最終話 「勇者パーティーで回復役だった僕は」

 

 かつて、地上に蔓延る魔族を統べる、魔王という恐ろしい存在がいた。

 人々は魔王軍の侵攻に苦しめられ、やがて大陸のおおよそを魔大陸として奪われてしまう。

 そんな窮地の中に、魔王と戦う使命を背負った、一人の勇者が降り立った。

 勇者の天職は世代を越えて受け継がれていき、やがてある少女のもとへと渡ることになる。

 

 その者の名はマリン。勇者マリンである。

 彼女は先代の勇者たちとは比べ物にならないほど強大な力を宿しており、頼りになる仲間たちの援助もあり、ついに魔王との決戦にまで至った。

 そして、長きにわたる勇者と魔王の戦いは……

 

 勇者と魔王の接吻で、幕を閉じたという。

 

 

 

「というわけで、愛は世界を救うんスよ!」

 

「……」

 

 僕は魔王の部屋の地べたに座りながら、正面のプランに呆れた顔を向けていた。

 最終決戦の決着をプランニングした彼女は、それが上手く行ったことが嬉しいのか、ニコニコした笑みを浮かべている。

 そんな彼女の後ろでは今まさに、勇者と魔王がイチャイチャしていた。

 

「マリンさまぁ……マリンさまぁ……」

 

「ちょ、暑苦しいから、そんなにくっつかないでくれないかしら」

 

 後ろから首に抱きついている魔王リリウムガーデンと、それを鬱陶しそうにしている勇者マリン。

 すっかり先ほどまでの二人とは違う感じになってしまった。

 思わず呆れた目を向けてしまう僕ではあったが、すぐに視線を逸らし、プランの方に向き直る。

 そしていまだに得意げにしているプランに、気の抜けた声を掛けた。

 

「何が『というわけで……』だよ。相変わらず変な作戦思いつきやがって。チューして世界を救う話なんて聞いたことねえよ」

 

「へ、変ってなんスか。誰も傷つかない平和的な解決に繋がったんスからよかったじゃないッスか」

 

 うん、まあ、それは確かに評価に値するけど。

 

「いや、もちろん上手く行ったからよかったんだけどさ、もし失敗してたらどうするつもりだったんだよ。ていうか『愛は世界を救う』って、あれ半分”詐欺”みたいなもんじゃん」

 

「あぁ……」

 

 そう言った後、僕らは揃ってリリウムガーデンに視線を移す。

 人格が変わってしまったかのようにマリンになつく彼女を見て、僕たちはほんの少しだけ罪悪感を覚えた。

 プランが声を落として言う。

 

「た、確か、後輩君が魅了魔法を使ったん……でしたっけ?」

 

「正確には、”マリンに魅了魔法を使わせた”んだよ。魅了”魔法”って言っていいのかもわからないけど、アメリアが魅力上昇の支援魔法をマリンに掛けて、アドバイスとして黒ドレスに衣装をチェンジした。後はプランの言ったとおりの作戦を実行してみたら……」

 

「……思った以上の結果になっちゃったわけッスか」

 

 プランの立てた計画は、魔王を『ハートを撃ち抜く』という形で堕とすというものだった。

 何を言っているのかわからないと思うので、今さっきの会話を抜き出して説明しよう。

 

 『勇者さんが魔王に口づけして、強制的に恋をさせるんス。聞けばあの方は可愛い女の子が好きらしいので、勇者さんの容姿なら間違いなく行けるはずッスよ。そうすれば世界征服なんて考えも捨ててくれるに違いないですし、実に平和的な解決が見込めるッス。名付けて、”恋は盲目作戦”……って感じでどうッスか?』

 

 『『……』』

 

 言いづらそうにそう提案をしてきたプランに、僕とマリンは呆然とした顔を向けたというわけだ。

 そりゃね、マリンが魔王を攻撃できないから、何か別の手で戦いを終わらせるしかなかったのはわかるよ。

 でもさ、いくらなんでもその計画は突拍子もなさすぎるんじゃないかな?

 ていうかこんな状況で、よくその発想ができたなと感心してしまう。

 変わらず呆れた目をプランに向けていると、いつの間にか後ろにいたアメリアが、補足をするように言った。

 

「こちらもそこまで強力な支援魔法を使った覚えはないのだが、あの魔王の心酔している様子を見るに、掃除当番の言ったとおり”愛”が世界を救ったのかもしれんな」

 

「……そっか」

 

 まあ、そういうことにしておこう。

 そう納得することで、僕はようやく地べたから腰を上げることができた。

 そして、改まった様子でプランとアメリアに顔を向ける。

 

「二人とも、ここまで付き合ってくれてありがとな。二人のおかげで魔王を止めることができた。勇者マリンの幼馴染として、改めてお礼を言っとくよ」

 

「いえいえ、気にしないでくださいッス」

 

