第86話 「理想の魔界」

 

「うぅ~ん、弱点らしい弱点は何も見つからないッス。それに、何らかの対策をしているのか、アタシの『観察』スキルじゃほとんど何も見れないッスよ」

 

「……マジか」

 

 お得意の『観察』スキルで魔王を見てみたらしいが、残念ながら不発に終わったようだ。

 頼みの綱の『観察』スキルも使えないとなると、いよいよ弱点もわからない。

 ホントどうしましょ?

 

 と、困り果てていると、ついに魔王がマリンを壁際まで追いやっていた。

 ”やばい”と思って、僕は彼女の助太刀に行く。

 

「と、とにかくプランは、そのまま魔王の観察を続けててくれ」

 

「は、はいッス!」

 

 そう指示したのち、僕は走り出す。

 腰に携えていたナイフを抜き、油断している魔王に後方から斬りかかった。

 

「せ……やあぁぁぁぁ!」

 

 入る!

 ……と、思いきや、リリウムガーデンは寸前でこちらを振り向き、手にしていた大剣で応戦してきた。

 その迫力に思わず気圧されそうになるが、なんとか斬り結ぶことができ、数回刃を合わせて距離をとった。

 ふわっと僕と同じ身長くらいまで浮かんだ奴は、器用に横にした大剣の刃に立って鼻を鳴らす。

 

「ふんっ、あの時の再戦というやつか。よかろう、勇者の前にまずおぬしを狩ってやろうではないか。男一人いて目障りじゃと思っていたしのぉ」

 

「くっ……!」

 

 少しでいい。

 少しでいいから隙を作って、マリンをこちら側に来させるようにするんだ。

 そして僕が注意を引いている間に、マリンにテレアの結界を破壊してもらう。

 それしかない!

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 ナイフを握り直して飛びかかる。

 対してリリウムガーデンは、素早く魔剣を振り上げて、盾のようにしてそれを構えた。

 極太の刃の腹でナイフを防がれてしまう。

 しかしめげずに攻め続けると、今度は向こうが全力で大剣を振ってきた。

 ぶんっ! という風切りを聞きながら、紙一重でそれを躱す。

 

 やっぱり、魔王も強いな。

 マリンが圧倒的だったため霞んでしまっていたが、実際にこいつもかなり強い。

 魔法や呪いだけではなく、武術も心得ているようだし。

 ……なんて考えている間に、カッと魔王が目を見開いた。

 

(やばい――!)

 

 そう直感したが、体までは追いつかなかったようで。

 リリウムガーデンの両目から放たれた赤い光線が、僕の右肩と左腕を容赦なく焼いてきた。 

 

「ぐあっ……!」

 

 激痛が走り、思わず体がぐらつく。

 魔王がその隙を逃すはずもなく、力いっぱい禍々しい魔剣を振ってきた。

 ほぼ反射的にナイフを盾代わりに滑り込ませる。

 これはほとんど奇跡だと言えるが、大剣は吸い込まれるようにしてナイフを直撃し、僕は後方へと吹き飛ばされた。

 

 あと寸分でもズレていたら真っ二つだったな、と内心で冷や汗を流しながら、僕は唱える。

 

「ヒール!」

 

 先刻の光線による傷を高速治癒する。

 気を取り直して再び魔王に飛びかかると、まさかこんなに早く立ち直ってくるとは思っていなかったのか、驚いた表情で後ろへと下がった。

 それを追いかけ、ナイフと魔剣で斬り結ぶ。

 しばし刃が擦れ合う音が響くと、互いに飛び退り、様子を窺うようにして目を細めた。

 

 やがてリリウムガーデンが言う。

 

「おぬし、死ぬのが怖くはないのか?」

 

「はっ?」

 

「こうして少しの間じゃが、斬り結んでみてよくわかった。実力の差は歴然。今の攻防を見ても、おぬしは運に助けられた場面が多く、いつ死んでいてもおかしくはなかったのだぞ。それなのに諦めずに突っ込んでくる。傷を癒やしてまで戦おうとする。死にたがりの異常者にしか見えんのじゃが」

 

「……」

 

 まあ、そう思われても仕方がないよな。

 納得しながら僕は、斬り結んだ時にできた傷を、奴に見せつけるように回復してみせた。

 

「ヒール」

 

「……?」

 

「お生憎様だけど、こんな力持ってるせいで、死から一番遠い人間なんだよ。傷つけられてもすぐに回復できる。だから僕は倒れない。少しでも可能性があるなら諦めない。魔力が切れたら話は別だけど、今なら魔王相手でも”死ぬ気はしない”な」

 

「ふんっ、大きく出たな小僧」

 

 調子づいた僕の台詞に、リリウムガーデンは鋭く目を細めた。

 気に障っただろうか。

 自分自身に対しての皮肉のつもりだったのだが、まあそれはいいとしよう。

 怒りを抱く魔王に対し、時間稼ぎというわけではないが、僕はこんな風に問い返した。

 

