外伝2 「看病」

 

「うぅ、風邪ひいたッス。頭チョー痛いッス……」


「……」


 治療院の一階リビング。

 そこに置かれたソファで苦しそうな声を上げるのは、うちのアルバイト第一号の元盗賊プランだ。

 彼女はボサッとした白髪に手を当てて、頭痛を訴えている。

 仄かに顔も赤らんでいて、見るからに風邪をひいているとわかった。

 そんな少女の姿を目にした僕は、彼女の格好を確かめながら呆れた声を掛ける。

 

「風呂上がりTシャツとホットパンツで過ごして、果てはソファで寝落ちすりゃ風邪ひくのなんて当たり前だろ。なんで自分の部屋で寝ないんだよ。そしてなんでそんな薄着でうろうろしてるんだよ。前々から気になってたんだけど、お前バカなの? 今の時期そこそこ肌寒いのわかってるだろ」


 朝っぱらからツッコミを入れさせないでくれ。

 そう思って呆れた視線を向けていると、やがてプランはふてくされたように目を逸らした。


「……だってそうしないと振り向いてもらえないと思って」


「……なんの話?」


「こっちの話ッス」


 彼女はごろんと反対側を向いてしまい、それ以上は追及するなと意思表示をしてきた。

 仕方なく僕は肩をすくめて話を変える。


「とにかく今日はゆっくり休んでろよ。治療院の方は僕とアメリアでなんとかするから、お前は自分の部屋で大人しくしてろよな」


「は、はいッス」


 そう指示を受けて、プランは申し訳なさそうにゆっくりと頷いた。

 プラン、初めての病欠である。

 この治療院にアルバイトが入ってきてから、もうすでに数ヶ月が経過している。

 その間、誰も病気や怪我をせず、休業自体はあったものの誰か一人が休むという事態は一度もなかった。

 まあ、今までが少し元気すぎたように思えるので、ここらで軽く休養をとってもらうのも悪くはないだろう。

 

 改めてプランの風邪による欠勤を受け入れた僕は、さっそく彼女の前に膝をつく。

 きょとんと首を傾げるプランの前で、僕は腕まくりをすると、小柄な体とソファの間に手を滑り込ませた。

 

「よいしょっと」


「――ッ!?」


 プランの碧眼が大きく見開かれる。

 体を持ち上げただけなのに大袈裟な反応だ。


「ノ、ノノノ、ノンさん! 急になんスかこれ!?」


「いや何って、さすがにお客さんが来るところにうちの病人置いておけないだろ。部屋まで連れてってベッドに放り投げてやる」


 ぶっきらぼうにそう言うと、僕はさっそく二階に続く階段へと向かった。

 その間、腕の中のプランがぼそりと呟く。


「……風邪バンザイッス」


「バカなこと言ってないでできるだけ力抜いてろよ。この先階段あって危ねえんだから」


 そう文句を言いながらも僕は、慎重にプランの体を持ち、木造りの階段をゆっくりと上がっていった。

 あまり力に自信がある方ではないけど、こいつの体が軽いおかげで難なく二階へと辿り着ける。

 そして階段から二番目のドアを開けて中に入ると、宣言通りベッドに放り投げてやった。


「じゃあ、昼飯時になったらまた来るから、静かに寝てろよな」


「は、はいッス。治療のお仕事がんばってくださいッス」


「おう」


 そう答えて部屋の戸を閉める。

 本当なら僕かアメリアのどっちかが付き添って看病してやるのがいいのだろうが、そこまでの重病ではないように見えたので、まあしばらくは放っておいても大丈夫だろう。

 問題は、最近治療院へのお客さんが徐々に増えてきているので、僕とアメリアの二人だけで仕事を回せるかどうかだ。

 それらの対抗策を色々と考えながら、僕は階段を下りていき仕事モードに意識を切り替えた。

 

 

 