「私らはもともと、お前の治療院のアルバイトだ。好きなように使ってくれて構わないさ」

 

 二人は優しい言葉を返してくれる。

 ホント、この二人がいてくれてよかった。

 今一度アルバイトの二人に感謝の気持ちを抱き、次に僕は部屋の端のカーテン付きベッドに目を移した。

 マリンとリリウムガーデンがイチャつく横を通り抜けて、そちらの方へと歩み寄っていく。

 同様にプランとアメリアも僕の後について来ると、三人してベッドの上の人物に目を留めた。

 

 僕は彼女に手を伸ばす。

 

「ほら、さっさと帰るぞバカ聖女。もう二度と捕まったり、人に流されたりすんじゃねえぞ」

 

「……」

 

 そう言うと、しばしテレアはこちらを呆然と見つめていた。

 やがて僕の手をゆっくり取ると、ベッドから立ち上がる。

 最後に彼女は、相変わらずの無表情で、小さな声を漏らした。

 

「……ありがとう」

 

「んっ」

 

 これにて依頼達成。

 魔王の野望阻止と、聖女テレアの奪還。

 その二つを達成し、こうして僕たちの戦いは、本当にようやく幕を閉じたのだった。

 

 疲れた、眠い、お腹すいた。

 さっさと帰って、またゆっくりとした生活に戻ろう。

 そういえば、治療院を壊されたままなので、復興の段取りも決めなければならない。

 そのための資金は勇者パーティーや魔王からせしめるとして、これからも色々と忙しくなりそうだな。

 世界が平和になっても、ドタバタするのは結局変わらないんだな。

 

 まあ、その方が僕たちらしいけど。なぜかそのことを嬉しく思いながら、僕は仲間たちと共に魔王城を後にするのだった。

 

 

 

 ……と、思いきや。

 

 

 

「んっ?」

 

 あれ、なんだろう? 

 心なしか、地面が揺れている気がする。

 ゴゴゴと音を立てて、天井からもパラパラと砂利が降ってきた。

 ……嫌な予感。 


「お、おいリリウムガーデン? なんだよこれ?」

 

「ちょ、あんた、引っ付いてないで質問に答えなさいよ」

 

「ん~、マリンさまの言うことなら仕方ないのぉ。これは魔王である妾が戦意を失ったことにより、プカプカ大陸を支えていた核がなくなってしまったみたいじゃ。プカプカ大陸はもともと、地上にあった大陸で、妾が魔王として大陸を支配している限りは浮いていることができたのじゃが……まあ端的に言って、あと数分後にこの大陸は海へと落ちる」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 一同の驚愕の声が重なり合った。

 

「ちょ、ノンさんノンさん! 早くあのチョークで帰りの転移門を開いてくださいッス! 急がないとアタシら全員、海にドボンッスよ!!」

 

「わぁーってるよ! 今探してんだろうが! って、あれ? ない、どこにもないぞチョーク。確かにこのポケットに仕舞ってたはずなのに。……あっ!」

 

 ふと思い出し、すかさず僕は駆け出す。

 

「ふざけんなプラン! あのときだよあのとき! 二階の大浴場に落としてきたんだよ! お前も一緒に探しに行くぞ!」

 

「えぇ!? なんでアタシのせいになってんスか!? あっ、ちょ、待ってくださいッスよノンさん!」

 

 プランと一緒に魔王城を走る。

 ホント、毎回毎回すっきりとは終わらせてくれないよな。

 

 ある盗賊団の治療を頼まれたかと思ったら、恐ろしい呪騎士と戦う羽目になるし。

 流行り病事件の調査に行けば、四天王の一人と戦いになってへとへとになるし。

 訪ねてきた少女の依頼を受けてみれば、その正体はまさかの四天王で結局アルバイトが増えるし。

 他にも資金不足に陥って他所の治癒師姉妹と対決になるし、聖女が訪ねてきたと思ったら幼馴染のバカ勇者を助けてほしいと頼まれるし。

 

 僕が望んでいるスローライフとは、まったく違った日々を送らされてきた。

 それもこれも全部、こいつが治療院にやってきてから始まったことだ。

 そして今も、僕はこいつのせいで面倒な目に遭っている。

 後で絶対に叱りつけてやる。何ならお湯の中にでも突き落としてくれようか。

 と、そんなことを考えている場合ではなく、僕らは一斉に湯船に飛び込んでチョークを探した。

 

「ぷはぁ! 見つからないッスよノンさん! ていうかもう溶けちゃったんじゃ……」

 

「怖いこと言ってないで死ぬ気で探せバカプラン! ホントに死ぬことになるぞ!」

 

 これからは絶対に、治療以外の依頼は受け付けないぞ。

 僕は絶対に平穏なスローライフを手に入れてみせるんだ!

 固い決意を胸に抱き、僕はただひたすらに前へと進んだ。

 

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