第85話 「形勢逆転」

 

(お、おい、マリン……?)

 

 剣を振り上げたまま固まるマリンを見て、反射的に僕は『やばい!』と思った。

 無意識のうちに足が動き出す。

 すっかり石のように硬直してしまったマリンのもとに、全力で駆けていると、泣き顔を浮かべていたはずの魔王が、にやりと不気味に笑ったのを見た。

 

「マリン!!!」

 

「――ッ!?」

 

 すかさずマリンを横から突き飛ばす。

 するとその瞬間、魔王がカッと目を見開き、そこから赤い光線を飛ばしてきた。

 

「ぐっ――!」

 

 腕を焼かれるような激痛が走る。

 マリンを突き飛ばした勢いで、彼女と一緒に地面に倒れ込むと、僕はすぐに右腕に目を移した。

 釣られてマリンも視線を向ける。

 

「ちょ、あんた! 大丈夫!?」

 

 腕は思ったとおり、魔王の攻撃を受けて傷がついていた。

 先刻の光線の形と同じ、火傷のような跡。

 それを見たマリンは、慌てた様子で僕に声を掛けてくる。

 自分の身代わりに、と思ったゆえの声だろうが、普段からそうやって気を配れるようになってほしいものだ。

 

 なんて呑気なことを考えながら、僕はすかさず唱える。

 

「ヒール」

 

 左手に灯した光を傷に当て、瞬く間に治療を終わらせた。

 すぐに体を起こすと、目を丸くするマリンに言う。

 

「そんなに慌てなくても、僕ならこれくらい大丈夫だよ。ていうか、それくらいお前もわかってるだろ」

 

「あっ……え、えぇ。そう、だったわね」

 

 若干の狼狽えを見せながらも彼女は頷き、同じく急いで立ち上がる。

 すると僕たちのその様子を見たリリウムガーデンが、こちらに睨みを利かせながら毒づいた。

 

「ちっ、目障りな治癒師じゃな。おぬしもろとも勇者をあの世送りにしてやるわ!」

 

 先ほどの可愛らしい泣きっ面は、今や影も形もない。

 魔王は右手に魔力を集中させると、禍々しいオーラを”武器”として実体化させた。

 それは、何かのおとぎ話で出てきそうな、聖剣と対になるような真っ黒な大剣だった。

 

 ぶんっ! と凄まじい速さでそれが振られる。

 

「「ひえっ!」」

 

 僕とマリンは冷や汗を滲ませながらしゃがみ、間一髪でそれを回避した。

 そしてまったく同じ要領で後方へと走り去る。

 今は逃げるしかない!

 ぶんっぶんっ! リリウムガーデンが激しく大剣を振り回しながら追いかけてきて、僕たちは情けなく背中を向けることしかできなかった。

 

 恐怖の追いかけっこが幕を開ける。

 

「お、おいマリン、なんとかしろよ! ていうかなんでさっきあいつを斬らなかったんだよ!?」

 

「しょ、しょうがないじゃない! あんなに可愛い泣き顔見せられたら、斬れるものも斬れなくなるわよ! たとえ魔王だとわかっていても、あんな激かわ幼女を斬ることなんてできやしないわ!」

 

「勇者が魔王を可愛いとか言ってんじゃねえぇぇぇ!!!」

 

 心からの叫びを上げながら、僕はリリウムガーデンの魔剣から必死に逃げ回る。

 さっきこいつが魔王を斬ってたら、それで勝負はついていたんだ。

 ちくしょう、なんでこんなことになってんだよ!

 

 いやまあ確かに僕だって、不覚にもあの泣き顔には何か感じさせられるものがあったが。

 可愛いもの好きのマリンにとってはなおさらのことだっただろう。

 しかし、これからどうすればいい?

 どうすればどうすればどうすればどうすれば……

 

「よ、よし、今度は僕が手を貸してやる! それでなんとか奴の注意を惹き付けてみるから、その隙に次こそ魔王を……」

 

 という提案に対し、マリンは音が鳴るほど激しいかぶりを振った。

 

「むむ、無理無理無理! 一回躊躇っちゃったらもう無理よ! さっきは気分が上がってたからあそこまで追い詰めることができたけど、泣き顔であんなこと言われたら絶対に聖剣なんて振れないわ! ていうかよくよく考えたら、見た目幼女の相手を斬り殺せなんて鬼畜すぎるわよ!」

 

「……」

 

 ……もうダメだこいつ。

 やっぱりこうなってしまったか。

 いくらか予想はしていたが、最後の最後で勇者(半)の影響が出てしまうなんて。

 無茶を言っているのは承知しているが、ここは世界を救うために剣を振ってくれよ!

