外伝4 「追放の影響」
ノンがパーティーを追い出されてすぐのこと。
「せ……やぁぁぁぁぁ!」
魔大陸の草原に、マリンの叫びが響き渡る。
彼女が聖剣を振りかぶって魔物に飛びかかっていくと、同じく剣聖のルベラも剣を構えて前に出た。
二人とも一撃で魔物を両断する。
マリンとルベラの実力ならば、そこらにいる魔物たちは軽く倒すことができるだろう。
魔王軍の幹部クラスだって目ではない。
それが魔王を倒す使命を託された『勇者』であり、その彼女に実力を見込まれた『剣聖』なのだ。
しかし、いくら二人が強いとはいえ、ここは予測不可能の大地ーー魔大陸。
戦いに夢中になるあまり、そこらに生えている木の枝などで、体を擦り剥くことなどが多い。
そして今回も、戦いがひと段落した後に、二人は体についた小さな傷に気がついた。
「テレア、回復お願い」
「……うん」
そんな傷を癒してくれるのは、最近勇者パーティーに加入した新たな回復役テレアだ。
彼女は『聖女』という珍しい天職を持っており、そこらの治癒師とは別格の上級の回復魔法を扱うことができる。
ゆえに『聖女』は特異職の一つとして数えられているのだ。
そんな彼女もまた、勇者マリンに実力を見込まれてスカウトされたパーティーメンバーの一人である。
テレアはマリンに言われた通り、小さな擦り傷を治すべく二人に歩み寄っていった。
「木漏れ日よりも淡き希望の光よ。眼前の傷者に天罰ではなく慈愛を。すべての人々に等しき癒しを……」
魔法には絶対に欠かすことのできない詠唱が始まる。
回復魔法を使用する際も、攻撃系統の魔法と同じ詠唱が必要になるので、基本的に魔法使いはその隙を敵に狙われることが多い。
しかし今は、マリンとルベラの活躍により魔物がいないので、安全に詠唱を行うことができる。
……立ち止まる必要はあるが。
「伝手となりし我が手に集え、ヒール」
詠唱が終わり、テレアの小さくて白い手に、一層真っ白な光が淡く灯った。
彼女はそれをマリンとルベラの傷口にそっとかざす。
するとおよそ“数秒”で完全に傷が塞がってしまった。
傷跡など一切残らない、完璧な仕上がり。
それを目の当たりにして、男勝りの女剣聖ルベラが口を開いた。
「さすが聖女の回復魔法だな。これならウチらは存分に暴れることができる。もう勇者パーティーは安泰だな」
「……」
まるで誰かと比較するような物言い。
その台詞に、後方で戦いを見守っていた女賢者のシーラもこくこくと頷いた。
激しく同意と言わんばかりの首振り。ちなみに彼女は男が大嫌いなのである。
そしてシーラと同じくマリンも頷いていると思って、ルベラが視線を向けると……
どういうわけか彼女は、テレアに治してもらった右腕に目を落とし、何か言いたげな顔で固まっていた。
「……? どうしたんだマリン?」
「……ううん、別に」
マリンは艶やかな青髪を揺らしながらかぶりを振る。
そしてルベラに背中を向けると、そのまま魔大陸のさらに奥へと進み始めてしまった。
しばし疑問符を浮かべながらその後ろ姿を眺めていた三人だが、やがて慌てて勇者の後を追いかけていった。
それからある日の飯時。
炊事係、というか、勇者パーティーの身の回りの世話をしていたノンに代わり、ご飯を作るのはシーラの役目になった。
いつもは感想などまったく口にしないルベラだが、またも誰かと比較するように大きな声を上げる。
「シーラの作る飯は相変わらず美味いなぁ!」
「そ、そう? ならよかったわ」
素直な賛辞をいただき、女賢者のシーラはエプロン姿のまま頬を染める。
実際は手を抜いた……いや、上手く時間を短縮した料理を出しただけなので、正直なところ耳が痛いと思うシーラだったが。
それでも褒めてもらえたことに少なからずの嬉しさを感じた。
なぜなら今まで料理などしたことがなかったし、急遽担当することになった炊事係に自信がなかったから。
一般的な魔法使いに比べて数多くの上級魔法を扱う、魔法のスペシャリストの『賢者』も、料理だけは思うようにできない。
それでも一生懸命作ったし、ルベラも美味しいと言ってくれたのだから、きっとマリンも……そう思って勇者に視線を移してみるが……
「こう、なんつーか、シンプルな味付けがいいっつーか」
「……」
変わらず賞賛を送ってくるルベラとは違い、なぜかマリンは難しい顔をして、シーラの作ったご飯に目を落としていた。
「ど、どうしたのマリン?」
「……ううん、別に」
またしても何も答えなかったマリンは、そのまま眉を寄せてシーラ特製の時短料理を食べ進めたのであった。
また、ある日は……
「あれっ? ウチのパンツどこ行った?」
「ルベラあなた、自分で畳むとか言っておいて、カバンの中にそのまま突っ込んでたでしょ。ダメでしょ、衣類はちゃんと分けておかないと」
「な、なはは、悪い悪い」
「……」
洗濯物の始末がおざなりだったり……
「ちょっとルベラ、馬車の中でお菓子を食べ散らかさないでくれないかしら? ゴミもちゃんとまとめて……」
「えぇ、ウチだけじゃねえよぉ。シーラだってよくつまみ食いしたのこぼしてるじゃ~ん」
「そ、そんなことしてないわよ!」
「……」
生活スペースの掃除が行き届いていなかったり……
「あれっ? 水ってもうなかったっけ?」
「そういえば町で買い足すのを忘れていたわ。すぐ近くに村とかあるかしら?」
「……」
誰も買い物に行かずに度々消耗品を切らしたり……
「ちょ、虫よ虫! 黒くて光ってるのが出たわ! 誰か早く退治して!」
「いやいや、ウチも虫とかちょっと無理で……行けテレア!」
「私も……無理」
「……」
上級の天職を持っているとはいえ、誰も虫退治ができずにパーティー内がパニックになったり……
しばらく前まではまるで見えることのなかった小さな亀裂が、最近はしょっちゅう表に出るようになっていた。
その度に勇者マリンは複雑そうな顔をして、口を噤んでしまう。
そんなマリンの様子を見て、パーティーメンバーは不思議そうに声を掛け続けた。
「どう、したの? マリン?」
「……ううん、別に」
それでも彼女はなんでもないというように、やはりかぶりを振るのだった。
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