの金額は調子のいい日の売上金額であり、日によっては半分以下になる場合もある。

 ではトトとロロの治療院はどれくらいなのだろうか?

 あくまで素朴な疑問として問いかけると、二人はこれまた何でもないように答えた。


「えっと確か、昨日来たお客さんの数が150人くらいで、治療費が一律2000ガルズだから……」


「単純計算で30万ガルズかしらね?」


「さ、さんじゅ!?」


 目ん玉が飛び出そうになった。

 同様に隣に座っているプランとアメリアも口を開けて呆然としており、僕たちは揃って石のように固まってしまった。

 日の売上が30万ガルズ。

 治療院の場合は必要経費などがほとんど掛からず、治癒師の回復魔法だけで営業が可能。

 ということは売上がそのまま懐に入ってくるということであり、こいつらは毎日30万ガルズもの大金を財布に収めているということか。

 二人で山分けしても片方15万ガルズ。僕の収入の十倍の金額。

 ていうか治療費が一律2000ガルズって……


「ぼ、ぼったくりだろそんなの……」


「ちょ、失礼なこと言わないでよ!」


「これが治療費の適正金額なのよ!」


 つい思ったことを口にすると、トトとロロは青筋を立てて怒り始めた。

 僕の治療費は一律500ガルズなのに、その四倍はさすがにおかしいだろ。

 これがぼったくりと言わず何と言うか。

 そう思っていると、不意にトトとロロが席を立ち、僕に強く言ってきた。


「全国の治療院の治療費をまとめた資料があるからちょっと待ってなさい!」


「私たちの治療院がぼったくりじゃないってことを証明してやるんだから!」


 相当気に障ってしまったようだ。

 二人は僕の発言を撤回させるべく、資料を探しに行ってしまった。

 残された僕たちはお茶を飲みながら待つとする。

 その間、先ほどの情報を元に、これからの営業をどうするか三人で考えることにした。

 

「ど、どうしますッスかノンさん? あの子たち毎日30万ガルズも稼いでるそうッスよ」


「あ、あぁ、わかってるよ。さすがに差がありすぎてまだびっくりしてるくらいだ」


「ではいっそうちも治療費を値上げしたらどうだ? 一律500ガルズから2000ガルズに」


 というアメリアの提案を聞き、僕はふむと考える。

 確かにそれなら日の来客数が30人程度だとしても、楽々と6万ガルズを稼ぐことができる。

 もっと言えばさらに治療費を値上げすれば、奴らの売上に届くかも……


「いや、ダメだダメだ! それだとノホホ村の人たちに悪いだろ。突然治療費を値上げしたら絶対に失礼だ」


「じゃあどうするつもりッスか? このままじゃ本当にノンプラン治療院が負けちゃいますッスよ」


 別に競っているつもりはないんだけど、でもなんか悔しいのは事実だ。

 自分でアドバイスしておいてなんだけど、トトとロロには負けたくない。

 ではどのようにして売上で勝つか。

 治療費の値上げができないのなら、残された手は来客数を増やすこと。

 この治療院のようにもっと客を呼び込んで、数で圧倒すれば売上を抜くことができるはず。

 でもノホホ村での営業だとお客の数が絞られるし、今より増やすのは無理かも。

 何よりそれだと忙しさのあまり僕が倒れてしまう。

 じゃあいったいどうしたら……


「あのぉ、すみません?」


 考えに浸っている中、突然後ろから知らない人の声が聞こえた。

 僕たちは咄嗟に振り返る。

 するとそこにいたのは、冒険者と思しき二人の男女と、彼らに肩を貸してもらっている怪我人の男性だった。

  

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