「そっちこそ、なんでこんなことやってんだよ」

 

「……なんじゃと?」

 

「世界征服なんて、魔族の王なら当たり前に考えることなんだろうけど、テレアを攫って着せ替え人形にしたり、魔王軍の四天王を可愛い子だけでまとめたり、真面目に世界征服する気があるのかいまいちわからないんだよ。世界征服なのに”真面目”っていうのも、まあおかしな話だけど。お前の本当の目的はいったいなんなんだ?」

 

「……」

 

 今一度気になっていたことについて訊ねてみる。

 今までは漠然と、『魔王の野望は世界征服!』ということを聞かされてきた僕たちだが、リリウムガーデンの行動を見るに、それだけではないように思えるのだ。

 もちろん、世界を征服する気はあるのだろう。四天王のうちの何人かには、人間から大陸を奪うように指示を出していたみたいだし。

 しかしそれにしてはなんだか積極性に欠けている気がするのだ。

 気がする気がするって、これまた曖昧な違和感なのだが。

 

 と思ってると、魔王は野望を聞かれたことが嬉しかったのか、少し得意げになって答えた。

 

「妾の目的は、妾にとって理想の魔界を創り上げることじゃ」

 

「りそうの、まかい?」

 

「ん~、そうじゃのぉ。第一目標としては……」

 

 ふと何もない天井を見上げて、衝撃的な発言をした。

 

「人間の男どもを皆殺しにすること、かのぉ」

 

「えぇ!?」

 

「あぁ、あと、オスの魔族も必要ない。同様に消し去ることにしようではないか。うむ、それがいい。さすれば、醜いものを見ずに済むであろう?」

 

「……」

 

 嬉々として語るリリウムガーデンを前に、僕は我知らず放心してしまう。

 こいつ、こんなバカなこと考えていたのか。

 人間の男と魔族のオスを皆殺しにする?

 いや、むしろ今まで見てきたリリウムガーデンの性格からして、その計画は大いに納得できることではあるのだが。

 うぅ~む、それにしても釈然としないなぁ。

 僕たちって、そんなくだらないことを阻止するために、こうして一生懸命戦っているんだっけ?

 

 自らの戦闘理由を見失いそうになっていると、再び魔王は驚くべきことを、なんでもないように言ってみせた。

 

「ふむ、あとそうじゃのぉ……人間の娘たちを魔族にでも転生させるかのぉ」

 

「……はっ?」

 

「一度全員を殺し、改めて魔族として復活させる。人間のままでも充分に愛でることは可能ではあるが、何分聞き分けの悪い娘たちが多くてな。魔族として転生させて、完全に妾の支配下に収める」

 

「……」

 

 この発言にはさすがに、呆れている場合ではなかった。

 いや、内心ではかなり呆れてはいるのだが、それ以上に危険なことを口にしている魔王に、警戒した目を向けていた。

 僕は目を細めて返す。

 

「なるほど、それでようやくお前にとっての理想の魔界が出来上がるってわけか」

 

「いかにも。妾にとっての理想の魔界、それは『百合園リリウムガーデン』じゃ。男子禁制の魔界を創り上げ、そこで妾は王になる。ハーレム王に、妾はなるのじゃ!」

 

「……」

 

 やっぱこいつアホだわ。

 世界から男を追い出して、女の子だらけの魔界を創り上げようとしている。

 そしてその魔界で、リリウムガーデンは魔王となり、百合ハーレムを形成しようとしているのだ!

 バカじゃなくて正真正銘のアホだな。数多くある英雄譚の中を探しても、こんなアホな魔王は世界でただ一人しかいないだろう。

 

 と、思っていると、ふと青髪の勇者が視界の端に映った。

 

 ちょっとちょっとマリンさん。

 『それいいわね……』みたいな顔するのやめてもらってもいいッスか?

 勇者が魔王の野望を聞いて感心しないでください。

 お前も世界でたった一人のバカ勇者だよ。

 

 バカ勇者とアホ魔王の戦いに、真剣に悩んでいた僕は、改めて心底呆れて、気の抜けた声を上げた。

 

「そんなくだらないことはさせねぇ。絶対に阻止してやる」

 

「ふんっ、おぬしにとってはくだらぬことでも、妾にとっては立派な夢なのじゃ。この世に男などいらぬ。おぬしも同様、妾の夢のために消えてもらうからのぉ」

 

 そう言って魔剣を構えるリリウムガーデン。

 もうどうにでもなってしまえと気のない構えをとる僕。

 まったく違う感情を抱く両者が、視線をぶつけ合う中……

 

 不意に、一人の人物の叫びが部屋を響かせた。

 

「ブレイブ・オブ・マリン!!!」

 

「「――ッ!?」」

 

 勇者マリンの声だった。

 瞬間、リリウムガーデンの浮いている場所に、水のカーテンとでも言うべき、円形の雨が降り注いだ。

 

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