第87話 「勇者に選ばれた意味」

 

「な、なんじゃこれは!?」

 

 雨に囲われたリリウムガーデンは、ぎょっと目を見開く。

 天井に視線を向けると、そこにはマリンの愛用している聖剣が、くるくると回転しながら雨を降らせていた。

 身動きの取れない魔王を見ていると、マリンが駆け寄ってきて言う。

 

「これでしばらくの間、奴は動けないはずだわ。斬ることはできなくても、動きを封じることくらいならできる」

 

「そ、そっか」

 

 あの雨は、先ほど魔王を苦しめた魔法の水。

 テレアを結界に閉じ込められたお返しではないだろうが、マリンは魔法を使って一時的にリリウムガーデンを封じ込めたのだ。

 これなら確かに、少しは時間が稼げるはず。

 

「よ、よし! じゃあ今のうちにテレアを……」

 

 そう言うや否や、マリンと共にテレアのもとへと向かうが、走っている途中でマリンが顔をしかめた。

 

「そうしたいのは山々なんだけど、なんか上手く魔力が出せなくなってるのよ。いつもならこの倍は撃てたはずなのに……」

 

「……」


 マリンは自分の手を見つめて、苦しそうに呟く。

 倍は撃てたはず、か。

 となると原因はやはり、あの『勇者(半)』という謎の状態異常のせいだな。

 おそらく魔力も半分になっているのだろう。

 そんな状態で結界を破壊できるかわからず、マリンは悔し気に閉じ込められているテレアを見つめた。

 

 やがてカーテン付きベッドの前にたどり着くと、走った勢いをそのままに、マリンは拳を叩きこんだ。

 

「せ、やあぁぁぁぁぁ!」

 

 僅かな魔力を込めた一撃が、ズシンッ! と結界を震わせる。

 しかしそれだけにとどまり、壊すまではいかなかった。

 その後も何発か拳を叩き入れてみるが、ビクともしない。

 囚われたままのテレアを結界越しに見つめて、マリンは悔しそうに歯を鳴らした。

 

「……やっぱり、魔王を倒すしかないか」

 

「――っ!?」

 

 僕の呟きに、マリンは驚いた表情で振り向く。

 そして困惑した様子で問いかけてきた。

 

「で、でも、どうやって……?」

 

「うぅ~ん……」

 

 答えは簡単には出てこない。

 結界も破壊できず、テレアを奪還することもできない。

 となると残された道は、魔王を討伐してすべてを丸く収めることなんだけど。

 今この場にいる人たちの中で、魔王を倒せる者は一人もいない。

 

 アメリアの魅了魔法は効果がないし、僕も先ほど剣を交えて勝てないとわかった。

 マリンはいまだにリリウムガーデンを斬れないみたいだし。

 ていうか、力が半減して魔力も底を突いた今、たとえ奴を斬れたとしても倒せるかどうかわからないぞ。

 打つ手もなく、魔王に掛けた水のカーテンもあと少しで解けてしまうだろうと危惧する中――

 

 不意に僕とマリンの後ろから声が上がった。

 

「あ、あのぉ、ちょっといいッスか?」

 

「「……?」」

 

 頭を悩ませている僕たちは、しかめた顔を後方に向ける。

 するとそこには、申し訳なさそうに背中を丸めるプランが立っていた。

 

「……なんだよプラン?」

 

「えっとぉ、そのぉ、あのッスねぇ……」

 

 問いかけると、彼女は何か言いづらそうに目を泳がせる。

 なんだ? 何が言いたいのだろう?

 遊んでいる暇はないのだから、できるだけ手短に言ってほしいものだ。

 くだらない話だったら怒ってやる、と思っていると、やがてプランは苦笑しながら答えた。

 

「た、倒せるかどうかはわからないんスけど、”魔王を止められる方法”なら、たぶん……」

 

「えっ!? な、何か思いついたのか!?」

 

「は、はい。まあ…………」

 

 鈍い頷きを返すプランに、思わず僕は詰め寄った。

 

「お、教えてくれプラン! 魔王を止められる方法を!」

 

「えっ、ちょ、顔が近いッス。なんでこういう時だけ……」

 

