第84話 「勇者の使命」
「お、おい! いきなりなんじゃこやつは!? おぬしらは不意打ちすることしか頭にないのか!!!」
不意を突かれて攻められた魔王は、目をぎょっと見開きながら文句を垂れる。
そんなのも意に介さず、マリンは逃げ惑うリリウムガーデンを追った。
「やあぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ……!」
紙一重で聖剣を躱していく。
まるで僕が治療院を壊されて激怒した時と同じように、マリンはしつこく魔王を追い回し、魔王は逃げ回るしかないという光景が映っていた。
少し卑怯にも感じるが、ナイス不意打ちだぞマリン。
ペラペラと長話をしている間に攻撃を仕掛けるなんて、誰も予想できなかったことだ。
そのまま一気に押し切って、早く家に帰ろうぜ。
なんてお気楽な思いで戦いを見守っていると、やがてリリウムガーデンが苦し紛れに呪いを放った。
「カースドヘッド!」
するとマリンは左手を上げて、その呪いをバシッと弾いてみせた。
「てやあっ!」
「な、なんじゃと!?」
これにはさすがに魔王も驚愕する。
速射可能な微力の呪いではあったものの、本来の力を取り戻した魔王の一撃を、いとも容易く跳ね除けてしまったのだから。
おそらくマリンは、勇者の加護があるおかげで、弱い呪いくらいなら簡単に弾いてしまうのだろう。
無詠唱の『ディスペル』を使って呪いを無効化した僕と、ますます同じ感じになってきたな。
当然リリウムガーデンも似た反応を見せて、次も同じ行動をとった。
「こ、こうなったら、驚異の毒技で地獄を見せてくれるわ! べノムインパ――!」
刹那――
マリンは聖剣を上段に構え、魔王よりも早く、全魔力を解放した。
「ブレイブ・オブ・マリン!!!」
「――ッ!?」
勢いよく振り下ろされた聖剣から、水色のオーラが迸る。
通常は見えないはずの魔力が、その強力さゆえに目に映るほど濃さを増した。
そしてその魔力は瞬く間に大量の”水”に姿を変えると、リリウムガーデンの小さな体を津波のように飲み込んでしまった。
「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!」
リリウムガーデンが水に沈む光景を前に、僕たちは呆然と佇む。
圧倒的なマリンの力を見て、何も言葉が出てこなかった。
なんとも一方的な戦いだ。
それに、可視化できるほどの魔力をあんな一瞬で練り上げて、それを大量の水に変換するとは……。
って、ちょっと待ておい……
「ちょ、こっちまで水流してんじゃねえぇぇぇぇぇ!!!」
マリンが発生させた大容量の水が、魔王だけではなく、後方で見守っていた僕たちをも容赦なく巻き込んできた。
腰の高さまである波が、凄まじい勢いでこちらに迫ってくる。
バシャーーーン!!! ぶくぶくぶく……
部屋の隅まで流された僕は、思わず咳き込みながら立ち上がった。
またびしょびしょじゃねえか!
運悪すぎるだろ!
前髪を掻きあげながら水を払い、僕は視線を泳がせる。
何かマリンに文句をつけたいところである。
だが、状況が状況なので、今回だけは勘弁しておいてやった。
一方マリンは剣を振り下ろした体勢のまま固まり、目の前に倒れている魔王を燃えた瞳で見下ろしていた。
「ぐ……ぬっ……」
波に飲まれたせいで体力を奪われたのだろうか。
リリウムガーデンは苦しそうな声を漏らし、しかめた顔を無理に上げていた。
なんだか想像以上に消耗しているな。
確かに強力な魔法ではあったが、魔族の王がそこまでダメージを受けるようなものだっただろうか?
言い換えればただの水魔法だし。
……何か引っかかるな。
そう不思議に思っていると、ふと部屋の入口にアメリアがいるのを確認した。
なぜか彼女は必要以上にマリンの水を恐れて、部屋の外へと退避していた。
(あっ、そうか。この水……)
マリンが魔法によって発生させたこの水は、魔族の力を一時的に低下させる効果があるみたいだ。
先ほど僕が湯船から這い上がり、服が重くなったみたいに。
聖なる水とでも言うべきだろうか。
まさに魔王と戦う使命を背負った、勇者の秘められた力というやつだ。
人知れずそう納得していると、マリンが這いつくばっているリリウムガーデンを見下ろしながら、強く言い放った。
「勝負あったみたいね、魔王リリウムガーデン!」
「……」
奴はぎりっと歯を食いしばる。
勇者が立ち、魔王が倒れている光景を前にして、僕は密かに感嘆した。
(やっぱ、マリン超つえぇ……)
最初は不意打ちではあったものの、全魔力を取り戻した魔王をここまで圧倒するなんて。
これでも半分の力しか出していないというのもまた驚きだ。
幼い頃からずっと、勝負事に関してこいつが負けるところなんてまるで想像できないとは思っていたが。
まさか魔王にも容易く勝ってしまうなんて。
「これであなたの野望も終わりよ。勇者の使命、ここで果たしてみせる!」
「……」
勝利宣言にも似た台詞を聞き、リリウムガーデンは弱々しく目を伏せた。
そしてマリンは、再び聖剣を振り上げる。
刀身に水色の魔力を集中させると、全身全霊の一撃を魔王に振り下ろした。
「消えなさい、魔王!」
これで、勇者マリンの戦いは終わった!
この場にいる誰もがそう、頭の中でそう思った。
……のだが。
勇者と魔王の景色を前に、確かに僕は見ることになる。
聖剣が振り下ろされる、まさにその瞬間――!
魔王が…………うるうるとした”泣きっ面”を上げた。
「殺さないでぇ、お姉さん」
「…………えっ」
信じ難い姿を前に、マリンはピタリと聖剣を止めてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます