外伝5 「再戦」

 

「「再戦しに来たわよノン!」」


「……はいっ?」


 とある日の昼下がり。

 唐突にノンプラン治療院の扉が開かれた。

 いや、蹴破られたという方が適切か。

 あまりの力加減に治療院が少し揺れたくらいである。

 改築したばっかだからそういうのやめてほしいなぁ、なんて思いながら視線を向けると、そこには銀色のポニーテールとツインテールを揺らす二人の少女が立っていた。


 初めの衝撃が大きかったため、僕のみならずプランとアメリアも目を丸くしてしまう。 

 しかしすぐに少女二人の姿を見て、他愛もないことだと思ったのか、アルバイトたちは何事もなかったかのように仕事に戻った。

 同じく僕も気を取り直し、記憶の片隅をぐりぐりしながら目の前の二人と照合させる。

 銀色のポニーテールとツインテールに、ぶかぶかの白衣。


「え~と確か……トロトロ姉妹、だっけ?」


「「トトとロロよ!」」


 椅子に腰掛けながら何となしに問うと、彼女たちは憤慨しながら返してきた。

 そうだ、トトとロロだ。

 確か、以前にガヤヤの町で治癒勝負をして、僕が泣かした二人だったっけ?

 あんまり楽しくなかったことを思い出していると、二人は相変わらず僕に怒りをぶつけてきた。


「まるで私たちの治療が遅いのを揶揄するような呼び方はやめてちょうだい!」


「この前の治癒勝負に勝ったからって調子に乗ってんじゃないわよ!」


「い、いや、悪い悪い。人の名前覚えるのあんまり得意じゃなくて」


 確かにトロトロ姉妹はひどい言い草だったかもしれない。

 別に以前の治癒勝負を彷彿とさせるために言い間違えたわけじゃないんだけど。

 ていうかいきなりどうしたんだこの二人?

 そう疑問に思った僕は、心中の声をそのまま言葉に表した。


「んで、どうしたんだよ二人とも? 遊びに来てくれたのか?」


「いや再戦しに来たって言ったじゃない!」


「あんた話聞いてなかったの!?」


 どうも話が噛み合わずにプンプンと青筋を立てまくっている。

 僕とこの姉妹の相性は相当悪いんだろうなぁ。

 てか再戦ってなに?