 時間は過ぎ、早くもお昼時。

 この日に限って別段忙しいということもなく、二人だけでも充分に仕事を回すことができた。

 だがまあ、いつもと比べて治療院の清掃が軽くなってしまい、プランには早急な回復を望むばかりである。

 そして僕は昼飯を作って、プランのもとへと運んでいった。


「お~い、飯持ってきたぞぉ」


「あっ、ノンさん。ありがとうございますッス」


 小さく声を掛けながら部屋に入ると、ベッドの上からプランの声が返ってきた。

 布団から顔だけを出し、なんとか視線をこちらに向けている。

 起きてたのか。

 ちゃんと寝ておくんだぞって言っておいたのに、まったく仕方のない奴だ。

 そう思いながら僕は、ベッドの近くの椅子に昼飯の乗ったおぼんを置いて、そのまま立ち去ろうとした。


「んじゃ、ここに飯置いとくから、ちゃんと食えよな」


「あっ、ノンさんノンさん」


「……?」


 踵を返そうとしたその時、不意に彼女に呼び止められてしまった。

 用はこれで済んだはずなのだが。

 首を傾げて振り向いてみると、どういうわけか奴は体を起こし、目を閉じて口をあ~んと開けていた。


「……」


 それが何を意味し、僕のことを呼び止めた理由もわかったのだが……ぶっちゃけわかりたくなかったな。

 完全に調子に乗ってやがる。

 というわけで僕は、知らないふりをして誤魔化そうとした。


「どうしたんだよ? 虫歯なんてないぞ」


「えっ、ちょ、そういうことじゃないッスよ。なんでそうなるんスか」


 風邪で弱っていても、プランのツッコミは健在である。

 とまあ、おふざけはここまでにして、仕方なく僕は彼女が所望していることをやってあげることにした。

 病人には優しくしなきゃいけないからね。治療院の主としてそこだけは妥協できない。

 ベッドの横で椅子に腰掛けて、渋々昼飯を食べさせてやる。

 実に嬉しそうにあ~んと口を開けるプランは、飯の味そっちのけでこの状況を楽しんでいるだけのように見えた。

 あぁ、早く終わらせたい。

 そう思いながら淡々と彼女の口にスプーンを運んでいると、不意に奴は食べ進めながら唐突なことを言い出した。


「回復魔法って、病気までは治せないんスよね」


「んっ? あぁ、そうだよ。前にも言ったように、風邪とかも治せないから、こうして付き添って看病してやってんだよ。それがどうかしたのか?」


 眉を寄せて問いかけると、プランは頬を染めながらにこりと笑った。


「回復魔法が万能じゃなくてよかったッス」


「はっ? お前なに言ってんの? 風邪でついに頭おかしくなったのか? それとも、そこまで症状がひどくなって……」


「ち、違いますッス! そうじゃなくて……ゴホッゴホッ!」


 突然大きな声を出したせいだろうか、彼女は苦しそうに咳き込んだ。

 いやいや落ち着けよと思いながら、仕方なく背中をさすってやると、しばらくしてプランは静かになる。

 そして背中から手を離すと、その瞬間彼女はとても名残惜しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して話を戻した。


「だ、だって、もし回復魔法が万能だったら、こうしてノンさんに看病してもらうことができなかったんスよね。回復魔法ですぐに治せたとしたら、それは便利で苦しくないかもしれないッスけど、なんかそれだと寂しい気がするッス」


「……」


 改めてそう聞かされて、それもそうかもしれないと僕は同感した。

 回復魔法が万能すぎたら、こうして看病することだってなくなってしまうかもしれない。

 苦しくなくなるのは確かにいいけど、それ以上に失われるものもあるということがわかり、僕は少しだけ考えを改めることにした。

 風邪をひいたというのに、なぜか終始嬉しそうにしているプランを見てしまえば、否応なしに考え方を変えさせられてしまう。

 そのことに人知れず頬を緩めていると、やがてプランが僕に言った。


「看病してくれてありがとうございますッス。今度はアタシがノンさんの看病してあげるッスからね」


「あぁ、そのときはよろしく頼むよ」


 これでプランの風邪をもらった時とかな。

 そう思いながら皿にスプーンを突っ込み、また飯をすくおうとするけれど、すでに中身は空になっていた。

 早く終わらせたいとか思ってたくせに、終わったことに気付かなかったなんて、間抜けもいいところだな。

 そして僕はおぼんに食器を乗せて、椅子から立ち上がる。


「んじゃ、今度は晩飯の時に来てやるから、大人しく寝てろよな。あと、何かしてほしいことがあったらすぐに言えよ」


「は、はいッス。あっ、じゃあ、行く前にちょっとだけぎゅっと……」


「冗談が言えんなら大丈夫そうだな。じゃあ後でな」


 そう言って僕は、プランの部屋を後にしようとした。

 こちらの素っ気ない態度に、彼女がふてくされた様子で布団に潜ったのを確認してから、扉をそっと閉める。

 それから一階へと下りるために階段の方へ歩いていこうとした、その瞬間……

 

 扉を閉じきった後で気のせいかもしれないが、部屋の中からプランの声が聞こえてきた気がした。


「ノンさん、大好きッス」


 僕は何事もなかったかのように、階段を下りていった。

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