外伝
外伝1 「冒険の始まり」
祝福の儀が終わったすぐ後のこと。
僕とマリンは儀式を執り行った神殿から早くも飛び出し、草原へとやって来ていた。
心地よい風が僕らの肌を優しく撫でていく。
まるで世界が、自然そのものが、勇者の旅立ちを祝ってくれているみたいだ。
そんな中、当の勇者マリンはというと、新しいおもちゃをもらって浮かれる子供のようにはしゃいでいた。
「さあ、天職も授かったところで、さっそくレベル上げを始めるわよ。栄えある魔王討伐への第一歩ね」
「おぉ……」
僕は気の抜けた声を上げる。
魔王討伐を命じられた時は、あまり興味なさそうにしていたマリンだけど、いざ草原に飛び出したら元気いっぱいになったのだ。
そりゃね、天職を授けてもらって、特別な力が使えるようになったのだから無理もないけど。
いくらなんでも旅立つのが早すぎないか?
今さっき祝福の儀を終わらせたばっかりなんだけど。
という僕の文句を聞き入れる様子もなく、マリンはテンション高く草原を見回し始めた。
そして一匹の野生の魔物を発見する。
青くて丸い魔物、スライムだ。
「ふんっ、あれが勇者マリン様の最強への道の犠牲者第一号ね。本当ならドラゴンとかゴーレムとかを最初に相手にしたかったんだけど、まああのパッとしない奴で勘弁してあげるわ」
「……いやあれ、駆け出し冒険者がまず最初に戦う、超オーソドックスな魔物なんだけど」
ドラゴンとかゴーレムとか、そんな危ない奴らをいきなり相手にしようなんて、マリンくらいしか考えないと思う。
というツッコミはこれくらいにしておくとして、僕は今さらながらマリンに問いかけた。
「ていうか、本当にもう魔物と戦うつもりなの? 繰り返し言うようだけど、僕らまだ十歳だよ。本当なら夕暮れまで友達と遊んで、家に帰って温かいお風呂に入って、家族と談笑しながら晩ご飯を食べてると思うんだけど。それでも……?」
「それでも戦うわよ。私は勇者なのよ? 十歳とか関係ないわ。それにあんなぷよぷよした奴に負けるわけないじゃない。おまけに、武器屋のおじさんから剣ももらったし、戦闘の準備は万全よ」
「……それめちゃめちゃ埃かぶってるけど大丈夫?」
親指を立てて自慢げに剣を見せびらかしてくるけど、それはびっくりするぐらい埃まみれになっていた。
振る度に細かな埃が風に乗って飛んでいく。
ちょっとだけこっちの方にも飛んできてるぞ。
迷惑そうな顔をするけれど、そんなのも意に介さずマリンは答えた。
「大丈夫よ。だっておじさんに、将来は魔王を倒した勇者としてこの武器屋のこと宣伝してあげるから、剣を一本寄こしなさいって言ったら、『そうかそうか、マリンちゃんは勇者になったのかぁ。それじゃあおじさんが特別にこの伝説の聖剣を貸してあげるから、大切に使うんだよ。あっ、でも、人に向けて振っちゃダメだからねぇ』ってこの剣くれたもの」
「……超絶不安」
それ本当に魔物斬れんの? なんかおじさん、勇者ごっこと勘違いしてない?
という懸念はどうやら伝わらなかったようで、マリンはぐっと埃を被った剣を構えた。
目標であるスライムに剣先を向ける。
その最中、ふとマリンはこちらを一瞥しながら問いかけてきた。
「で、あんたは何か武器とか持ってきたわけ? まだ初級の回復魔法の『ヒール』しか使えないとか言ってたけど……」
「あぁ、それなら……」
僕はポケットに入れていた布の包みを取り出した。
ゆっくりそれを解いていき、マリンに見せる。
「うちにあった、料理で使ってた包丁。お母さんが『これ持ってけば?』って」
「……そっちの方が斬れそうね」
眉を寄せながら包丁の刀身を睨んでくる。
確かにこっちの方が斬れそうだな。どうやらお母さんは武器屋のおじさんと違って、本当に魔物討伐に行くとわかってくれたみたいだし。
でもやっぱり本物の包丁とか危ないよなぁ、魔物退治とかはもう少し大人になってからでいいかも……と弱気なことを考えていると、マリンがいきなり走り出してしまった。
「まあいいわ。とにかく戦闘開始よ! そこのぷにぷに、勇者マリン様のレベル2への足掛かりになってもらうわ!」
「あっ、ちょ、作戦とか決めなくていいの!?」
という僕の声を無視して、彼女は草原を駆けて行く。
おじさんにもらったという埃の剣を振り上げて、スライムに突撃していった。
まだ剣を使ったことがないのだろう、すごく不慣れな感じで構えているが、その意気だけは充分伝わってくる。
「はあぁぁぁぁぁ!!!」
「キュ――!?」
そしてマリンは、スライムがこちらに気付くより早く、剣の間合いまで踏み込んだ。
不意を突いた一撃。
これなら駆け出しのマリンでも、難なく攻撃を当てることができるだろう。
初撃でダメージを入れることができれば、それだけで大きなアドバンテージになるはずだ。
と、呑気に戦闘を観察している僕の頬に――
突如、ぴぴっと数滴の雫が付着した。
「…………はっ?」
放心しながらそれを拭ってみる。
すると袖口には、どこかで見たような青い跡が残っていた。
恐る恐る視線を持ち上げて、前方を窺ってみると……
そこには埃まみれの剣を振り抜いたまま、何も残っていない地面に目を落とす、勇者のマリンの姿があった。
「あら何よ? てんで話にならないじゃない。一撃でバラバラになるとか経験値の足しにもならないわ」
「……」
信じ難い光景に言葉を失っていると、不意にマリンが草原の向こうを”嬉々として”指差した。
「あっ、今度はあっちに親子連れのぷにぷに発見よ! 次こそレベル2への踏み台になってもらおうかしら!」
「ちょっと待ったマリン!!! やっぱりドラゴンとかゴーレム探した方がいいかもしれない!!!」
勇者の圧倒的な力を見て、思わず僕は止めに入った。
確かに奴らは人間を見つければ見境なく襲ってくる、倒すべき魔物たちではあるんだけど。
あまりにもマリンが強すぎて、もうスライムたちが不憫に思えてきたぞ。
逆にこいつの方が悪者に見えるくらいだ。
これなら本当にドラゴンとかゴーレムを探した方がいいかもしれない。そっちの方が今のマリンの実力に見合っているはずだ。
そう思った僕は親子連れのスライムに飛びかかろうとするマリンの手を引き、もっと強そうな魔物がいる場所へと彼女を導いていくのであった。
もしかして僕ってこのために、勇者であるマリンの幼馴染として生まれてきたのかな?
恨むぞ神様仏様。
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