「今日こそギャフンと言わせてみせるわノン!」


「成長した私たちの実力にひれ伏しなさい!」


「えっ、なに? もしかして治癒勝負の再戦をしにわざわざここに来たのか? それなら残念だけど、ここじゃそういう勝負全然できないと思うぞ」


「「えっ?」」


 びしっと指を差して宣戦布告してくる彼女らに、僕は非情な現実を突き付ける。

 いつの日かの再戦のために、せっかくここまで来てくれたところ悪いけど、この治療院じゃそんな勝負は絶対にできないと言い切れるのだ。

 その理由を二人にもわかりやすく伝えた。


「ここまで来たってことは、村の中央広場も当然通ってきたんだろ? ならあの村ののんびりとした景色見て、治癒勝負ができるくらいの怪我人がいるように思えるか?」


「「ぐ、ぬっ……」」


 確かにその通りだと言いたげに悔しそうにする。

 姉妹揃って歯をぎりぎりと鳴らす中、たぶん姉の方であるポニーテールのトトが不意に問いかけてきた。


「ち、ちなみに、今日の来客数は?」


「ん~と、どうだったかなぁ……」


 正確には思い出せず、部屋の片隅で窓の向こうを見ているアメリアに問いかけた。


「お~いアメリア~、今日って何人くらいお客さん来たっけ?」


「野菜を持ってきた八百屋の姉妹と、遊びに来た黒髪の母娘を合わせて、計八人だ」


「つーことは、実際に治療に来たのは四人だけか。なんだよ、今日も平和だな!」


「よ、四人……」


 その回答に、トトはお小遣いを詰めた財布を落としたかのように膝から崩れ落ちる。

 同じくロロもそれに続いて、ツインテールを振り乱しながら頭を抱えた。


「そ、それじゃあ、治癒勝負なんてできないじゃない……」


「いったいどうしてくれるのよ……」


「いやいや、どうもこうも平和的でいいことじゃないか。僕らもしばらくはお金に困ることはないだろうし、怪我人が少ないに越したことはないんだぞ」


 聞いたような台詞を掛けてやると、やがて彼女たちは目に闇を宿してぼそりと呟いた。


「「こ、こうなったら、いっそ村の連中に毒を盛って……」」


「おいコラ」


 無理に怪我人とか作らなくていいから。

 ていうかノホホ村の人たちに何しようとしとんじゃ。

 そう長々と叱りつけようかと考えたが、それはやめておいて僕は優しく声を掛けることにした。


「とにかく治癒勝負なんて熱苦しいことはやめておいて、せっかくここまで来たんだからせめて茶ぁだけでも飲んで行けよ。ここまで来るの大変だっただろ?」


「「え、えぇ。それもそうね……」」


 二人はまるで思い出したように額に汗を滲ませる。

 来客用のソファに座らせて冷たいお茶を握らせると、ずずっとそれを啜って一息ついてくれた。

 そんな彼女たちに、僕は何となしに提案してみる。


「ついでに僕が仕事してるとこでも見て行くか?」


「「えっ?」」


「まあ、あんまり参考にならないと思うけ……」


「「み、見るわ! 是非見させてちょうだい!」」


「……お、おう」


 なんでそんなに食いつくのかはよくわからないが。

 まあ見たいというなら見せてやろう。

 これがノホホ村での僕の治癒活動のすべてだ!




