第83話 「三階魔王室」
「んじゃあ、色々足早になっちゃったけど、いよいよ魔王との決戦だ。みんな準備はいいか?」
三階に繋がる階段前にて、僕は改まって皆に問いかける。
すると三人は若干の緊張感を漂わせながら頷き返した。
少し不安が残っているので、今一度確かめることにする。
「一応、改めて確認しておくぞ。第一目標はテレアを奪還すること。次に魔王の討伐だけど、これはマリンの気持ち次第になるから、無理だと思ったらすぐに言ってくれ」
「わ、わかったわ」
「プランは魔王に何か怪しい動きが見えたらみんなに教えてくれ。他に弱点とかも見つけてもらえたら助かる」
「了解ッス」
「んで、アメリアは……」
言いかけ、ちらりと気まずい視線を向けると、彼女は肩をすくめた。
「城内ガイドだけ、という話になっていたな。もし魔王と戦闘になった場合、確実に邪魔になるだろうから、後ろに下がっていてほしいと、そう言いたいのだろう?」
「あぁ、うん、まあ……そういうことなんだけど」
「ふんっ、見くびってもらっては困るな」
「……?」
「チャーミングハッスル!」
突如アメリアは両手をハートの形にして地面にかざした。
するとその手の中からピンク色のもやもやが飛び出し、それは地面に当たってぶわっと広がる。
やがて僕たち全員をピンク色のもやが包むと、体に何かしらの変化を感じた。
「今のなに?」
「魅了魔法の一つ、チャーミングハッスルだ。対象の身体能力を向上させる魔法と思ってくれればいい」
「あぁ、支援魔法の『エンチャント』みたいなもんか」
魅了魔法にそんなのあったんだな。
ていうかマリンの前で使ってもいいのかよ。
西の四天王ってことがバレるんじゃ……。
という懸念に反して、アメリアはさらに説明を続けた。
「支援魔法の『エンチャント』は、効力が魔力依存なのに対し、チャーミングハッスルは私の魅力依存となっている。対象がどれだけ私のことを魅力的と思っているかによって、効果が変動するというものだ。今はこの幼い姿で大した効果は見込めないだろうが……まあ、ないよりはマシだろう。このように私は後方から、魅了魔法で支援したいと思う」
「……なるほどな」
アメリアの意志は確認できた。
少しでも僕たちの力になれるよう、頑張ってくれるみたいだ。
当然危険はあるのだが、アメリアのその決意を尊重することにした。
それぞれの役割分担を終えると、僕は改まって皆に号令をかける。
「んじゃまあ、今のアメリアの魔法で、少し気合も入ったところで、さっそく……」
「うおぉぉぉぉぉ!!! 絶対にテレアを助けて、魔王も倒してみせるんだからぁぁぁぁぁ!!!」
「……」
なぜかマリンが全力で吠え始めた。
何してんだこいつ? と訝しい目を向けていると、彼女は突然階段を駆け上がり始めてしまう。
青い背中はすぐに見えなくなってしまった。
なんかもう、めちゃくちゃハッスルしてんな。
”うおぉぉぉぉぉ!!!”と階段の上からマリンの叫びが聞こえる中、僕は呆れた顔でアメリアに言った。
「……効果絶大じゃねえか」
「だな」
恐るべきチャーミングハッスル。
そういえばマリンの奴、アメリアのこと”どちゃくそ可愛い”とか言ってたしな。
なんてことを思い出しながら、僕は気の抜けた様子でマリンの後を追いかけたのだった。
いよいよ、魔王リリウムガーデンとの決戦である。
「おらぁぁぁぁぁ!!! テレアを返しなさいよこのレズ魔王!!!」
「んっ?」
三階に到着し、大扉の前までやってくるや否や。
マリンは蹴破るようにして扉を開け放った。
なんかチンピラみたいだ。
遅れて僕たちも魔王の部屋に飛び込むと、まず最初にピンク色の景色が視界に映った。
