外伝3 「体の成長」
「あっ、またお前野菜残してんのか」
「……」
みんなお腹が空いてくるお昼の時間。
僕は治療院の従業員二名と共に、昼食の卓を囲んでいた。
そしてふとアメリアの皿の上を見ると、いつもと変わらずそこには野菜だけが残されていた。
そのことを指摘すると、彼女はバツが悪そうに目を逸らしてしまう。
何度言っても聞いてくれない。
仕方ないと思った僕は、自分のフォークで野菜を取り、アメリアの口元まで運んであげた。
「ほら、ちゃんと食べなきゃダメだろ。残したらせっかく作ってくれた農家の人たちに申し訳が立たない」
「あっ、それならもう、私の皿に野菜は乗せなくていいのだが……」
「おいコラ」
聞いたような屁理屈をこねるんじゃねえ。
こいつは毎度毎度、器用に野菜だけを残して食べるので、作るこちらとしては頭を抱えさせられる毎日なのだ。
味付けを工夫しても『苦い』だの『受け付けない』だのと言って残し、野菜の姿が見えないように別の料理に隠しても鼻を利かせて取り出すし。
マジでわがままな子供にしか見えてこない。
だから今日は絶対に……と思ってぐいぐいと野菜を押し付けていると、いつまで経っても食べないアメリアを見てプランが言った。
「まったく、ノンさんに『あ~ん』して食べさせてもらえるチャンスだというのに、贅沢な後輩くんッスね。本当だったらそれ、看病の時だけのスペシャルイベントなんスよ」
「う、うるさい掃除当番。私だってこれが肉や魚なら喜んで食いついているに決まっている。なぜフォークの先には忌々しき野菜がくっついているのだ。……あっ、なんだったらこの『あ~ん』を貴様にくれてやってもよいぞ」
「えっ? ホントッスか!?」
「いやいや、乗せられてんじゃねえよ」
本当にバカだなプランは。
アメリアの提案を鵜呑みにして、魚のように口をパクパクと開けるプランを無視し、僕は呆れたため息を零した。
「野菜が嫌いなのは知ってるけど、こんな風に残してたら、ずっと”大きく”なれないままだぞ」
「……」
なんとなしに野菜嫌いな子供に掛けるような言葉を口にしてみた……のだが。
思いのほかこの口撃はアメリアに対してダメージになってしまったようだ。
彼女はどこか拗ねたように、密かに頬を膨らませている。
そして、膝上に目を落とすと、心なしか悲しそうな声を漏らした。
「もう私は、これから先大きくなることはないのだ。野菜など、何の意味もない」
「……」
そう言われてから気が付く。
そういえばこいつの体って、もう元の大人の体に戻ることはないんだったな。
ボウボウ大陸の植物から幼児化する毒をもらい、その治療をするためにプランが作った失敗作の薬を飲んでしまった。
それが原因で体の治療はもう不可能になってしまったのだが、そのことを忘れてつい無神経なことを口走ってしまったな。
急いで先ほどの発言について謝罪しようと思ったのだが、アメリアは落ち込んだように肩を落としながら、食器をまとめて席を立った。
「……ごちそうさま」
流しに食器を運んでから、逃げるように二階へと上がってしまう。
その背中に声を掛けることができず、僕は呆然と天井を仰いでいた。
……野菜残していきやがった。
「お~い、アメリア~」
昼休憩が終わるまで残り数分。
いつもなら接客の準備を整えて、客が来ないか一階の窓からちらちらと外を窺っているアメリアなのだが。
あの一件があったせいかまだ部屋に閉じこもったままなのだ。
だから僕は謝罪も兼ねて、彼女のことを呼ぶために部屋の前で声を上げた。
「さっきは悪かったよ。嫌いな物を無理に押し付けたりして。もう無理して食えなんて言わないから、とにかく機嫌を直してください」
このままじゃ接客に差し支える。
なんて事務的なことを考えていると、やがてアメリアがゆっくりと扉を開いて現れた。
そして、頬を膨らませながらふてくされる。
「……このままでは接客に差し支える、とでも言いたいのだろう」
「エスパーかお前は」
脳内を覗き見られたような感覚を覚えた。
と、感心している場合ではなく、僕はすかさずかぶりを振る。
「まあ、それもそうなんだけどな、落ち込んでるお前を見るのはもっと辛いんだよ。だから機嫌直してくれ、なっ?」
「さっきのやり取りの後では、もうすべて薄っぺらにしか聞こえないぞ」
いや、これも本音っちゃ本音なんだけど。
と弁明しても意味がないと思ったので、無駄な抵抗はやめておいた。
代わりに僕は、アメリアの機嫌をすぐに直せるように、慎重に言葉を選んで謝罪をしようとした。
だが、この先どう発言したらよいものかわからず、しばし言い淀んでしまう。
すると、そんな僕の姿を見て、アメリアが唐突なことを口にした。
「そんなに私に、大きくなってほしいのか?」
「はいっ?」
「先ほど私に、『大きくなれないぞ』と言って野菜を食べさせようとした。私が元の体に戻れば、それだけ接客の効果も上がるし、この治療院のためにもなるから、だから早く私に大きくなってほしいのであろう? それなら前にも言ったと思うが、私の体はもう……」