「ありがとうございました~」


 本日記念すべき十人目を達成したあたりで、空はすっかり橙色に染められていた。

 ちょうど終業時間である。

 忙しさなんてほとんどなく、時間の大半を読書や治療に来てくれた村人との歓談に費やしてしまったが、やはりこれがたまらなく最高なのである。

 はぁぁ、今日もスローライフしてしまった。

 充実した気持ちで後方を振り返ると、そこにはなぜか呆れた様子の銀髪姉妹が、何とも言えない視線を僕に向けていた。


「ど、どうしたんだ二人とも? そんなゴミを見るような目をして。ていうかどうだったよ、僕の仕事っぷりは?」


「「ど、どうって言われても……」」


 呆れたため息を盛大に吐き、トトとロロは愚痴を零すように言う。


「なんでそこまで素早い治療ができるのに、こんな田舎村で呆けた生活してんのよ」


「えっ?」


「もっと大きな町に出て、たくさんの怪我人を治そうとか思わないのかしら?」


「……」


 ……なるほど。

 治癒能力に見合わない治癒活動をしているから、治癒師である二人は呆れていたわけか。

 まあ応急師の力を使えば、もっとたくさんの苦しんでいる人たちを助けられるとは思うけど……


「まあ、これが僕が選んだ人生ですし」


「「だからそういうのが気に食わないって言ってるのよ!」」


 二人は相も変わらずプンプンと怒ってみせる。

 次いで姉妹揃ってガクッと項垂れてしまった。


「こんな男に負けただなんてやっぱり最大の恥よ」


「今すぐに治癒勝負して盛大に負かしてやりたいわ」


「……」


 治癒師としてのプライドが、怠惰な僕の存在を許せないのだろうか。

 まあそれも無理はない。

 その二人の怒りに納得しながら、僕は何気なく問いかけてみた。


「そういえば、二人の天職ってどういうのなの?」


「「えっ?」」


「いや、治癒師としての腕に誇りを持ってるようだし、そういえばどんな天職なのかなぁって」


 ここまで治癒師としてのプライドが高い以上、おそらく普通の『治癒師』ではないのだろう。

 じゃあ何なのだろうと思って尋ねてみると、まずポニーテールの姉トトが胸を張って告白してきた。


「私の天職は『救命師』よ。上級の回復魔法『エクスヒール』まで使うことができるわ」


「へぇ、そいつはすごいな」


 言うと、トトは少し嬉しそうに朱色の頬を緩めた。


「ま、まあそれほどでもないわよ。でもその代わり、解毒魔法は初級のものしか使うことができないの。怪我を癒やす”回復魔法”に特化した治癒師だと思ってくれればいいわ」


 次にツインテールの妹ロロが、胸を張って告白してくる。


「私の天職は『消毒師』よ。上級の解毒魔法『オールキュアー』まで使うことができるわ」


「へぇ、そいつもすごいな」


 言うと、ロロは少し嬉しそうに朱色の頬を緩めた。


「ま、まあそれほどでもないわよ。でもその代わり、回復魔法は初級のものしか使うことができないの。毒を消す”解毒魔法”に特化した治癒師だと思ってくれればいいわ」


 という二人の声を聞いて、僕はふむふむと人知れず頷いた。

 救命師と消毒師か。

 二人ともやはり、それなりの天職を有しているようだな。


「なるほどな。それならやっぱり二人は、コンビを組んで治療院をやった方がいいな」


「「えっ?」」


 唐突にそう言うと、トトとロロは驚いたように目を丸くした。

 僕はその言葉の意味を説明する。


「だってさ、片方が上級の回復魔法まで使うことができて、もう片方が上級の解毒魔法まで使うことができるんだろ? それなら一緒にやれば、回復職のトップと言われている『聖女』と同じくらいの力が発揮できるんじゃないのか?」


「「……」」


 変わらず二人は固まっている。

 聖女と同じくらい、という信じがたい言葉を聞いて、現実味がないのかもしれない。

 しかしこれは純然たる事実だ。

 さすがに聖女を上回ることはできないだろうけど、彼女と同じくらいの力なら、姉妹が手を取り合えば発揮できるかもしれない。

 それに……


「僕なんてほら、無詠唱で回復魔法が使える代わりに、初級の回復魔法と解毒魔法しか使えないわけだし、もし二人で協力して真剣勝負をされたら、僕に勝ち目はないかなぁ……って」


「「……」」


「どうせまだ二人とも、別々の治療院で治癒活動してるんだろ? ならこの際だから一緒にコンビを組んで、世界一の治療院を創り上げたらいいんじゃないか?」


 それなら僕と治癒勝負をする必要もなく、治癒師としての勝利が確定できるではないか。

 僕も面倒な治癒勝負に巻き込まれることないし。

 ということを伝えると、トトとロロはべた褒めされたことが恥ずかしかったのか、頬を染めながら声を零した。


「あ、あんたがそう言うなら……」


「別に、やってやってもいいけどさ」


「相変わらず可愛くねえなお前ら。まあこの際だから、ノンプラン治療院なんか目じゃないくらいの治療院を創り上げちまえよ」


 僕は激励のつもりで、二人の頭に手を乗せる。

 その場の雰囲気に流されただけなのだが、頑張れよという意味で頭を撫でると、不思議と彼女たちは抵抗せずにじっと立ち尽くしていた。

 てっきり振り払われるかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。

 しばし二人はなでなでに身を任せ、ノンプラン治療院に一時の静寂が落ちる。

 

 この時ばかりはプランもアメリアも、口を挟むことはしなかったが、なぜか鋭い視線を背中に感じた。

 ナニコレ怖い。

 とにもかくにもなでなでする手に集中すると、心なしかトトとロロの頭が、ぽかぽかと熱くなってきたような気がした。

 まあそれはいいとして、とりあえずこれでここに来た意味くらいは作ってあげられたかもしれない。

 これを機に姉妹で仲良くして、今度こそ本当に一緒に治療院をやってほしいものだ。

 

 だから僕は最後に、年長者として治癒師姉妹に最高のアドバイスをしておいた。


「名前はトロトロ治療院で決まりだな」


 姉妹は僕の手を振り払い、真っ赤な顔でこちらを振り向いた。


「「バカにしてんじゃないわよ!!!」」


 すみません冗談です。

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