第2話 「有名人」

 

 新しい治療院に新しい家具を。

 というわけで僕たちは新しい家具を買うために町へとやってきた。

 そのため今日は治療院の扉に休業の札を掛けてある。

 さらに直接村の人たちに買い物に行くことを伝えてあるので、何も心配はいらない。 


「さあ着きましたッス、ガヤヤの町! 今日はお買い物いっぱい楽しみましょうねノンさん!」


 町に着くや、プランが上機嫌な声を張り上げる。

 そのテンションとは裏腹に、彼女はいつもの服装にフードを目深まで被っていた。

 随分と地味に格好だ。しかしプランは元盗賊ゆえ、町では目立たないようにしなければならない。

 同じくアメリアも魔王軍の元四天王ということで、フードを深く被っている。


「楽しむのは別にいいけど、余計なものまで買わないようにしろよ。ていうか、今日は何を買いに来たのかまさか忘れてねえだろうな」


「もちろんッスよ! 今日は増築した治療院に合う”家具”を買いに来たんス!」


 目的を忘れていないようでよかった。

 下手をしたらこいつは関係のない物ばかり買ってしまう恐れがあったからな。

 ついでにアメリアにも視線を振ると、”わかっている”と言うように頷きを返してきた。

 ではさっそく買い物開始である。




 まずは家具を買うために店を探すことになった。

 この町には何度か立ち寄ったことがあるが、詳しいことは何も知らない。

 どこに何があるか。物の値段はいくらくらいなのか。それらの情報が皆無に等しいのだ。

 いったい家具屋さんはどこにあるのだろう? そう思いながら町を歩いていると、ふと周りからの視線が気になった。

 チラチラとこちらを窺っているように見える。


「なぁ、二人とも」


「「……?」」


 視線が気になった僕は、不意にプランとアメリアに耳打ちをした。


「そのフードのことなんだけどさ、目立たないようにしてるつもりなんだろうけど、逆にめっちゃ注目浴びてると思うぞ」


「えっ? そうなんスか?」


「うんたぶん」


 他の人たちの服装に比べると、だいぶ目立っている気がする。

 顔を隠している人なんて滅多にいないし、プランやアメリアみたいにそわそわしている人もいないからな。

 まあ、こいつら以外にもフードで顔を覆っている人は少なからずいるが。


「ていうかもう、盗賊を辞めてから結構経つんだから、別に警戒することないと思うぞ? アメリアだって元の姿とは違うわけだし、二人ともそれ外したらどうだ?」


「うぅ~ん……」


 アドバイスを送ってみるが、プランは依然として難しい顔をしている。

 アメリアも同様にフードを外す素振りを見せなかった。

 そしてプランは難しい顔をしている理由を話し始める。


「まあ、ノンさんの言う通りもう安全かもしれないッスけど、でもやっぱり町にいる間はこれがなくちゃ落ち着かないッス。すっかりこれに慣れてしまったというか」


「私も盗賊娘と同意見だな。いかに本来の姿と違うとはいえ、どこで誰が見ているかわからない。たとえ注目を浴びているとしても、顔を覗かれることはないのだから隠しておいた方がいいに決まっている」


「ふぅ~ん……」


 二人のその意見を聞いて、僕は思った。


「犯罪者って大変なんだな」


「な、なんだとノンッ!?」


「誰が犯罪者ッスか!?」


 二人はギャーギャーと騒ぎ始めてしまった。

 犯罪者だった自覚はあるのに、犯罪者と言われるのは嫌な模様だ。

 いまいちわからない価値観だな。

 なんて思っていると、不意にプランが騒ぐのをやめ、僕に言ってきた。


「あっ、もう一つ予備を持ってるので、ノンさんも被りますッスか?」


「いらんわ」


 三人でフードマンになってどうすんだよ。

 余計に怪しさが増すじゃねえか。

 という他愛のない話を挟みつつも、家具屋さんを探して町を歩く。

 するとそんな最中……


「あのぉ、すみません」


「……はい?」


 不意に町人に声を掛けられた。

 薄い胸当てと剣を携えている格好。

 おそらく冒険者と思われる女性だ。

 彼女から声を掛けられた瞬間、プランとアメリアは「ヒッ」と言って僕の背中に隠れてしまう。

 対して僕も少し警戒しながら女性冒険者のことを窺った。

 まさか二人の正体を見破って声を掛けてきたのか?


「も、もしかしてあなた、この前この町で無詠唱の回復魔法を披露した治癒師のお兄さんじゃありませんか?」


「えっ?」


 唐突な問いかけに、僕は思わずフリーズしてしまう。

 無詠唱の回復魔法? 確かにそれは使えるけど……

 なんで突然そんなことを? と呆然としていると、最初の女性冒険者に続いて周囲の人たちが集まってきた。


「ギルドにたくさんの怪我人が押し寄せてパニックになっていたのに、瞬く間に怪我人たちを癒してしまった『高速の癒し手』さんじゃないですか!」


「えっ、もしかして本物!?」


「勇者パーティーで回復役をしていた応急師のゼノンと同じ力を持ってるって本当ですか!?」


「あっ、えっと、その……」


 たくさんの人に詰め寄られ、僕の方がパニックになってしまう。

 そういえば以前、お金がなくて困っていた時に、出張治療としてこの町で治療活動をしたのだった。

 その時に惜しげもなく無詠唱の回復魔法を使いまくって、変に注目を浴びてしまった。

 まさかその話がここまで広まっていたとは。


「是非、うちのパーティーで回復役をしてくださいませんか!?」


「いえいえ、絶対に私たちのパーティーの方がいいはずです!」


「どうかお願いします、高速の癒し手さん!」


「えっ、いや、ちょっと待って……」


 これは非常にまずい。

 騒ぎが騒ぎを呼んで、たちまち周囲には大勢の人たちが集まってきてしまった。

 これじゃあ買い物どころではない。

 ていうか僕は目立つことを何よりも嫌っているのだ。

 この場はやはり撤退しかない。


「ひ、人違いじゃないですかね? 僕はただこの町に買い物に来ただけの一般人ですよ。それではさようなら」


 そう言うや否や、プランとアメリアの手を引いて群衆の中から抜け出した。

 そのまま町の大通りを走り抜けていく。

 これで面倒な事には巻き込まれないだろう。

 騒ぎが収まるまでどこかに隠れて……


「あっ、ちょ、待ってくださいよ高速の癒し手さん!」


「どうか私たちのパーティーに!」


「絶対に逃がすな!」


 冒険者たちは簡単には諦めず、僕の後を執拗に追いかけてきた。

 その壮絶な光景を尻目に、僕はぎょっと目を見開く。

 そこまでして回復役がほしいのか。

 まあ、回復系統の天職を持っている人は少ないし、治癒師を求めているのは納得できるけど。

 でもなんで僕なんだよぉ……。と泣き言を漏らしながら全力で逃げていると、不意にプランがにこりと笑って言った。


「なんかノンさんの方が犯罪者みたいッスね」


「誰が犯罪者だ!」


 そう返しながらも、僕はプランから予備として持ってきたというフードを借りることにした。

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