 

「ふはははは! 逃げているだけでは勝てぬぞ勇者マリン!」

 

 ぶんっ! という風切り音が耳を打つ。

 横から振られた大剣を再びしゃがんで躱してみせるが、今度は髪を何本か持っていかれた。

 その恐怖に、思わず僕は皆に聞こえるように叫んでしまう。

 

「さ、作戦変更!!! テレアを奪還して一時撤退だ!!!」

 

 そして僕はすぐに魔王から離れ、テレアの待つカーテン付きベッドへと駆けて行った。

 今はとにかく逃げることだけ考えろ。魔王討伐なんて後回しだ。

 テレアを抱えて城から逃げて、その先のことは後で考えればいい!

 

「させぬわ!!!」

 

 というこちらの考えを読まれてしまい、すぐさま魔王が対策に打って出た。

 バッとテレアの座るベッドに手を向けると、その瞬間透明な何かがカーテン付きベッドを覆ってしまった。

 駆け寄って確かめてみると、それは魔力によってできた不可視の結界だった。

 

「くそっ、なんだこれ!? おいテレア、中から出てこい! すぐに逃げるぞ!」

 

 しかしテレアは、内部から結界に触れて……

 

「中からも、開けられない。これ、すごく硬い」

 

 弱々しくかぶりを振った。

 さすがは魔王手製の結界だ。僕たちじゃビクともしないぞ。

 このままではテレアを奪還することができない、と思った僕は、マリンならもしかしたらと考えて振り返った。

 

「お、おいマリン、この結界を――!」

 

 だが……

 

「ちょ、こいつどうにかしてよぉ! めっちゃしつこい!」

 

「なっ――!?」

 

 マリンは変わらずリリウムガーデンに追いかけ回され、すでに部屋の端っこまで追いやられていた。

 倒せもせず、かといって隙を見つけてこちらに来ることもできなそうだ。

 万事休す!

 

 そのとき――

 

「チャーミングチャーム!」

 

 部屋の中がまだ水浸しだというのに、アメリアは無理をしてまで魔王に攻撃を仕掛けに行った。

 ハートの形にした手から、ピンク色のオーラが飛び出す。

 マリンを追うのに夢中になっていたリリウムガーデンは、それをまともに受け、ピタッと固まってしまった。

 

 (効いた……のか?)

 

 疑問に思って幼女二人の景色を見つめていると、リリウムガーデンがにやりと笑ってアメリアを一瞥した。

 

「久しいなアメリア。まさか人間の味方をするとは思ってもいなかったぞ。今の姿も妾好みではあるが、少々インパクトに欠けるな。成長してから出直してこい」

 

「くっ……!」

 

 ダメだったようだ。

 アメリアの魅了魔法なら行けるかと思ったのだが、今の姿では少し幼すぎるらしい。

 マリンも攻撃ができず、アメリアの魅了魔法も通用しない。

 今さら僕が特攻しても望みは薄いし、テレアを奪い返して逃げ去ることも不可能だ。

 これでは完全に打つ手なし。

 

 どうする? どうすればいい? 何かいい作戦は……

 そのとき僕は、ふと一人の少女を頭に思い浮かべた。

 こんなとき、あいつなら、この状況すら打開できる”奇策”を思いつくかもしれない。

 そう思って、すかさず視線を泳がす。

 

「プラン!」

 

 治療院のアルバイト一号、プランの姿を探すと、彼女は部屋の隅に転がっていた。

 マリンの水に流されていたのだろうか、ずいぶんと間抜けな格好で倒れている。

 そんな彼女に駆け寄って、僕は改めて声を掛けようとした。

 だが……

 

「ぶくぶくぶく……」

 

「……」

 

 なんか、白目を剥いて泡を吹いていた。

 何してんだこいつ?

 

「なんでこんな時にカニのモノマネなんてしてんだよ! 起きろバカプラン!」

 

「いたっ! うぅ……モ、モノマネなんてしてないッスよ。溺れてたんス」

 

 今のは常人の溺れ方とはかけ離れているように見えるんだけど。

 いや、今はそんなことどうでもいい。

 この窮地を脱する策がないか確かめるんだ。

 いつも危ない時に変な作戦を思いつき、なんだかんだで乗り切ってきたプランに、僕は改めて問いかけてみた。

 

「何かいい作戦はないかプラン?」

 

「えぇ、そんなこと言われてもッスねぇ……」

 

 うちのパーティーの参謀であるプランが、今一度リリウムガーデンを観察するように目を細めた。

 

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