第3話 「センス」

 

「……撒いたか?」


 町の裏通りから表を窺いつつ、僕は人知れず呟く。

 周囲に追跡者たちの気配がないことを確認し、ため息を長々と吐き出した。

 危なかったぁ。あと少しで捕まるところだった。


「まったくノンさんは、だからあれほどフードは大切だと教えたじゃないッスか」


「私たちがいくらフードの重要性を説いても関心を示さず、きっとその罰が下ったに違いない」


「お前ら犯罪者と一緒にするな。僕は有名人として追いかけられてただけで、悪いことは一切してないんだからな」


 後方からの野次に対して、僕は呆れた顔を浮かべる。

 お前らと一緒にするんじゃない。

 僕が冒険者に追われていたのは、パーティーに勧誘されそうだったからだ。

 無詠唱で回復魔法を使える僕のことを、回復役として招き入れたかったのだろう。

 別に悪さをして追われていたわけではない。


「それにしてもまさか、ここまで僕のことが噂になっていたなんて思わなかったな。せいぜい無詠唱の回復魔法を使って治癒活動をしただけじゃないか」


「あのぉ、ノンさんはあまり自覚がないのかもしれないッスけど、それって充分すごいことッスからね」


 今度はプランが呆れた様子で言ってくる。

 充分すごいことなのだろうか?

 そりゃもちろん自分の能力は少し珍しいとは思っているけど、血眼になってパーティーに勧誘するほどではないだろう。

 治癒師なら他にいくらでもいるし、特殊な治癒能力を持っている人だって中にはいるはずだ。

 そう思っていると、プランに続いてアメリアまでもが呆れた顔で言った。


「ま、この町で無詠唱の回復魔法を披露したのがすべての原因だな。自業自得というやつだ」


「……」


 確かにそうですね。

 あの時はマジでお金がなくて焦ってたからな。

 どんなことをしてでも資金を調達する必要があり、それに全力を尽くしたまでだ。

 後悔は……していない。


「と、とにかく、ここからは慎重に町を探索していくぞ。また騒ぎになったら買い物どころじゃなくなるからな」


「は~いッス」


「うむ」


 二人に声を掛けた僕は、彼女たちよりも一層フードを目深まで被って裏通りを出た。




 それからしばらく町を歩き、目的の家具屋を探し回った。

 依然としてフードで顔を隠したまま、こっそりと表通りを進んでいく。

 やがて中央広場の近くまで来ると、道の端に家具屋さんを発見した。


「値段もそこまで高くないし、品揃えも良さそうだな。よし、ここで買い物するか」


 そう宣言すると、プランとアメリアも同意を返すように頷いた。

 三人で家具屋さんに入っていく。

 とりあえず買うべき物は、机と椅子。

 それと木造りの床に敷くための絨毯かな。

 他にも新調した方がいい家具があったので、それらも購入を検討する。

 僕としては新しく本棚もほしいので、忘れずにチェックしなくては。

 しばし三人は各々で家具を見ていき、買いたい物を選んでいく。

 僕も購入予定の商品を次々と増やしていると、不意に傍らからプランが声を掛けてきた。


「ノンさんノンさん、これ見てくださいッスよ。部屋を地下迷宮風にする『岩壁シート』ですって。結構よくないッスか?」


「いやよくねえよ。どんなセンスしてんだお前」


 これにはさすがに顔をしかめてしまう。

 部屋を地下迷宮っぽくしてどうすんだよ。

 落ち着かなくてしょうがないわ。

 女子がコーディネートした部屋とは思えない。

 にしても、模様替え用の壁紙とかもあるのか。

 僕の部屋も殺風景で、何か工夫を加えたいと思っていたから、ちょっと見てみるかな。

 と壁紙コーナーへ行くと、そこには先にアメリアがいた。

 どうやら彼女も壁紙シートを物色しているらしい。

 そんなアメリアが手にしていたシートは……


「……アメリアさん、もしかしてそれ買うんですか?」


「っ!?」


 僕が声を掛けるや、アメリアはすかさず手にしていた物を棚に戻した。

 キラキラと星が散りばめられたシートや、ピンクの水玉模様のぽわぽわしたシート。

 それらを見た僕は、呆れた顔でアメリアに言った。


「女児が好かんとか言ってた割に、自分はバリバリの少女趣味なんですね」


「い、いや、これは違うのだ! 私は別にこういうキラキラぽわぽわしたものは好きではなく、もっと大人っぽいデザインの部屋が好みなのだが……」


 慌てて弁解する中、プランが逆側から野次を入れる。


「ぷぷっ、センスがお子ちゃまッスね」


「なんだとこの盗賊娘! お前だけには言われたくないわ!」


 それから二人はギャーギャーと喧嘩をし始めてしまった。

 何やってんだよこいつら。

 にしてもまさか、アメリアがこのような商品に興味を示すとは。

 言っちゃなんだけど、サキュバスの元女王が選ぶような物ではない。

 もしや体が縮んだせいで、味覚だけではなく趣味嗜好も変わったということなのか。

 まあそれはいいとして……


「おい、喧嘩なんかしてないでさっさと買う物選べよな。もたもたしてたら冒険者の人たちに見つかっちゃうだろ」


「は~いッス。って、冒険者に見つかって困るのはノンさんだけなんスけど。……ところで、ノンさんはどんな物買うんスか?」


「えっ、僕?」


 そう問われ、僕は周囲を見渡しながら返す。


「僕はそうだなぁ……椅子と机は一新するとして、あとはお客さん用の家具と本棚かな」


「えっ、本棚? そんな大きい物も買っていいんスか?」


「ほしいなら別にいいけど、何か買いたい物でもあるのか?」


 そう尋ねると、不意にプランは一つの商品の前まで駆け寄り、それを指し示した。


「クローゼットを所望しますッス!」


「クローゼット?」


「はいッス。みんなの衣服をもっと綺麗に収納しておくために、クローゼットがほしいッス」


 そう言われ、やや遅れて納得の声を漏らす。

 そういえばうちにあったタンスは魔王に吹き飛ばされて、今は小さなカゴに服を収納してるんだっけ?

 うちの洗濯を任されているプランにとって、綺麗にした衣類はちゃんとした場所に収納したい気持ちがあるようだ。

 

「よしわかった。じゃあそれも三人分買っていくか」


「やったッス!」


 など話し合いも交えて、僕たちは購入する家具を選び終えた。

 それらをすべて受付にて注文し、支払いを済ませる。

 さすがにこれだけ買ったらそこそこの金が掛かるな。

 それにこの量の家具を自力で持ち帰ることが果たしてできるだろうか? 

 と不安に思っていると、その気持ちを見抜かれたわけではないだろうが、店員さんがある提案を出してくれた。


「お客さん、お住まいはどこで?」


「えっ? ここから少し東にある、小さな村ですけど」


「ではよろしければ、東方面行きの馬車乗り場までお運びしましょうか?」


「えっ、いいんですか!?」


 驚愕しながら問い返す。

 すると家具屋さんはこくりと頷いてさらに続けた。


「しばらく時間が掛かると思いますので、その間は町の観光でもしててください。おそらく一時間ほどで荷運びが済みますので。御者にも話を通しておきますよ」


「は、はい。ありがとうございます」


 些細な窮地に立たされた僕らだったが。

 家具屋さんの良心的なサービスのおかげで、なんとか難を逃れることができた。

 そうして僕たちは無事に家具の購入を済ませ、家具屋さんを後にしたのだった。

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