部屋一面ピンク色の壁に、そこら中にゴスロリ人形が転がっている。
カーテン付きベッドの上にも同じく人形が山積みになっており、その中心に魔王リリウムガーデンは鎮座していた。
目が痛くなるような子供部屋だな。ホントに変わった趣味をしている。
そんな中でリリウムガーデンは、連れ去ったテレアをベッドに座らせて、なんか丁寧に着せ替えを行なっていた。
「なんじゃ? やけに下が騒がしいと思ったら、おぬしたちの仕業じゃったか。やれやれ、人がせっかくコーディネートを楽しんでいるというのに……」
「……」
何がコーディネートだよ。勝手にテレアを攫っておいて。
辟易としたため息を漏らす魔王を見て、逆にこちらがため息を吐きたくなった。
代わりに僕はリリウムガーデンに物申す。
「いや、お前がやってるのはただの人形遊びだろ。テレアを攫って好き放題しやがって。これ以上勝手な真似はさせねえからな。……ていうかテレア、なんでお前はされるがままになってんだよ。ちょっとくらい抵抗しろよ」
「……」
ぼぉ~っと魔王のおもちゃにされているテレア。
逃げ出そうと思えば逃げ出せそうなものなんだが。
何か魔法を使われている様子もないし。
なに大人しく着せ替え人形になりきってんだ。
呆れた目を向けていると、テレアはぼそぼそと答えた。
「流されるままに、ボクは生きてきた。そういう生き方しか、してこなかったから」
「……なんか返事が重たいな」
別に生き方を批判しているわけじゃないんだけど。
と、話が逸れてしまったが、とにかく魔王の御前までやってきたわけだ。
僕はぶんぶんと首を振って気合を入れ直すと、魔王リリウムガーデンに向かってビシッと言ってみせた。
「と、とにかく、テレアは返してもらうぞリリウムガーデン! ついでにお前の野望もここで阻止してやる!」
「ふんっ、威勢だけは良いな小僧。不意打ちで妾を退かせたくらいで図に乗るのではないぞ」
そう答えたリリウムガーデンは、次いで不気味な微笑をたたえた。
「言っておくが、以前の戦いで妾が本気の半分の半分の力も出していなかったというのは本当のことだ。妾は魔力のほとんどを人形操作の方に回しているからな、それを解除し、本来の力を取り戻せば、おぬしらなど一捻りにしてくれようぞ」
「本来の力?」
思わず眉を寄せてしまう。
すると奴は、突然バッと両腕を広げ、何かに祈るように天井を仰いだ。
何をしているんだ? と疑問に思っていると、途端にリリウムガーデンはにやりと笑った。
そのとき心なしか、魔王城全体が一気に静まったように感じた。
城内がシーンと静まり返っている気がする。
まさか今ので、人形たちに注いでいた魔力を解除したっていうのか。
じゃあ、その莫大な魔力は今、奴の手元に……
そう危惧した瞬間、ぞわっ! とリリウムガーデンの小さな体から、嫌な空気が流れ出てきた。
離れたこの場所からでもわかる。
強大な魔力が空気を伝って、肌をビリビリと刺激してくる。
これが奴の、本来の力。
魔王リリウムガーデンの真の姿。
暴風のような魔力を前に、思わず僕は顔をしかめた。
そして魔王は悪魔的な笑みを浮かべて言う。
「繰り返しになるが、以前は粗末な力を見せてしまい申し訳なかったな。今度は100%の力でおぬしらたちを……」
「うおらぁぁぁぁぁ!!!!!」
「――ッ!?」
話が長く、待ち切ることができなかったのだろうか。
あるいは、アメリアに掛けてもらった支援魔法が、気持ちを奮い立たせすぎてしまったのだろうか。
突如マリンが、不意打ち的な感じで、意気揚々と魔王に斬りかかった。
これが待望の、勇者と魔王の決戦の合図となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます