第4話 「町の治療院」

 

「さてと、観光でもしててくださいって言われたけど、これからどうするか?」


 家具屋を出た後、僕たちは当てもなく町を歩いている。

 ガヤヤの町はまだ詳しく知らないので、観光したい気持ちは少なからずあるのだが。

 先ほどのように冒険者たちに見つかるかもしれないので、あまり自由に動くことができない。

 時間が経つまでどこかに隠れてた方がいいかな?


「ノンさんノンさん! アタシは服がほしいッス! あと美味しいものもいっぱい食べたいッス!」


「欲望に正直なところ悪いけど、あんまり人が多い場所には行かないからな。また冒険者に見つかって騒ぎになったら面倒だし」


 そう言うと、プランは不服そうに頬を膨らませた。

 そんな顔しても連れて行かねえからな。

 人通りの多い場所はもちろん、服や飯なんかの時間が掛かりそうなものもダメだ。

 という固い意思を見せつけると、今度はアメリアが声を上げた。


「ではどこへ行くというのだ? 特にこれといった用事ももうないだろう」


「うぅ~ん……」


 そう、この町での用事はすでに済んだ。

 これ以上何かをする予定はないんだけど。

 なんて思いながら町を歩いていると、ふと道の端にある看板に目が留まった。


『トトロロ治療院』


 他の店の看板よりも、ずっと自己主張の強い看板。

 建物そのものも他に比べてかなり大きく、三階建てになっている。

 特殊な素材を使っているのか、外壁は真っ白でつやつやとした光沢を帯びていた。

 すごくお金を掛けて建てられたものに違いない。

 そんな建物と看板を見上げて、僕らは思う。


「これはあの治癒師姉妹の治療院ではないか?」


「うん、たぶんそうだろうな」


 このガヤヤの町で治療院を営んでいるのは、あの二人しかいないはず。

 それに治療院の名前からしてもわかる通り、ここはあの姉妹が営んでいる治療院だろうな。

 中にはあまり人がおらず、ちょうど忙しい時間を抜けたあたりだと思われる。

 せっかく町まで来たんだから、二人に挨拶くらいはしておこうかな。

 何より他にやることないし。

 というわけで僕はトトとロロが開いている治療院に足を踏み入れることにした。


「お邪魔しま~す」


 なんだかオシャレな大扉を開けて、中に入っていく。

 するとまず最初に汚れ一つない真っ白な景色が目に飛び込んできて、思わず僕たちは瞼を細めた。

 めちゃくちゃ綺麗な内装だ。これぞ治療院という感じがする。

 おまけに順番待ち用の柔らかそうなソファが六つも並んでいるし、僕の治療院よりも治療院らしい気がするぞ。

 ちょうど今は誰も腰掛けておらず、順番を待つ必要がないので先に進むことにする。

 そして待合室を抜けた先には、二人の少女が丸椅子に座って待っていた。

 銀髪のポニーテールを揺らすトトと、ツインテールのロロ。

 ダボダボの白衣を着こんで待っていた彼女らは、僕たちの来訪に気が付いてこちらを振り返った。


「はいは~い、いらっしゃいま……って、えっ!?」


「な、なな、なんであんたがここにいんのよ!?」


「いやなんでって、遊びに来ただけだけど」


 呆れながらそう言うと、トトとロロはなぜか頬を赤く染め、困惑した様子を見せた。

 遊びに来た? いったいどういうこと?

 という疑問を感じ取り、僕は説明を重ねる。


「用事があってこの町まで来たんだよ。で、せっかくだから挨拶でもしておこうと思ってな」


「あ、挨拶って……」


「いったいどんな挨拶をするつもりよ」


 いや、どんなもこんなもないだろ。

 別に普通の挨拶をしに来たつもりだよ。

 それなのに彼女たちは終始僕のことを警戒するように睨んでいた。

 まるで天敵を目の前にした獣のようだ。

 なんで僕、こんなに警戒されちゃってるんだろうか?

 それはまあいいとして、いまだに困惑している彼女たちにさらに説明を上乗せした。


「ほら、前にお前たちが僕の治療院に再戦しに来た時に、偉そうに『姉妹で治療院をやったらどうだ?』とか言っちゃっただろ。だからその後の様子はどうかなって思ってさ」


 現にこいつらは僕のアドバイス通り、二人で治療院をやっているようだ。

 その状況の確認も兼ねて、こうして治療院を訪ねてきたんだけど。

 トトとロロは依然として僕への警戒心を緩めようとはしなかった。


「なるほど、敵情視察っていうわけね」


「ライバル店になりそうな私たちの治療院を、少しでも観察しておこうって魂胆かしら?」


「お前ら話聞いてなかったのか」


 挨拶しに来ただけって何度も言ってるだろうが。

 どんだけ僕のことを敵に仕立て上げたいんだよ。

 内心で深々と呆れたため息を漏らしていると、トトとロロはいつもの調子を取り戻して盛大に言い放った。


「まあいいわよ。敵情視察でもなんでもすればいいじゃない」


「もう私たちとあんたでは治癒師としての格がまるっきり違うんだから」


「……?」

 

 格?

 それはいったいどういうことだろう?

 と首を傾げていると、不意に彼女たちは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 そして大腕を広げて自分たちの治療院を指し示してくる。


「見なさい、この私たちに相応しい立派な治療院を!」


「あんたが開いてる治療院なんかとは比べ物にならないでしょ! あんな小汚いボロ小屋なんかとはね!」


「この治療院ぶち壊すぞコラ」


 喧嘩のバーゲンセールか?

 友好的な雰囲気を醸し出していた僕だけど、喧嘩を売られたことで態度が一変した。

 袖をまくり上げて拳を握る。

 するとすかさず後方のプランとアメリアが僕のことを止めてくれた。

 そして一方でトトとロロはといえば、調子に乗りすぎたことを反省したのか、ポニーテールとツインテールを犬の耳のようにしゅんとさせたのだった。

 僕の治療院をバカにする奴は許さねえ。

 

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