 もにょもにょと口を動かすプランに、僕は真剣な眼差しを向け続ける。

 するとそんな最中、マリンも珍しく素直になり、プランにお願いをした。

 

「わ、私からもお願いするわ。あいつを止められる方法を教えて」

 

「あっ、はぁ、じゃあその……」

 

 僕ら二人に問い詰められたプランは、ごくりと喉を鳴らす。

 そして前置きをするように答えてくれた。

 

「お、驚かないで、聞いてくださいッスよ」

 

「「……う、うん」」

 

 いったいどんなことを言い出すのかと緊張しながら、僕とマリンはプランの声に耳を傾けた。

 

 

 

「「…………はっ?」」

 

「だ、だから、そういう反応しないでくださいって言ったじゃないッスか!」

 

 一分くらいの説明を聞いた僕たちは……

 プランに顔を近づけたまま、ぽかんと口を開けて固まってしまった。

 何言ってんのこいつ? 最初は意味がわからなくて、思わず聞き返しちゃったくらいだよ。

 

「お、お前それ、マジで言ってんの?」

 

「わ、割とマジで言ってるッスよ。こんな時にふざけたことは言わないッス」

 

 キリッとした目を向けられる。どうやら本気のようだ。

 えっ、でも、マジでそんな方法で魔王を止めるのか?

 まるでビジョンが見えないし、失敗したらそうとうやばいし恥ずかしいぞ。

 ま、まあ、僕はそこまで実害を受けるわけじゃないからいいんだけど、マリンは……

 

 と思ってマリンを横目に見てみると、彼女はかぁっと顔を真っ赤にして固まっていた。

 やがてこちらの視線に気が付くと、すかさず顔を背けてしまう。

 そりゃ嫌だよな。

 こんなバカな作戦に付き合わなくてもいいんだぞ、という目を向けていると、意外にもマリンは肯定的な声を上げた。

 

「そ、それで本当に、世界が救えるのかしら」

 

 いまだに頬を赤らめながら、迷いを滲ませる。

 それに対して発案者のプランが、かなりいい加減な答えを返した。

 

「うぅ~ん、まあ、行けるんじゃないッスか……? たぶん」

 

「そ、そこは断言してほしいわね。でも、少しでも可能性があるのなら、やってやるわよ。世界を救うため、勇者の使命を果たすために、私はやる。……でで、でもその代わり、これでもし失敗したら……」

 

 キッと眉を吊り上げたマリンは、顔を真っ赤にしながらなぜか僕に掴みかかってきた。

 

「ここ、今度こそあんたを殺して私も死ぬわ!」

 

「な、なんで僕なんだよ! 提案したのはプランだろ! ていうかお前テンパりすぎてわけわかんないこと言ってるぞ!」

 

 以前に”殺す”と言われたことはあるが、なんでお前まで死ぬんだよ。

 プランの奇策を聞いて、頭がおかしくなったらしい。

 それも無理からぬが。

 

 とまあ、そういうわけで、プランの作戦を実行することになり、とりあえず僕はできることをしようと考えた。

 

「今の作戦を実行するとなると、ちょっと前準備が必要だよな……」

 

「「えっ?」」

 

「お~い、アメリア~」

 

 アルバイト二号のアメリアを呼ぶと、彼女は少し離れたところに立っていた。

 テレアの周りに張られた結界を、物珍し気にツンツンしていて、名を呼ばれるとちょこちょこと走ってくる。

 なんだ? という顔を眼下から向けられたので、僕は同じ目線になるようにしゃがんで訊ねた。

 

「ちょっとお前に、頼みたいことがあるんだけど」

 

「……頼みたいこと?」

 

 プランの奇策を成功させるために、アメリアの存在は非常に重要なものになる。

 魔王がいまだにマリンシャワー(僕命名)に閉じ込められている隙に、僕らはちょっとした話し合いを終わらせた。

 次が本当にラストアタックになる。

 泣いても笑っても、これで勝敗が決することになるのだ。

 本当にこれで大丈夫なのかよ、と改めてプランの奇策に不安を覚え始めるけれど……

 

 

 

 不思議と僕は、もしかしたらこのためにマリンが勇者に選ばれたんじゃないかと、感慨深くそう思った。

 

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