と、意味不明なことを言い始めたアメリアに、僕はきょとんと首を傾げた。
「い、いや、別に大きくなってほしいわけじゃないぞ?」
「えっ?」
「僕はただ、野菜好きの身として、野菜嫌いなアメリアとなんとか美味しいって感情を共有できないか悩んでるだけだ。別に大きくなってほしくて野菜食え食え言ってるわけじゃない」
つーかそもそも、野菜食って体が元に戻るとも考えられないしな。
そう言うと、アメリアは目を丸くして僕に問いかけてきた。
「そ、そうなのか? 私はてっきりこの治療院のために大きくなってほしくて、”あれ”を押し付けているのかと思ったぞ。そ、それに、元の体に戻った方が、男のノンも嬉しいのではないのかと思って……」
「あっ、いや、まあ確かに元の姿には少しだけ興味があるし、さっきは『大きくなれないぞ』とか言っちゃったけど、別に元に戻ってほしいわけじゃない。もう村の人たちはこの姿でアメリアのこと覚えちゃっただろうし、そもそも野菜食って治るとも思えないしさ。それに……」
「……?」
言いかけた僕は、少しだけ顔を熱くさせながら、頬を掻いて続けた。
「僕はそのままでいてほしいかなぁ……なんて」
「……」
小っ恥ずかしいことを告げると、アメリアは目を点にして固まってしまった。
同じく僕もその場に立ち尽くして硬直する。
早く機嫌を直してほしいからと、脇目も振らず口を走らせてしまったが、さすがに赤面ものの台詞を吐いてしまったものだ。
あぁ、恥ずかしい。早くここから消えてしまいたい。
と思っていると、ようやくアメリアが硬直を解いて、心なしか顔を赤らめて答えてくれた。
「ま、まあ、ノンがそう言うのなら、仕方ないからもう少しだけこの体のままでいてやってもよいぞ」
「……そっか」
それならよかった。
僕は人知れず安堵する。
するとアメリアが、次いでにこっと愛らしい笑みを浮かべて続けた。
「そのままでいてほしい……か。ふふっ、やはりノンはロリコンだったのだな」
「アメリア、ちょっと歯ぁ食いしばれよ」
なんて冗談を言い合ったりもして場が和んでいく。
そう、冗談だ冗談。
とにもかくにも、ひとまずこれで無事に仲直りができただろうか。
そう思って大きく胸を撫で下ろしていると、やがてアメリアがはっと気付いたように言った。
「んっ、ということはもう、野菜は二度と口にしなくていいのでは?」
「いや、野菜はちゃんと食えよ」
アメリアは再び頬を膨らませることになるのだった。
でもすぐに機嫌を直して、その日の接客も普段通り完璧にこなしてくれた。
それから翌日の朝。
紫色のお子様パジャマを着たアメリアが、朝食を作る僕のもとまでバタバタと走ってきた。
「おいノン! 聞いて驚け! 今朝身長を測ったら、ほんの少しだけ背が伸びていたのだ!」
「えっ、マジで?」
突然の知らせにぎょっと目を見開く。
もう元に戻ることがないと言われていたアメリアの体が、少しだけ成長していただと?
驚いて朝食を作る手を思わず止めていると、アメリアは心底嬉しそうに続けた。
「もしかしたら、治療薬で治せなくなっただけで、人間の女児と同じように日々少しずつ成長するのかもしれんな。これならば数年後には、あの魅惑的な体を取り戻せるかもしれない。楽しみにしていろ、ノン」
「お、おう。でもそれまでにちゃんと野菜食えるようにならないとな」
と野菜を切りながら僕は言う。
とにもかくにもアメリアの体が戻る見込みができて本当によかった。
昨日も言ったように、彼女の元の姿には少しだけ興味もあった。
などと思いながらも僕は、終始嬉しそうに頬を緩めるアメリアに、思い出したように声を掛けた。
「あっ、あとそれから……」
「……?」
洗面所の方に指を差し、そちらを向くように促す。
するとアメリアが振り返ったそのタイミングで、洗面所の扉から二人の少女が飛び出してきた。
「「リアちゃ~ん! 一緒にあそぼ~!」」
「なっ――!?」
コマちゃんとユウちゃんである。
もうすっかり仲良しさんになったこの三人は、最近よく一緒に遊ぶようになった。
遊び場は主にノホホ村の中央広場か”ここ”。
毎度毎度アメリアは不服そうな顔をしてはいるが、時折どこか楽し気な様子を滲ませたりもしている。
そして今日もきっと、そんな顔が見られることだろうな。
そう思いながら僕は、笑みを浮かべて続けた。
「今ある小さな体を、存分に楽しんでおけよ。その方がコマちゃんやユウちゃんとも遊びやすくていいだろ」
「ちょ、聞いていないぞノン!? なぜ朝からこいつらがいるのだ!?」
コマちゃんとユウちゃんにもみくちゃにされながら、アメリアはその小さな体で叫びを上げた。
「やはり早く大人になりたいのだ~!」
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